2013.12.29 Sunday
RECORDは文字通り記録する意味で、毎日作っている作品の総称を言います。RECORDの大きさはポストカード大で描画用にペン、色鉛筆、アクリルガッシュ、時にコラージュを使用しています。作品がまとまってくるとカメラマンが撮影に来て、ホームページにアップする準備を行います。自分は月々のテーマをタイトルにしたコトバを添えます。そうした事情もあって、タイムリーなアップは出来ませんが、2年ほど遅れてアップをしています。今回は2011年の6月分をアップしました。ホームページで過去のRECORDを確認することが自分は結構あります。この時はこんな作品を作っていたのか、さらに展開するためにはどうしょうかと思いを巡らせる時があります。そういう意味でホームページにRECORDを掲載しているのは自分にとって意義があるのです。話は変わりますが、2013年11月は「脚」というテーマでやっていました。11月1日のRECORDに馬の脚をペンで描きました。来年の干支を描いて年賀状にしようと思ったのです。今朝自分で撮影し、プリンター内で構成加工を施しました。購入していたお年玉つき年賀葉書200枚に印刷しました。撮影も印刷も素人だなぁと思いつつ、手作り感に溢れたものになっていると自画自賛しています。すると途中でインクがなくなり、仕方なく横浜駅まで足を伸ばしました。2013年のRECORDのアップはまだ先になりそうですが、新しくアップした2011年の6月のRECORDをご覧いただければ幸いです。なお、私のホームページにはこのNOTE(ブログ)の左上にある本サイトのアドレスをクリックすれば入れます。
2013.12.28 Saturday
昨日が官庁御用納めの日でした。明けて1月6日が官庁御用始めになるので、今日から9日間は休庁期間になります。この期間だけはゆっくり休めるので、公務員で良かったと思います。9日間のうちに大晦日があり元旦があります。大晦日の夜から元旦にかけて毎年母の実家で過ごしています。今年も同じように過ごせる幸せを噛み締めています。母は高齢なので、例年通りに何事もなく元気に過ごせることが嬉しいと感じます。暮れの大掃除は家内に任せきりで申し訳なく思っています。自分は空いた時間を全て制作に費やしているのです。この期間で新作の目途を立てようとしています。工房に籠り、じっと自己を見つめて、逸る自分の気持ちを抑え、イメージの原点を探ります。時間を忘れ、自作に対峙し、または対話する時にこそ心の満足が得られると思っています。破壊衝動も創作意欲さえもぐっと堪えて、作品から生じる声に耳を傾けます。自分は何者であり、何がしたいのか、この休庁期間で自分の心と向き合っていくつもりです。貴重な9日間です。有効に大切に過ごしたいと思います。
2013.12.27 Friday
10年前に逝去した彫刻家若林奮は、今も立体やドローイングで自分を魅了し続けています。先日行った多摩美術大学美術館での「若林奮 仕事場の人 展」は生涯の中で仕事場を移動する毎に制作内容が展開していった様子が伝わりました。どんな芸術家であれ制作現場という環境と制作内容が無縁ではない証拠です。自分が若林先生を大学構内で見かけた時期は小金井に仕事場を持っていた頃で、鉄を加工した代表作を作り出していた時代かなぁと思っています。当時の友人が若林先生の仕事場の近くに下宿していて、若林先生が日々朝から晩まで仕事場に籠って制作していると話していました。大学に顔を見せる時以外は、全て制作に時間を充てている若林先生を凄いと感じた瞬間でした。若林ワールドは独特で難解とも思える思索が潜んでいますが、個展に足繫く通ううちに意図するところが少しずつ伝わってきました。作品はどれも鑑賞者のために作っているのではなく、思索の自己確認のために作っているように思えました。全て制作に時間を充てていることを凄いと前述しましたが、若林先生にとってはそれは自然なことで、展示を意識することなく空間や物質に対峙して自分を深めていくことが日常なのだと思いました。