2014.01.23 Thursday
一週間のうち2回に分けて焼成を行わなければ、「発掘~層塔~」は5月の完成に間に合いません。日曜日の夕方に窯入れし、水曜日に窯出し、窯の中を入れ替えて2回目の焼成を始め、土曜日に窯出しをするサイクルで行っていますが、昨日は職場絡みの夜の会合があって、帰宅が遅くなり、つい夜の工房へ行くのを忘れていました。夜中の12時頃に気づいて、早急に工房に出かけ、窯の中の作品を入れ替えました。ついうっかり窯入れを忘れてしまうと、完成に間に合わなくなる制作工程は、なかなか厳しいものがあると思い知らされました。窯が休む間もなく稼働していることで、窯入れと窯出しに何の祈念も感じなくなっています。今までは炎の神に祈り、焼成の成功を喜びましたが、今はその感慨も次第に薄れてきています。上手く焼成出来て当たり前と考えていると、今にしっぺ返しを食らうことになるのではないかとも思っています。いかなる時も慎重に対処したいと考えるようにしました。焼成があってこその陶彫の醍醐味になるので、日々窯に感謝したいと思います。
2014.01.22 Wednesday
新たなイメージはどこからやってくるのでしょうか。現在の作品制作が佳境に入った時に、うまくいったり、悩んだりしている状況の中で、ふと湧いてくる現行とはまるで異なるイメージがあります。現行の作品に集中しているにも関わらず、浮気でもするように新たなイメージは心を捉えて離れないのです。以前なら慌てて心のイメージを紙に描き留めていましたが、今はそんなことはしていません。忘れてしまうようなイメージなら、忘れてもいいと考えています。忘れられないイメージは紙に描き留めなくても、しっかり頭の中に刻まれてしまいます。そんなイメージを何度も思い返して、具現化するためにいよいよ動き出すことになります。そんな中でイメージに修正を加えながら頭の中でイメージを育てていきます。ふと湧いたイメージ、どこか天上から降りたつイメージ、それは最終的なカタチではなく、あまりにも漠然としているイメージです。それは何ものなのか、意志を介入せずにやってくるモノとでも言ったらいいのか、哲学的な論拠に従えば、そこから自己意志をもって作品の意図を考え、ギャラリーの具体的な空間を見据え、発表形態を決める作業に移るのです。イメージを育てるのは、そんな過程の中にあって、徐々に明快なカタチに変貌させていくものと考えます。
2014.01.21 Tuesday
「自然や人生から直接に汲み出された純正な作品のみが、自然や人生そのものと同様に、永遠に若く、つねに根源的な力をそなえているのである。なぜなら純正な作品は時代に属しているのではなく、人類に属しているのである。また、それだからこそこれらの作品は、自分自身の時代に迎合することをいさぎよしとせず、時代からは熱っぽい受け取られ方はされないけれど、時代が道を踏み外していることをそのつど間接的に、そして消極的に明らかにしているので、後になって人は不承不承に、その真価を認めざるを得なくなるのである。それでいて、これら純正な作品は古臭くなるということもなく、はるか後の世になってもいぜんとして新鮮で、いくたびもくりかえし人の心に新しく訴えかけるものをもっている。そうなった暁には、もう無視されたり、誤認されたりする危険にはそれ以上さらされないだろう。」という文面に注目しました。「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第三巻の芸術を論じた箇所です。この芸術論はやがて到来する20世紀の革新的な美術にも通用するものと思いました。ショーペンハウワーが生きた19世紀には、まだピカソもカンディンスキーもクレーも存在せず、シュルレアリスムも抽象もなかった時代でした。それならば現代に生きる自分はどうなのか、前述にある通り自然や人生から直接に汲み出された純正な作品を、自分が作れているのかどうか、現在工房で作っている作品が、永遠で根源的な力が持てるものでありたいと願うばかりです。
2014.01.20 Monday
もう一度人生をやり直せるなら、自分はどうなっているのか、こんな夢を幾度となく見ています。やはり彫刻をやっている夢の中の自分がいるので、現在やっている彫刻表現に、自分は満足しているのかもしれません。若い自分は大学で人体塑造をやっています。これも自分が歩み始めた頃と同じです。ただ、違っていたのは最終表現でした。通常、粘土で人体を作った後、石膏取りをします。粘土の上を石膏で覆って雌型を作り、そこに剥離剤を塗って、同じ石膏を流し込み、雌型を割るのです。そうすることで粘土で作った塑造は石膏に置き換えられることになり、粘土よりは保存がきくのです。夢で見た塑造は雌型をそのまま使って、雌型の裏側にある凹んだ人体を、言わば負の空間として作品に生かしていました。厚手の直方体の中に雌型になった凹んだ人体が食い込んでいます。この夢は次作として展開するイメージとは違います。夢は夢のままなのです。自分が現実に目指す世界観とは異なるのです。実際の次作のイメージは夢ではなく、現行の制作途中で何となく湧きあがってきたり、天上から降ってきたりするのが、自分にはよくあってそれが契機になって新たな制作に入っていくのです。夢はもう一度創作人生をやり直すとしたら、別の表現に立ち向かう自分が見えていると考えます。石膏で作った負の人体を、夢の中では鉄にも置き換えています。雌型は熱した鉄を叩いて凹ませています。こんな具体的で疲労を伴う夢があるでしょうか。普段から彫刻にどっぷり浸かっているからこそ見る夢なのでしょうか。時間ができたら、夢の具現化を一度やってみたいとも思います。不思議な心理状態を今日はNOTE(ブログ)に書きました。
2014.01.19 Sunday
今日は母校の卒業制作展に行ってきました。相原工房に出入りしている若いスタッフの一人が、母校の工芸工業デザイン学科にいてテキスタイルを学んでいます。そのスタッフが卒業制作展に渾身の作品を出品しているので、それを見に行くことを目的としていましたが、母校は自分が創作活動をスタートする契機になった場所でもあるのです。それまで受験用のデッサンをやっていたとしても、ほとんどの学生が本来の意味で創作を考え始めるのは専門の大学からと言っても過言ではありません。20代前半だった自分は、彫刻の魅力に取り憑かれて、立体表現を将来続けていくことを誓ったのでした。師匠に恵まれ、環境に恵まれて過ごした4年間は、自分にとって珠玉の時間だったわけで、それがあったればこそ30数年間彫刻を続けられてきたのです。二束の草鞋生活も残すところ僅かとなり、彫刻一本の生活が目の前にきています。そんな中で自分の原点を探り、あの頃の誓いをもう一度確認したかったのです。時代は変わり、学生たちの表現が拡大し、設備も充実して、羨ましく思う反面、この中で何人の学生がアートにずっと携わっていけるのだろうと思っています。若いスタッフのテキスタイルの作品は、当時の私の人体塑造より遥かに優秀で、いつでも世に出せる表現力をもっていました。彼女だけでなく、多くの学生作品に優れた力を感じさせるものがありました。また意欲が空回りしていたり、迷走する作品も見受けられましたが、それは私と同じで、曲がりなりにも継続をすれば何とかなるような作品でした。感慨一入、創作への思いはどこまで続くのか、社会人として生活していても、この4年間で培った思いだけは絶やさずいて欲しいと願う一日でした。