2014.01.03 Friday
例年であれば1月2日に制作を再開していましたが、昨日は母の代わりに菩提寺に出かけたり、妹夫婦と会食したり、年賀状の追加を印刷して、あれこれ雑用が立て込みました。昨日は工房に行くのを諦めて身体を休めました。今日は家内の親類が集まりがあって東京新宿まで出かけましたが、その前の朝7時から工房に篭って制作を始めました。今年初めての制作は土練でした。2種類の陶土を20キロずつ土錬機で混ぜ合わせ、小分けにして菊練りをしました。早朝の工房は手が悴むほど寒くて、ストーヴひとつではとても厳しくて腰が引けそうでした。何度も菊練りをするうち身体が温まってきましたが、正月の2日間を朝寝坊をして過ごしたために朝の辛さが身に沁みていたのです。今日のところは土練だけにして明日から本格的に制作を始めようと思います。休庁期間も残すところあと2日間となり、やはり思った通りに制作が進まないので焦ってはいますが、身体を酷使すると昨年暮れのように体調不良にもなりかねないと考えて、今日はこのくらいにしました。それにしても休日の時の経つのは何て早いんだろうと思います。制作の期待をかけていた休庁期間もこんなもので終わってしまうのかと余りにもあっけない結果に肩を落としています。もうまとまった休みは取れないので、いよいよ5月初めまでの週末の日数を計算していかなければなりません。5月初めの図録撮影が間に合うかどうか、ここからが時間との勝負になります。毎年のことですが、1月に辛苦を舐め、2月は耐えて、3月に見通しが立てるようになるというのが定番です。今回はその通りにいくのかどうか、神のみぞ知る制作工程に祈るような気持ちで迎えた2014年の制作再開の日でした。
2014.01.02 Thursday
今年のRECORDの年間テーマとして文章を作成し、そこから立ち現れるイメージを扱うことにしました。自分にとっては難しい方法ですが、今までの緩慢さを打破するための手段として考えました。具象・抽象・象徴・幻想全てを網羅していこうと思います。自分の立体作品におけるイメージにコトバはありません。タイトルは制作工程の中で考えるのです。RECORDを始める前は、どの作品であれコトバから派生する要素を具現化したことはありません。自分にとってRECORDは言わば挑戦だったわけで、初めにコトバありきで出発しました。ホームページにアップする時も月毎のテーマをもとにしたコトバを添えています。テーマがあっても作品がコトバを説明したり、挿絵的にならないようにRECORDでは注意を払いました。そんな歩みを続けてきたRECORDですが、敢えてここでコトバによる束縛を強いる1年間を想定しました。今月は「芽生え萌えたつ天使たち」。20代の頃に旅した南欧の明るい日差しがイメージの基盤にあります。大理石に刻まれた猛々しい神々。鈴なりに実ったオリーヴ。ワインの醸造所にあった壊れかけた天使の看板。自分の生育暦にない異文化が人々の祈りの姿を通して強烈に印象づけられた瞬間。そんな思いを巡らせて、詩を綴るように絵が描けたらいいなぁと願っています。まず、初めの一歩は生まれたばかりの天使からやっていきます。
2014.01.01 Wednesday
2014年になりました。今日だけは工房に行かずに過ごしました。例年通りの元旦で、朝は母の実家で雑煮を食べました。昼には家内と東京赤坂に初詣に出かけ、家内安全、身体堅固、芸道精進の祈祷をしてもらいました。最近は例年通りに過ごせる正月を有り難いと思えるようになりました。母が高齢で介護のケアを受けているからです。来年も例年通りに出来るのかどうか、願わくば自分も含めて家族が何事もなく健康であって欲しいと思うばかりです。創作活動の目標は「発掘~層塔~」の完成と成功に尽きます。作品を構成する陶彫部品は成形すら未だ3分の1に満たない状況で、焼成された部品は10分の1に過ぎません。例年5月連休に予定している図録撮影を考えると、いよいよ焦りが出てきます。明日は母の実家に妹夫婦がやってきますが、自分は正月の挨拶の間隙を縫って、制作を進めようと思っています。毎年そんなわけで正月気分に浸れない自分がいますが、夜になって衛星中継された「ウィーンニューイヤーコンサート」をテレビで見ていたら、気分が落ち着きました。