2014.07.12 Saturday
工房は半分が制作場所、半分が倉庫になっています。倉庫部分はガレージがあって作品の搬入搬出が楽に出来るように設計しました。作品の収納が最近増えてきて、倉庫部分の模様替えをしないと収納しきれなくなるのではないかと懸念しています。陶彫作品は部品を作って組み合わせるため、陶彫部品一つひとつを木箱に入れて収納しています。そのため作品の体積が増えて、倉庫には箱詰めされた作品が大量に積んであります。今年の夏に発表する作品は、既に梱包を終えていますが、今までになく大量の箱に収まっています。今年の作品の個展後の収納場所を確保するために、今日は工房内の片づけを行いました。昨年の作品の箱がガレージ近くに置いてあったので、それを中に収めるため、小品や消耗品を整理して昨年の作品を奥へ移動しました。昨年の作品も10箱以上あったので、忽ち汗が噴出し、シャツを替えながら作業をしました。うっかり箱を落としそうになって足をくじいてしまいましたが、大事には至っていません。細かな整理は明日に回します。暑い中での作業は長く続けず、夕方早めに終了しました。
2014.07.11 Friday
台風8号が夜明けに関東地方を通過し、幸い横浜は交通機関の影響はなかったものの、今日はうだるような暑さに見舞われました。私は早朝職場に行って施設を確認し、その後すぐに別の場所での会議に出かけました。午後も場所を変えて会議があって、職場に戻ったのは夜でした。移動中の暑さは尋常ではなく、職場関係者の熱中症を心配しました。まだ横浜の梅雨明け宣言はありませんが、真夏の暑さがやってきたなぁと感じています。明日は工房で倉庫の片づけを予定していますが、この暑さは明日まで続くのでしょうか。職場や出張先の会議場にはエアコンがありますが、工房は大型扇風機のみです。毎年うだるような暑さの中で制作をやっています。それが常態化しているので、暑くないと制作をしている気にならないと感じるほどです。20年前ならともかく今年は大丈夫かなぁと思います。無理のないところで週末の作業をしたいと考えています。
2014.07.10 Thursday
人との日常的な関係の中で自分は心理的な相違を感じることがあります。正直に言えば人付き合いは骨が折れるなぁと思います。たとえ親兄弟と言えども別個の人格であるため、それぞれが孤立した感は否めません。人間は社会的集団として生きて組織を作りますが、他者との共有感情は敢えて意識をしなければ持続できるものではありません。高度に分業され構築された社会システムの中で、私たちは日々生きて、常に他者との摩擦の渦中にあると言っても過言ではありません。前述した心理的な相違、または摩擦を「溝」として視覚化するのは難しい課題かもしれませんが、そんなに難しく考えず、人と人を繋ぐ「絆」を表せばいいのではないかとも思います。震災があって共有感情が芽生えました。震災を経験したという意識があってこそ関係を持続しなければならない「絆」ですが、契機はどんなものであれ「溝と溝を繋ぐもの」を今月のRECORDのテーマにしたいと思います。
2014.07.09 Wednesday
「たとえば三万年以上も前の人間のはじめての図示表現は、リズミカルな刻みであった。またピアジェは、幼児にみる感覚運動的シエマの初期の形態も『いろいろリズム構造』であることを発見している。このふたつのリズムは交わりあっているのだろうか。そうだとしてもそのリズムはどこからきたのか。われわれの身体の内部、筋肉の動きや心臓の鼓動という生物的な構造からきたかもしれないし、天体や季節の周期性からきたかもしれない。とにかく『図』は単純に知覚を道具に世界を反映しているというだけのものではなく、その構造にわけいって、先をたどりはじめると、ほとんど人類の誕生や宇宙の生成というところまでつづく時間のトンネルのなかをくぐりぬけていくことになろう。」引用は現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)からです。「図」と「ことば」についての関わりをさまざまな資料から多面的に論じたもので、「知覚と表記(理性)のたわむれ以上の総合的構造」を求めた著者の意図がよく伝わります。
2014.07.08 Tuesday
昨日のNOTE(ブログ)の続きです。「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)の中に椅子に纏わる論考があり、興味深い箇所がありましたので、引用いたします。「作法と空間全体との相関性は、たとえばユカ…人間の足下にあるユカのちがいをうみだしている。それが南方から大陸を経て日本に渡来した高床とどれほど関連があるかわからないが、日本にしろ中国にしろ建築の様式はユカと地面とをはっきり切りはなしている。そして日本のユカはユカ全体が人が座るための席のようなもので、家に入るとはユカに上ることである。日本の空間ははてしない自然との連続性だけがとりあげられやすいが、それは壁や柱によって全体から分節されていないだけであって、地表とユカの関係からいえばはっきり不連続な分節構造をもっているのである。~略~一定の高さとして生じる椅子は地面に座っているものに対して威圧的な造型である。高さはつねに象徴的な価値をおびるのであるが、日本のユカの場合、ユカのレベルを変えて象徴的価値を付与しているところからいっても、行為の分節表に照合してみると、日本のユカと西洋の椅子が等価にあらわれてきて、空間の構造のちがいはあきらかになる。」甚だ長い引用になりましたが、日本の作法と建築様式の関係がよく表されているところではないかと思います。