Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • RECORD12月・1月アップ
    2008年12月と2009年1月のRECORDをホームページにアップしました。これは2月から翌年1月までの1年間でまとめていたRECORDの2シーズン目になります。因みに翌年持ち越しになるのはこのシーズンで終わりにしました。3シーズン目から単年1年間のまとめをしています。この2シーズン目の特徴は幾何形体で各月を統一していて、最後にテーマとなった幾何形体に纏わるコトバを添えています。来る日も来る日も毎日RECORDを描いていて、出来上がったものをまとめてカメラマンに撮影してもらいます。さらに、このホームページにアップするという習慣がついてしまいました。コトバは相変わらず頭を捻りながら、ノートに鉛筆で書いたり消したりして、パズルを解くように作っています。RECORDの発想と似ているかもしれないと最近思えてきました。私のホームページには最後に掲載したアドレスをクリックしていただければ入れます。ご高覧くだされば幸いです。Yutaka Aihara.com
    花粉症の季節
    花粉症は20年前に発症し、加齢と共にだんだん弱まってきたように思いますが、それでも朝の寝起きや夜の就寝の頃になると、くしゃみが立て続けに出ます。しばらくすると治ってくるのが最近の傾向です。昔は涙目になったり、鼻づまりになったり、くしゃみが止まらなかったりしました。今日職場では大きなイベントがあったのですが、イベント中にくしゃみが出たらどうしようと思っていました。やはり昼間は花粉症が和らいでいて助かりました。工房の土埃も喉に刺激を与えるものらしく、工房ではマスクをするように心がけています。たまに出かける近隣のスポーツ施設での水泳も、プールから上がった後で、くしゃみを連発しています。この季節は花粉症に耐える習慣がついていて、不快な状況を抱えつつ制作や仕事をやっています。
    通勤途中に壊れた鞄
    昨年4月に今の職場に転勤してきて、まず鞄を購入しました。A4版の資料が収まるサイズのものが欲しかったのです。さらに自家用車通勤からバスや電車の通勤になって鞄の需要が増えると思いました。案の定、鞄を肩から提げて歩くことが多くなり、おまけに厚い書籍を入れていました。通勤途中の読書が楽しみのひとつになり、その時間だけは芸術の世界に思いを馳せることが出来るのです。そんな時に通勤途中でアクシデントがあり、鞄の金具が壊れてしまい、鞄が閉まらないままになってしまいました。そんなわけで、今は以前使っていた古い小さめの鞄を持ち歩いています。以前使っていた鞄は丈夫で長持ちで、厚い書籍にも耐えています。通勤形態が変わると、持ち物にも変化が見られ、通勤時間の使い方も自分なりに工夫して楽しくしようとしている自分を発見しました。
    仕事帰りに窯出し
    仕事の帰り道にちょっと工房によって、窯出しをしてきました。日曜日の夕方に窯入れをして、水曜日に窯出しをするという習慣が出来つつあります。工房はほんのり暖かくなっていて、窯の中の温度は100度少々まで下がっていました。窯のスイッチを入れると10数時間かけて1200度以上まで上がり、そのあとにわかに温度は下がっていくのです。窯の扉を開ける時は、いつもドキドキします。今日は上手く焼けていたように思います。工房に立ち寄ると、つい長居をしたくなるのですが、ウイークディで制作をやるわけにもいかず、工房を後にして自宅に帰りました。こんなものを作って焼いてみたい、あんな試みをしてみたいと、思いは膨らむばかりです。イメージは突然生まれるのではなく、制作の流れの中で発展しながら生まれるものだと思っています。また週末が楽しみになっています。手の込んだ成形を行う予定でいます。再び焼成が上手くいくことを祈りつつ…。
    作家不在の工房の存在感
    ロベール・ドアノー写真集「芸術家たちの肖像」の中で、工房だけが撮影されている頁があります。そこに作家はいません。ただし、文章で作家の存在が示されています。「そこはヴォージラール通りの裏手にある行き止まりで、緑が好き放題はびこっていた。アーティストたちのウサギ小屋。いわばつくりかけに見えなくもない様式のアトリエが苗床のように植わっている路地だった。~略~」(ロベール・ドアノー 文・堀内花子 訳)自分のブログにも書いたことがあるコンタンティン・ブランクーシの工房です。自分が見たのは、再現されたブランクーシの工房で、パリのポンピドー・センター前の広場にありました。撮影されたのは実際の工房で、1960年3月9日の撮影となっています。ちょうど50年前の今日の日付です。当のブランクーシに迎えられ会話も交わしているのに、どうして作家が写っていないのかよくわかりません。工房の内部は、ありのままの素材と作りかけの作品が置かれ、あたかも自分がそこで何かしているような錯覚に陥ります。ブランクーシの工房は、自分が見たのが再現された工房だったとしても、目に焼きついています。それが自分の工房が欲しいと思った最初の動機だったのかもしれません。