自分がウィーンにいたのは80年から85年ですから、かれこれ30年が経とうとしていますが、当時の記憶は鮮明に残っています。ウィーンの音楽を聴いて正月気分になるなんて日本人としては奇妙ですが、20代の頃に感性に訴えてきた異文化は、自分に言い知れない影響を齎せたのでした。さて、2014年に望むことは、自分を含めた家族並びに周囲の方々の健康と平穏です。創作で言えば「発掘~層塔~」の完成と個展の成功、次なる作品への大いなる期待です。今年が良い1年でありますように…。そのための精進や努力を惜しまないでいこうと思います。
2013.12.31 Tuesday
2013年の大晦日を迎えました。今年はどんな1年間だったろうと振り返ってみると、自分にとって幸福と思える素敵な1年間だったと思っています。まず、自分を含めて家族が健康に過ごせたこと、周囲に大きな事故や事件がなく、公務員としての仕事や彫刻家としての創作に邁進できたことが挙げられます。仕事上の悩みや創作上の憤りはありましたが、それは活動的だったからこそ有り得た前向きな迷いと言えるものです。立体作品で言えば、夏に発表した「発掘~地殻~」は1月の大雪が降った日に、木彫がうまくいかず放り投げたい気持ちになっていたのでした。その日、胡弓と三味線を持って駅で立ち往生していた家内を歩いて迎えに行きました。その冬ざれた風景を見ているうちに心が吹っ切れて,再び木彫に向き合いました。その後は多少の紆余曲折はありましたが、春までに何とか「発掘~地殻~」はまとまったカタチになりました。その快調さに触発されたのか、突如新作のイメージが湧きました。現在格闘している「発掘~層塔~」です。「発掘~層塔~」も楽に完成させてくれない要素を持っています。大晦日の今日も悩みを抱えつつ6時間ほど作業して工房を後にしました。RECORDは今年も余裕はなく、日によっては何もイメージできない苦しい時がありました。今年の読書は後半に進むほど難解なものに挑み、現在はショーペンハウワーの哲学書を鞄に携帯しています。2年前に亡くなった叔父がカント哲学者だっただけに、漸く自分も哲学の楽しさを知ることが出来ました。今年は美術展だけはマメに行ったのではないかと思います。さて、最後にホームページのNOTE(ブログ)ですが、拙い自分の文章につきあっていただいた皆様に心から感謝申し上げます。身勝手な芸術や学術等の自分流の解釈に反論をお持ちの方もきっといらっしゃることだろうと思います。懲りずにまた来年もよろしくお願いいたします。工房の窯の神にお供えをして今年の幕引きをします。来年が皆さんにとって良い年でありますように…。
2013.12.30 Monday
自分が彫刻家として活動を始めるに至った経緯を振り返って見ると、数人の彫刻家の存在を忘れるわけにはいきません。大学に入って実際に指導を仰いだのが池田宗弘先生で、今も長野県の住居兼工房に伺っています。精神的にも技能的にも手を取って指導していただき、絆としては一番深いものがあります。学生時代、池田先生の個展を手伝い、それが縁になってギャラリーせいほうでの自分の個展開催が実現したと言っても過言ではありません。精神的な師匠としては故中島修さんです。自分の滞欧中の憧れであり、オーバーエスタライヒ州のお住いにお伺いした際、幾度となく助言をしていただきました。同じギャラリーせいほうで個展をやれることを喜んでいた最中に帰らぬ人となりました。海外では助言をいただいたK・プランテル、F・フンデルトワッサー諸氏がいますが、師事というより私淑に近いかなぁと思っています。私淑では大学時代に共通彫塑研究室にいた保田春彦先生と若林奮先生がいます。人体塑造から抽象に展開した自分の作品を鑑みると、私淑していた保田先生や若林先生の作品に自分が近づいていると思っています。当時の自分は人体塑造の取り組みに精一杯で、抽象に向かうコンセプトが構築されておらず、漠然と2人の抽象作品に魅了されていたと考えています。あるいは自分の抽象に向かう契機はこんなところに隠れていたのかもしれません。今年の暮れに故若林先生が個展を開催され、保田先生が書籍を発行されました。私淑した2人にさらに近づけた気がしました。