2014.02.12 Wednesday
「自発的な正義は『個体化の原理』をある程度まで突き破って見ているところにそのもっとも内的な根源があるが、しかるにこれに反し、不正な人間は『個体化の原理』にあくまでとらわれている。われわれの発見したことはこのことであった。『個体化の原理』を突き破って見ることは、それに必要な程度に行なわれるだけではなしに、さらに高度に行われて、積極的な好意や慈善へ、また人類愛へと人を駆り立てずにはおかない。個人に現われる意志がそのものとしていかに強力で、いかに精力的であろうとも、このような好意、慈善、愛は起こり得るのである。つねに認識がこういう強力な意志と釣合いを保っていて、不正への誘惑に抵抗することを認識が教えてくれるので、いかなる程度の善ですら、いな、いかなる程度の諦念ですら認識は生み出す力を持っているといえよう。したがって善人が悪人よりも根源的に弱い意志現象であるとみなすべきものではけっしてなく、善人にあっては、盲目的な意志の衝動を抑制してくれるのは、認識に他ならない。なるほど世の中には、自分のうちに現象している意志が弱いためにただ善良らしく見えるにすぎないような人々がいる。しかしこういう人々は、正しい善い行為を実行するに足るだけの十分な自己克服の能力をもっていないことでたちまち正体を暴露してしまうのである。」引用が長くなりましたが「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)にあった正義に関する箇所です。文面の前後を読まないと理解が難しいところもありますが、好意や慈愛における認識について洞察しています。
2014.02.11 Tuesday
今日は建国記念日です。祭日の貴重な制作時間を有意義に過ごそうと朝から工房に篭りました。土錬機を回して土を練り、備蓄してあった陶土が底をつきました。次の土曜日に運送業者が陶土600キロを運び込んでくる予定になっています。「発掘~層塔~」はかつてないほど陶土を使います。毎週別々の陶土を土錬機で混ぜ合わせ、40キロの陶彫用陶土を用意します。週末2日間でそれを全部使い果たし、次の週にまた40キロを用意するという具合です。そんな制作サイクルで、このところずっと取り組んでいます。混ぜ合わせた陶土は小分けにしてビニール袋に包んでおきます。それで座布団くらいのタタラを8枚作ります。菊練りした後、掌で叩いて伸ばし、板に乗せてビニールで覆い、翌日まで放置します。そうすることで厚手のタタラが多少硬くなり、立ち上げた時に芯の強さが出るのです。残りの陶土は紐作り用に取っておきます。タタラだけではどうしても弱くなるところを、陶土を紐状にして巻きつけ、立体を補強するのです。自分の陶彫成形はタタラと紐の併用で作っていきます。40キロの陶土のうちタタラに使用するのが3分の2、紐に使用するのが3分の1といったところでしょうか。明日はまた公務員の仕事が待っているので、今日は土練りのみでタタラは作れず、次回持ち越しになりました。次の週末はタタラから成形に挑みます。「発掘~層塔~」は佳境を迎えています。
2014.02.10 Monday
「理性を利用することで、利己心を組織的な方法で処理し、その偏った立場を棄てさせ、これによって容易にあみ出された手段、そしてしだいに完成していった手段こそ、国家契約、もしくは法律である。法律の起源については、すでにプラトンが、わたしがここで述べているのと同じようなことを『国家』編のなかで語っている。~略~さて、道徳はひとえに正義ないし不正の行ないだけを問題にするものであった。不正を行なうまいと断乎として決意した人に、彼の行動の境界線を正確に示してやることができるのが道徳であった。これとは反対に国家論すなわち立法論は、人が不正をこうむることだけを問題にするのであって、もしも不正を行なうという方面のことをも気にかけることがあるとすれば、つねに不正をこうむることとそれが必然的な相関関係にあるからにほかならないであろう。人が不正をこうむることこそ、国家論や立法論が妨げようとしている敵であり、その眼目である。いやそればかりではあるまい。よしんば不正の行ないがもくろまれたにしても、別の面からみて、それで人がなんら不正をこうむることにならないのだとしたら、国家は筋の上からいってもこの不正行為を禁止することはまったくないであろう。」引用は現在読んでいる「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)からのものです。個人と国家の関わりについて改めて認識し、自分にとって分かり易さもあったので掲載いたしました。
2014.02.09 Sunday
数日前から左目に違和感がありました。昨日から左目の瞼が膨れ始め、ものもらいになりました。ウィークディの仕事が最近厳しいので、その疲労かなぁと思っていますが、原因ははっきりしません。ウィークディと週末、それぞれやるべきことは異なっても神経を使う仕事であることに変わりありません。そんなことで体力が消耗していたのかもしれません。片目が思うように開けないのは何といっても不自由です。しかも人相が変わってしまっていて、ただでさえ悪人顔をしている自分は、もうそれこそ極悪人のような風貌になってしまいました。職業柄他人の目を避けることは出来ず、明日は職場の説明会会場で話さなければならないことがあって、ものもらいには眼帯は不要ですが、人の目を気にして眼帯をしていくべきか迷っています。職場のイメージダウンになるのは、どうしても避けたいのです。左目が不自由でも創作活動は待ったなしで、今日も朝から夕方までやっていましたが、昨日降り積もった雪が明日の通勤に影響することを考えて、工房を早めに切り上げて、自宅に接する道の雪かきをしました。左目の瞼が重いので、雪かきをしていても反対の右目が疲れます。困った事態になりましたが、仕方ありません。しばらくは極悪人顔の心優しき管理職を務めていこうと思います。
2014.02.08 Saturday
今日は大雪警報が出た一日で、朝からずっと雪が降り続いていました。昨年の成人の日の大雪を髣髴とさせる一日でしたが、朝から工房に出かけ、制作に没頭しました。底冷えのする工房でしたが、休むわけにもいかず、土練りやタタラ作りに精を出しました。運送業者から電話があり、栃木県益子町から陶土600キロが届いているが、今日は運べないというものでした。来週でも良いと答えました。工房の周辺は大雪に覆われ、車で入ってくることは不可能だと思いました。工房内のストーブは工房全体を暖めることは出来ず、手が悴んできました。それでも土練りをしていると身体が温まり、寒さは一時的に感じなくなりました。積雪は明朝の凍結が心配です。昨年凍結した坂道で仰向けに倒れて、背中を打ったことを思い出し、凍結した道には恐怖を感じます。自宅や工房は小高い丘にあるため、月曜日の早朝の出勤も心配です。多少遠回りしても安全な道を選ぼうと決めています。積雪が楽しいと感じた子供の頃とは違い、今では積雪で仕事に影響が出ることが気になります。ともかく明日も工房に行って様子を見ようと思っています。