2014.08.21 Thursday
今日の夜7時に懇意にしているカメラマン2人が自宅にやってきました。個展に来ていただいた方々に出すお礼状の画像を選ぶためです。このお礼状も自分にとって大切なもので、芳名帳を見ながら一人ずつ確認していきます。住所が書かれていない方は、まことに失礼ながらお礼状を出せませんが、知人友人には必ず出したいと思っています。お礼状に「また来年も個展を開催…」という一文が入れられることが自分には幸せなことで、画廊主が来年の個展開催を了承してくれなければ、この一文は入れられません。また来年…この一文はずっしり重いもので、このために自分はモチベーションを保ちつつ頑張っているのです。カメラマンとの打ち合わせはホームページの内容にも話が進みました。RECORDの撮影、陶彫の今後の野外撮影について等、自分にしてみればもうひとつの世界を形成する重要な表現手段です。作品のデジタル化には大分慣れてきましたが、今も新鮮な驚きがあります。ウェブ・アーティストがいるくらいなので、表現媒体としては当たり前なものになっている昨今ですが、日頃実材に立ち向かってる自分にとっては不思議で魅惑的な世界であることに変わりはありません。
2014.08.20 Wednesday
現象学とは、いかなる先入観、形而上的独断にも囚われずに存在者に接近する方法を示唆する哲学で、いろいろ調べていくと現象学で有名な哲学者フッサールの前段階で、ヘーゲルが弁証法的現象学を唱えていることがわかりました。フッサールは超越論的現象学を唱え、存在に対する独自な哲学を展開しています。自分はフッサールを読んだことがないので、現象学の何たるかを咀嚼して説明をすることは出来ませんが、現在読んでいる「存在と時間Ⅰ」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)にフッサールとの関連が多く出てきます。それもそのはずでフッサールがフライブルグ大学において現象学の研究に打ち込んでいた時期に、多くの後継者を育成したようです。その第一人者がハイデガーで、ハイデガーの手により現象学の存在論的な発展が推し進められました。ハイデガーは実存的な人間存在である「現存在」の存在体制としての「世界内存在」構造を分析し、大著「存在と時間」が生まれるに至ったと言えます。同書より現象学に関する一文を引用します。「現象学は~略~おのれを示す当のものを、そのものがおのれをおのれ自身のほうから示すとおりに、おのれ自身のほうから見えるようにさせるということにほかならない。」ハイデガーはこうした現象学の概念を通して「現存在」の存在としての意味の真相を突きとめました。これは解釈学的現象学というハイデガーが唱えた現象学で、フッサールのそれとは一線を引いたものになっています。
2014.08.19 Tuesday
既に読み始めている「存在と時間Ⅰ」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)は、手応えのある哲学書であることは承知していましたが、実際に読んでみると、存在の意味を問う我々自身の存在をまず考察するところから始まっていて、存在そのものを根本から捉え直す論理に奥深く付き合わなければならないことで、まず語彙の意味するものと同時に既成概念が剥ぎ取られる面白さを感じます。「存在と時間」の起論動機はプラトンのこんな言葉から始まっています。「…トイウノハ、君タチガ『存在スル』トイウ言葉ヲ使ウトキ、イッタイ君タチハ何ヲ意味スルツモリナノカ、以前ニハソレヲワカッテイルト信ジテイタイノニ、イマデハ困惑ニオチイッテイルノダ。…」(プラトン著「ソフィステース」)それに続くハイデガーの言葉です。「いったいわれわれは『存在する』という言葉で何を意味するつもりなのか、この問いに対して、われわれは今日なんらかの答えをもっているのであろうか。断じて否。だからこそ、存在の意味への問いをあらためて設定することが、肝要なのである。」というのがハイデガーにして「存在と時間」を書かせた動機です。「存在」という概説としてわかっていても、究極的には何もわかっていないものを根本から問い直し、論考していくのが本書です。起論意図となる概観を述べた序論を現時点で読み終わり、今は現存在の学的解釈と時間の究明という枝葉的で詳細な論考に入っています。最後の頂まで辿り着けるのか些か不安を抱きながら、大きな山を見上げて麓あたりを一歩ずつ登っていく感覚です。
2014.08.18 Monday
今年の夏季休暇が終わり、通常の生活に戻りました。まだ職場では休暇を取っている職員もいて、万全の態勢とはいきませんが、書類の整理もぼちぼち始めました。明日から出張も組まれていて、そろそろ通常の仕事に戻らなければなりません。今日は勤務後に工房に立ち寄りました。昨日までやっていた土練りの保存具合の確認と石膏型の修整をしました。こちらの方も通常の制作態勢に入りましたが、工房は夕方でもまだまだ暑く、仕事帰りに制作するのはまだ無理そうです。夜は、久しぶりに近隣にあるスポーツ施設に行って水泳をやってきました。蓄積疲労がないため呼吸は楽に出来ましたが、身体が鈍っていて手足を動かすことがスムーズに出来にくくなっているのがショックでした。定期的に泳げれば身体のためには理想と思いますが、仕事が多忙化するとそういうわけにはいかず、身体を省みない生活が続いてしまいます。このところ土練りで肩から腕にかけて筋肉痛です。それを緩和するために水泳をしてきたのですが、逆に腹筋や背筋の衰えがわかって、これはどうにかしないと大変と思いました。自分は筋トレなどやったこともなく、全て水泳頼りで、今までは全身を使って精一杯泳いでいたのですが、今日はそんな泳ぎすら出来ず、身体作りを初めからやり直そうと思いました。
2014.08.17 Sunday
朝晩の暑さが変わってきたように思います。日中は30度を超える暑さになりますが、朝晩は秋めいた感じがします。その分陽射しが強く、屋根に照りつけた陽射しで、工房内は熱気が篭っているようです。大型扇風機2台を回していますが、位置を移動して室内の熱気を外へ逃がそうとしています。そんな中で土練りを昨日から続けています。自分が使う陶土は単身ではありません。割合を決めて混ぜています。自分の陶土は焼き締めた時に、錆鉄のようでいて、古代の出土品のような風合いが出てきます。釉薬を使わないので素焼きを省略し、いきなり本焼きを行います。その陶土を成形前に大量に作っておく必要があるのです。土錬機に数回陶土を入れて丹念に練り上げ、さらに手で菊練りをして、小分けにしてビニール袋に梱包しておきます。2日間土練りをして作った陶土は、陶彫部品の2つや3つ分に過ぎません。土練りはその都度行うのです。今回の土練りは新作第一作目の陶彫部品になります。今日も相変わらず汗をかきながら、汗でびっしょりになったシャツを何枚も替えながら作業をしました。朝9時から夕方3時までの6時間が限界で、よくもこれだけ汗が出るものだなぁと思います。自宅に戻ると疲れが出て、ソファに横になると忽ち1時間ほど眠ってしまいます。ともかく初めの土練りは終わり、成形準備が出来ました。次回から成形に入ります。