2014.05.18 Sunday
昨日から工房で「発掘~層塔~」のやり残した仕事に取り掛かっています。自家用車を車検に出していて、梱包用の材料を買いに行けないのが残念ですが、まだまだ隠れた部分で作り込みが必要なので、梱包を考えるのは来週末にしようと思います。そこで午後になって久しぶりに東京上野に家内と出かけました。今回は美術館ではなく、東京国立博物館で開催中の「キトラ古墳壁画」展に行きました。同展の開催が今日までなので、見逃すわけにはいかないと思っていたのです。ただ、連日混雑をしている情報があって、見られるかどうかわからないと思っていたところ、ネットで今晩8時まで開館していることを知り、夕方出かけることにしました。博物館に到着したのは午後6時半を回っていましたが、まだ入場規制が行われていて1時間待ちというアナウンスがありました。今回は同展だけを見に来たので列に並ぶことにしました。結果、見に来て良かったと思いました。壁画の精巧さ、デザインの卓抜さには本当に驚きました。詳しい感想は後日にしますが、今日は充実した一日を過ごせました。
2014.05.17 Saturday
工房には先日の図録撮影の残り香が漂っています。工房スタッフが床の掃除をしてくれたおかげで綺麗になっています。来年に向けて新しい制作に入りたいところですが、「発掘~層塔~」の鑑賞者に見えない部分の仕事が残っています。また梱包作業も始まるので、新しい作品にはまだ着手できません。作品の見えない部分は自分にとって重要な意味を持ちます。自分の通っていた大学に故若林奮先生がいました。自分は直接講義を受けたことがないので、先生のお話を伺う機会は少なかったのですが、作り上げた諸々の立体を鉄板で覆ってしまう若林ワールドに魅了されていました。思索や情感を覆うという意味や意図するところを考えるのは、彫刻の何たるかを学ぶ学生にとって大変刺激的でした。自分の彫刻の在り方を考えると、人が眼にする作品の表面だけではなく、彫刻としての見えざる構造体を作ることで、立体造形が彫刻の概念を持ち得ると自分は考えています。それがたとえ隠れていても哲学を有する視覚表現であればこそ、重要な意味として考えられるのです。現代アートの多様性から言えば彫刻の旧態依然とした考え方と捉えられるかもしれませんが、自分はあくまでも彫刻に拘りたい故に、今日は見えない部分の作り込みをやっていたのでした。
2014.05.16 Friday
森鴎外、寺田寅彦、山田耕筰、小山内薫、村山知義、千田是也、和辻哲郎、山口青邨の8人が書籍や展覧会、音楽会等を通して自分が名前を記憶しているベルリン留学に纏わる人々です。「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)には25人のピックアップがありましたが、どの滞在記を読んでも興味深く、また19世紀から20世紀初頭にかけて、さまざまな思いを抱いて彼の地で過ごしていた日本人がいたことに感銘を受けています。25人のうち自分が名前を知っている8人の中で一番身近に感じている人は村山知義です。村山知義はいわゆる現在で言うマルチアーティストで、最近大きな展覧会が開催されて、自分は村山知義ワールドを堪能したばかりです。造形美術の側面から自分は村山知義に近づきました。具象から構成主義に至る過程を作家自らが提唱する実践と理論を通して学びました。これは村山知義のベルリン留学で得た成果が発端になって展開された世界観ではないかと思っています。「言語都市・ベルリン」では留学生活の日常が描かれています。ベルリンでも日本人社会が存在し、留学生の中ではドイツ人に積極的に馴染もうとする人々やホームシックに悩む人々がいて、自分が1980年代にいたウィーンと大差がないように思えて、親近感を持ちました。
2014.05.15 Thursday
先日、今年7月個展で発表する新作の撮影を終えたので、これから図録の編集に入ります。まだ「発掘~層塔~」のやり残した仕事もあるというのに早くも来年発表する作品のイメージが固まりつつあります。前にNOTE(ブログ)に書いた記憶がありますが、自分はイメージを紙に描き留めません。イメージは頭の中でゆっくり時間をかけて醸成していくものと思っています。新しいイメージは制作中の作品に苦しめられているところに急に降って湧いてくるもので、自分は自虐的にならないとイメージが出てこないのかもしれません。イメージは自分の中で徐々に育っていきます。途中で消えてなくなるイメージもあります。RECORDのように小まめにイメージを描き留めていく表現手段がある一方で、彫刻はイメージがじっくり醸成されるのを待っている按配です。今はコトバにするのが難しい原初的イメージですが、醸成が進んで具現化に踏み込むようになったら、NOTE(ブログ)で紹介したいと思っています。
2014.05.14 Wednesday
比較的小さな陶彫に「陶紋」と称する作品があります。毎年個展に出品していて、手ごろに購入していただける作品です。その「陶紋」は図録撮影の前になるといつもカメラマンに貸し出します。野外撮影していただくためで、自分の意向を充分理解しているカメラマンだからこそ出来る撮影手段です。今回の「陶紋」は直方体4体。先日の図録撮影の際、出来上がってきた画像を見て、数多い中から1点を選びました。選抜方法は工房スタッフの多数決にしました。カメラマン任せ、スタッフ任せの「陶紋」画像選択です。自分は被写体となる彫刻は作るけれど、画像はいろいろな人の感性で選んでいきたいと思っています。最終段階でいろいろな意見を聞いたほうが面白い世界が出来るのです。結果、「陶紋」を画面の左端に置いた風景写真に決まりました。線状になった草々が靡き、その中に見え隠れする「陶紋」。風がさざめく風景として詩情を醸し出しています。これは彫刻を撮影したものではなく、広い草原の端に小さな彫刻が点在するため、主たるテーマは風や草になり、従として彫刻があるといった感じです。カメラマンの感覚に頼ることで、自分が求めるまさに他者の感覚が入り込んだ豊かな世界になっています。