Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 「構築~解放~」彫り直し
    今夏、個展で発表する「構築~解放~」の柱の1本が壊れたため、新たに柱を彫ることにしました。壊れた柱を修整するより新たに彫ったほうがよいと判断したのです。彫り込みのカタチは壊れた柱と同じにします。細すぎて壊れた部分を、新たに彫る柱ではやや太めにしました。集合彫刻なので部品は早急に直しておかないと組み立てられなくなるのです。2メートルを超える柱を彫ることはシンドいことですが、久しぶりに木を彫る気持ちよさを体感しました。実材に向かい合う彫刻には、こうした楽しさがあるのです。木を彫ったり土を弄ったりする作業は時間を忘れさせてくれます。今日と明日は木彫継続です。
    非日常空間に生きる
    日常抱え込んでいる仕事や人間関係のストレスは、どんな方法で解消できるのか常日頃から考えることのひとつです。幸いなことに職場で大きなストレスを抱え込むことはないのですが、小さな雑事に絡むストレスはたくさんあります。充分な睡眠をとっても心がすっきり晴れ渡ることはありません。近隣のスポーツクラブに行って汗を流すこともストレス解消の有効な手段だと思います。それより自分は工房という非日常空間の中で創作に勤しむことが何よりのストレス解消と考えています。工房は住居とは異なり、農業用倉庫として建てたものなので何もない空間があるだけです。それが日常を忘れさせてくれるのです。そこに置かれた用途のない造形物。制作中の素材。それらが空間を形成している装置です。そこに行くだけで何か異質な世界に迷い込んだ錯覚に陥ります。非日常空間に生きること。またそういう空間がもてること。これが自分の活力源なのかもしれません。
    創作のための環境
    どんな創作であれ生活環境が及ぼす影響はかなりのものがあると考えます。自分が大学を出る時に、今まで学んできた彫刻を、親の実家でどうやったら作れるだろうか本気で思い悩みました。実は彫刻なんて作れる環境ではないと半ば諦めていたのです。家業が造園業であったにも関わらず、大学でやっていた塑造と亡父の営んでいた造園業の間には随分隔たりがあると感じていました。自作のことを「集合彫刻」とか「場を演出するための装置」と考えるに至るまでには相当な時間が必要で、それがイメージされて初めて家業の造園と自分の世界観が繋がっていると思った次第です。亡父の残してくれた植木畑に工房を建て、ようやく彫刻に必要な環境を手に入れたのはわずか2年前のことです。それまでは借りものの作業場があり、それでも彫刻を作れる喜びがありました。初めから工房が用意されているような恵まれた環境であったら自分はどうしていたでしょう。素直に受け入れて、今より大きな世界観を持つ造形に取り組んでいるのかもしれませんし、容易く手中に出来たものなら、いとも容易く手離していたかもしれません。いずれにしても創作活動にはそれなりの環境が必要であることは確かです。現在、相原工房には若い作家の卵たちが出入りしています。彼らに必要とする環境を与えれば才能を伸ばすことも出来るし、環境の共有も社会的促進として創作には効果があると考えているところです。
    原始の不思議 ラム
    「ピカソはラムのなかに、自分とは正反対の道をたどりおおせた人間にのみ望むことのできる、唯一の確証を見いだしたのであろう。すなわち、みずからにそなわっている原始の不思議から出発して、意識の最高の地点にまで到達し、そのためにはヨーロッパ芸術のもっとも精妙な分野までもわがものにした人間。その意識の地点はまた、ピカソという芸術家との出会いの地点であり、後者は後者で、まずそれらの分野をもっとも自在に支配するところから出発し、だが一方、原始の不思議とむすびつきうる諸原理にたえず立ちもどることの必要を提示してきたのである。~略~」(A・ブルトン著「シュルレアリスムと絵画」人文書院)シュルレアリスムの画家ヴィフレド・ラムは、スペイン人の母と中国人の父をもち、キューバで生まれています。地元の横浜美術館のコレクションにラムの絵があって、自分は美術館を訪れる度に作品を見ていますが、もっと前にまとまった作品群を見ている記憶があるのです。いつごろでどこであったか忘れていますが、ラムが特異な環境で育った画家であることを自分は前から知っていて、その呪術的で土俗的な画風は印象に残っています。ピカソに見いだされ、ブルトンに賞賛された画家ラム。ヨーロッパ圏以外の環境から、原始の不思議を纏った芸術家が現れたのは、芸術に革新をもたらせた時代にあっては当然の成り行きだったのかもしれません。
    RECORDとNOTE
    毎日自分に課しているRECORDとNOTE。仕事から帰った夜の時間帯にやっています。ポストカード大にした厚紙ケントに鉛筆で下書きし、場合によってはペン入れするのがRECORD。彩色は5日分をまとめて行います。夕食の後はほとんどRECORDをやっています。イメージを出すための訓練みたいな気がする時もあります。日によって満足できる作品が気楽に生まれる時があるかと思えば、苦しんでも駄作になる時もあります。これは昼間の仕事の疲労とは関係ないように思えます。疲れてクタクタになって帰宅した時に、ふとイメージが湧いて思わぬ収穫があった時は、昼間の疲れがどこかへ飛んでしまいます。NOTE(ブログ)は就寝前にパソコンに向かってやっています。今書いているこの文章がNOTEです。書き始める前に創作的なことに思いを馳せますが、日常の雑多なことに眼が奪われて、職場や仕事のことを話題にしてしまう時があります。このNOTEを書くことで、彫刻家である自分を取り戻したいと考えていますが、なかなかそういかず二束の草鞋に苦しむ自分が浮かび上がります。RECORDとNOTE、継続は力なりというコトバを信じてやっていこうと思います。