Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 新しい土錬機が来た日
    今日、新しい土錬機が来ました。23日に届くはずが今日になりました。新品ではありません。ただし今まで使っていた土錬機よりランクアップしたもので、今までの土錬機は業者に引き取ってもらいました。今日来た土錬機をいつ使用することになるかと言えば、来週末以降になります。来週末に栃木県益子にある明智鉱業から陶土が25個届くので、それを土錬機にかける予定でいます。工房にある工具が少しずつ変わっていくのは嬉しい限りです。今までの土錬機で作った最後の陶土で、今日はタタラを8枚準備しました。1枚が座布団くらいの大きさなので、これはなかなかシンドい仕事でした。成形が23日に出来そうなので、思い切って8枚のタタラを作ったのです。陶彫部品ひとつにつき4枚のタタラが必要なので、次回は2つの成形を同時に行う予定です。今日届いた土錬機の試運転が楽しみです。
    週末 土錬機感謝デー
    現在使っている土錬機は、いったいいつ頃購入したものか忘れてしまいましたが、陶彫による「発掘」シリーズは、土錬機がなくては出来ないものでした。10年くらいは使っているかもしれません。初めの頃は焼成した土肌が気に入らず、いろいろな陶土の混合を試みていました。その度に土錬機をつかってテストピースを作っていました。土錬機の構造は単純なので故障することは滅多にありません。真空土錬機は自分には持て余すと思ったので、現在の簡単な土錬機にしたことを今でも覚えています。その土錬機のランクアップを図ることになり、23日に業者が新しい土錬機を持ってきます。そこで今日は土錬機を分解して、内部にこびりついた陶土を削り取ることをしました。プロペラが大分劣化しているように思えました。自分にとっては、この土錬機が第一号です。工具に感謝しながら清掃した一日でした。
    カンディンスキーの研究書
    書店に入ると、まず美術書のところに行く癖が自分にはあります。書棚に並んでいる美術書の中で、自分の興味関心のある芸術家に関するものやテーマ性のあるものには、思わず手が伸びてしまいます。実は衝動買いも少なくありません。画家カンディンスキーに関するものは、思わず手が伸びて衝動で買ってしまうことがあり、そうして手に入れた書籍は自宅の書棚に保存されていくのです。埃を被っているものもかなりあります。「カンディンスキー研究」(西田秀穂 著 美術出版社)は、いつ購入したものか忘れてしまいましたが、未だ読んだことのない書籍です。そういう未知の書籍もたくさんあります。これは瀧口修造全集の合間に読もうと思っています。カンディンスキーの理論は難解なものがあって敬遠しがちです。でも、カンディンスキー熱のある自分は、この本を絶対読まなくてはならないと感じています。年末年始に休庁期間があるので、この時読もうと思います。
    「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」
    先日、表題の展覧会に行ってきました。神奈川県川崎市にある岡本太郎美術館は、岡本太郎ゆかりの芸術家による企画で見応えのある展覧会が多く、そのたびに見に出かけます。現在開催中の「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」展も、60年にわたり現代美術の第一線で活躍されている現存作家の刺激的な展示内容になっていて、自分にとっては大変な活力をもらった気がしています。1950年代より、その頃の前衛としてのシュルレアリスムや抽象傾向を包括した画業を展開し、今なお創作意欲が衰えない作者には頭が下がるばかりですが、願わくば自分もこうでありたいと思っています。作品をじっくり見ていくと1点1点の完成度の高さや仕事量の多さに驚きます。この日は質量ともに圧倒される展覧会に出会えた幸せを感じました。絵画ばかりではなく立体等も手がけられて、時としてコラージュを用いたり、素材を生かす造形があったりして、表現媒体の多様さと、そこにいきつくまでの試行錯誤が垣間見られました。いろいろな手法を使っても精神性を失わない秘密がこんなところにあるのかもしれないと思いました。
    偶然が生んだ異国の街
    2006年10月19日付のブログ「ムルナウの短い夏」にある通り、自分が初めて海外に出かけて辿り着いた街がドイツのムルナウでした。当時はまだドイツが東西に分断されていた時代なので、正確には西ドイツのムルナウだったわけで、西側の経済発展を物語るように、ムルナウのようにどんな小さな村でも道路が完備され、商業施設や文化施設がありました。自分は全寮制の語学学校ゲーテ・インスティチュートに通って、美術アカデミーの受験に備えていました。その頃はドイツ表現主義やバウハウスのことを知っていたはずでしたが、かつてムルナウで創作に打ち込んでいたカンディンスキーに特別な興味はなく、ミュンターと暮らしたアトリエハウスも記憶に残っていないのです。当時を思えば惜しいことをしたと後悔するばかりですが、カンディンスキーが色彩の解放を謳った絵画を完成させたムルナウが、自分にとっては初めて暮らした異国の街になっていること、それが今は最高に嬉しいと感じています。偶然が生んだ異国の街。その後の自分のカンディンスキー熱を考えると、偶然とは言え自分もムルナウにいたことに感謝しています。