自分も工房で陶彫と向かい合っていると、全てのことを忘れ、作品が空間の中に存在するモノとして意識し始めて、次第に感覚が研ぎ澄まされていくのを感じます。やがてじっとして動けなくなる時間が立ち現れてきます。作品の意図さえもどこかへ消えて、自分が作品と同化するような瞬間があります。工程も計画もなくなって自分の行為した痕跡だけが眼の前にある不思議な時です。自分の嫌な感覚や認めたくない意識が現れて衝動的に眼の前のモノを破壊したくなる時です。はっと我に戻ると、あれは何だったのか、果たして狂気かと思ったりしますが、自己に向き合うとはこんなことなのかもしれません。若林先生の作品を見ていると、そうした自分への問いかけが始まります。それらを全部含めて自分を魅了し続けている若林ワールドと言えそうです。
2013.12.26 Thursday
「保田龍門・保田春彦 往復書簡 1958-1965」(武蔵野美術大学出版局)が刊行されることを知って、早速申し込みをしたところ、本書が届きました。自分が大学生の頃、保田春彦先生が同大の教壇に立っていました。自分は池田宗弘先生の下で彫刻を学んでおりましたが、直接保田先生に指導を受けたことがありませんでした。返す返すも残念でなりません。今なら話を伺いに行くところを、当時は保田先生を近づき難い存在と捉えていて、遠くで眺めているだけでした。この頃読んでいた明治時代の日本の彫刻を推進した荻原守衛や中原悌二郎に関する書籍に、保田先生の父上である保田龍門のことが書かれていて、これも自分が保田先生に近づけない原因のひとつだったと述懐しています。雲の上の人に近づくには自分はあまりに彫刻のことが出来なさすぎると感じていたのでした。一度だけ大学内にある工房の扉が開いていて保田先生の制作現場を見たことがあります。加工された厚い鉄板に磨きをかけている場面でした。この時ばかりは町工場の親父さんのような服装をしていて親近感を持ちました。ただ作品の無言の迫力とぎりぎりまで整えられた造形には、鑑賞者を拒むような張りつめた空気が漂っていました。ここまで辿りつくまでに、保田先生にはどんな造形遍歴があったのか、常々知りたいと思っていたのでした。本書は自分の若い頃からの疑問に応えてくれる貴重な書籍です。じっくり読んでいきたいと思っています。
2013.12.25 Wednesday
街がイルミネーションで煌びやかになる季節です。職場が横浜市西区にあり、その西区には横浜駅やみなとみらい地区があるため、この時期は大勢の観光客で賑わっています。職場を一歩出ると街は浮かれ気味で、仕事を終えて帰路を急ぐ身には街の雰囲気が些か馴染めません。さて、今日はクリスマスですが、自分にとって忘れられない思い出があります。幸い海外で数年に亘って経験することができたクリスマスですが、オーストリアのウィーンでは市庁舎前の広場に大きなツリーがあって、その周辺にクリスマスグッズを売る店が立ち並び、香料の効いた温かいワインを飲んだ思い出があります。この時期売り出されるシュトーレンという干した果実や穀物の多く入ったパンが大好物になりました。ステファンス大聖堂では静かな祈りを捧げている場面にも遭遇しました。ルーマニアとロシアの国境近くの小さな村で過ごしたクリスマスも忘れられません。木造りの教会で歌われる讃美歌、村人の民族衣装、子どもたちが各家々を歩いて扉の外で歌うコリンダ、全てが宗教に精神の支えを感じずにはいられなかった瞬間でした。雪深い山村で過ごしたクリスマスにヨーロッパの原点を見る思いでした。家々の室内を彩る絨毯とクリスマス用の飾りつけ、手作りのご馳走、象徴化・抽象化された家の柱の彫り込みに悪魔を払うカタチとしての伝統を垣間見て、ルーマニア出身の現代彫刻の父ブランクーシを重ねて見ていました。あれから30年が経とうとしています。オーストリアやルーマニアではどんなクリスマスを迎えているのか、もう一度彼の地を訪れたい願望があります。寒さ対策を万全にして。