2013.02.26 Tuesday
先日、神奈川県立近代美術館で開催されている「実験工房展」を見に行ってきました。「実験工房」は学生時代より存在は知っていましたが、実際の活動や作品を見るのは初めてでした。「実験工房」は詩人で評論家でもあった故瀧口修造が主催していたものと誤解していましたが、実際に彼は参加していた芸術家の精神的支えとしてのオヴザーバーであったことを今回の展覧会で知りました。「実験工房」というネーミングは瀧口修造が行っていて、それがあったからこそ継続が出来たようです。「実験工房」は1951年に立ち上がっていますが、自分が生まれる前の終戦後の復興期で、そこに新しい芸術運動が展開していたのは驚きです。当時20代だった青年芸術家たちも、それぞれに創作を発展させ、武満徹のような世界的な音楽界で注目された人もいました。その他にも新進芸術家として美術界、音楽界を通じマスコミで知られた人も多く、その後に生まれた自分は美術雑誌等で「実験工房」世代の活動を知ることになりました。住宅事情が厳しかった当時、狭い部屋に青年芸術家たちが集まって撮影したモノクロ写真が残っています。そこでオブジェを作り、議論を戦わせたであろう状況が感じ取れます。こうした動きが現在の多様な表現活動に生きているのだと思いました。
2013.02.25 Monday
イタリア・ローマのヴァティカン美術館にあるラオコーン群像。自分は受験時代に石膏デッサンでラオコーンを描いたことがあって、20代後半に渡欧してヴァティカン美術館で初めて大理石による実物を見て、素材から受ける印象に驚いた記憶があります。彫刻としての均整、動勢の非の打ち所のない完璧さに暫し立ち竦みました。ミケランジェロも奇跡と称したラオコーン群像。ホメロスの叙事詩にある有名なトロヤ戦争の折、兵士を体内に隠した木馬を国内に入れることを拒否した神官ラオコーンは、女神アテナの怒りを買い(異説あり)二匹の大蛇によって2人の息子共々殺されてしまうのです。ただ、ホメロスの叙事詩にラオコーンは登場しません。これにも諸説あるようですが、ラオコーン群像をめぐって18世紀当時は美術史家の間で論争となったようです。ゲーテも「ラオコーン論」を展開したことが「ゲーテ美術論集成」(J・W・フォン・ゲーテ著 高木昌史編訳 青土社)に掲載されています。本書の解説を抜粋すると「(ゲーテ)の美術エッセイの魅力と特色は、外的な要素を極力排除して、あくまで芸術作品そのものに真摯に向き合う姿勢」であるとし、これは「現前の対象に即して的確に観察しようとするゲーテの姿は芸術鑑賞のモデル・ケース」になったと言っています。ゲーテの自論を紐解くと「ラオコーン群像は、定評のある他のあらゆる秀作と並んで、均整と多様性、静けさと動き、対立と段階の模範となっており、こうした対比は共に、一部は感覚的に、一部は精神的に、鑑賞者に差し出され、激情の表象においても快い感情を呼び起こし、苦悩と情熱の嵐を優美と美によって和らげる。」とありました。美術批評の近現代に脈々と続く視点がここにあると思いました。
2013.02.24 Sunday
今日は朝8時から夕方4時までの8時間、工房で木彫をやっていました。外では親戚の叔父が若い庭師を2人連れてきて、工房周辺の植木の剪定をやっていました。工房は植木畑にあるので、時折父方の親戚が隣接する家に出てしまった枝を払いに来てくれるのです。先月の大雪で植木が倒れ、自宅と工房の路を塞いでいたので、それも除いてもらいました。外では庭師が電動工具で大きな木の枝を払っていて、工房内では自分が電動工具で木材を加工していました。庭師は午前10時と午後3時に休憩時間を取っていましたが、自分は休憩なしで作業を進めていました。職人と違って、自分は創作欲を感じると休憩なしで邁進してしまうのです。「発掘~地殻~」の木彫部分は荒彫りの中の次の段階に入り、微妙な角度を付けた彫りに差し掛かってきました。やっと木彫らしくなってきたように思います。まだ彫ったところは面取りですが、仕上がる様子が分かるところまで辿りつきました。全体では6点屏風になるので仕事量はまだまだですが、彫り込みに気持ちが食らいつくようになりました。つまり作業にハマッてきたのです。こうなると疲れを感じなくなる麻薬状態になります。これが面白くて彫刻をやっているようなものです。ただ、疲労は後からやってくるので時間を決めて作業を切り上げなければなりません。今日は4時に切り上げました。また次回。来週末は3月になります。
2013.02.23 Saturday
今日は野暮用があって早朝職場に顔を出し、残りの時間を工房で過ごしました。相変わらず木彫荒彫りをやっています。新作の6点屏風のうち、ほぼ全体に大まかな木彫を施しましたが、立体としての量感を捉えて彫り込むまでには、まだまだ時間がかかりそうです。そんな余裕のない中で、午後は鎌倉にある県立近代美術館に出かけました。現在ここで「実験工房展」が開催されていて、昔から興味を抱いていた実験工房の作品の数々に出会うため今日は時間を割きました。日本の前衛芸術を担った美術家と音楽家、そのほとんどの人は既に他界されていますが、その人たちの20代の頃の軌跡を追った展覧会は、現在の芸術界を推し量る意味でも貴重な機会と思いました。現代の眼で見れば稚拙な表現もありましたが、誰もが新しい気運に溌溂として取り組んでいた様子が覗えます。とくに当時から美術と音楽の融合があった点では注目に値します。1950年代から総合芸術が始まっていると言えるからです。詳しい感想は機会を改めますが、今日は充実した一日を過ごしました。鎌倉は梅がちらほら咲いていて散策には好都合でした。
2013.02.22 Friday
学生時代に寒々とした氷に覆われた寂寥感漂う絵画を図版で見て、ずっと印象に残っていました。描いたのはドイツの画家ヤスパー・ダヴィッド・フリードリヒで「氷の海」と題された作品です。ネットで調べるとフリードリヒは1774年に北ドイツに生まれ、1840年に没した画家で、ロマン派の画家の中でも注目に値する画家です。現在読んでいる「ゲーテ美術論集成」(J・W・フォン・ゲーテ著 高木昌史編訳 青土社)にフリードリヒに関する一文が掲載されていて、ゲーテが1805年のヴァイマル美術展でフリードリヒに賞を授与したことに触れている箇所があります。本書ではフリードリヒの代表作「樫の森の僧院」や「海辺の僧侶」には他の著述家の言及がありますが、自分も図版でしか見たことがないにも関わらず、廃墟になった僧院や墓地が荒涼とした風景に点在する世界に魅了されてしまいます。ネットによれば宗教的崇高感という記述がありましたが、それは実物を見てみないと感受できないもので、いつかドイツに出かけて実物に接したいものだと思っています。