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  • 「瀧口修造全集」を紐解く
    先日読んだ「老人力」(筑摩書房)から一転して「瀧口修造全集1」(みすず書房)を紐解きました。軽妙洒脱な「老人力」と、幾重にも重なった深い洞察に裏づけされた瀧口修造の論文集。あまりにも違う世界を描いても、それを読んでいる自分には不思議と違和感はありません。「老人力」の赤瀬川氏は前衛芸術を体現した人で、その運動の仲間に瀧口氏の薫陶を受けた人がいたりするためかもしれません。あるいは赤瀬川氏と瀧口氏の接点がどこかにあるようにも思えます。瀧口修造は美術評論家であり、詩人であり、シュルレアリスムの理論(翻訳も含めて)を提唱した我が国の第一人者です。自らもアート制作を試みています。J・ミロやA・ブルトン等の交流もありました。これほど魅力的な仕事をした人がいるでしょうか、もう少し世代が近ければ自分は何としても瀧口修造に会いにいったと思います。夏に読むはずだった著作集を手に入れて、ようやく自分は瀧口修造の全貌に触れようとしています。しばらくは重い書籍を抱えて通勤電車に揺られる日々が続きます。瀧口修造が語る芸術家の作品を頭に描いて、その論考に触れるのは自分にとって大変幸せな時間です。
    「老人力」を読む
    「老人力ときて、あとがきとなると、何だかもう遺書みたいだけど、そうではない。ふつうにあとがきである。」書店で立ち読みをして、まず目についたのは本書のあとがきでした。思わず吹き出して、即購入。「〜力」という最近流行っているコトバは、この赤瀬川原平著「老人力」が発端らしいのです。赤瀬川氏は大学の先輩にあたる人で、世代はだいぶ違うのですが、前衛美術集団「ハイレッドセンター」で活躍したことは美術雑誌等で知っていました。自分の学生時代は、こうした前衛集団はいろいろ理論武装していて過激なパフォーマンスがあったりして、近づき難い存在でした。アートをやって逮捕されたりするのは、自分にはついていけない世界でした。当時自分が関心をもったアングラ演劇集団も似たところがあったのですが…。そのうち赤瀬川氏はテレビに出てコメントをするようになって、親しみやすく、あるがままの人柄が滲み出ている感じがしました。そこにこの「老人力」。ともかく面白い本でした。あっという間に読んでしまいました。自分もそんなことを考える歳かなぁと思いつつ、力が空回りしてしまう若年時代を振り返り、なるほど老人力は老人でなくても感受したい力だと思うようになりました。これは生きるツボのようなもので、力まずに豊かに自分を表現できる術を学ばせてくれました。                       Yutaka Aihara.com
    石膏の型を作る
    昨日練った陶土はたたら(板状)にして、少し乾燥させて土に強度が出始めたところで、立体構成のように立ち上げていきます。土台になる面が平面であれば、すぐにでも成形を始めるのですが、今回の新作は土台が彎曲しています。そこで土台にする型が必要になります。この型は石膏で作ります。粘土で原型を作り、石膏をかけて原形の雌型を取るのです。学生の頃は塑造で人体を作っていたので、その粘土の原形から石膏に変える方法を幾度かやっています。これを石膏型取りと言って、石膏の雌型をいくつかのパーツに分けて取るのです。理由は原形が複雑なため、原形の粘土が雌型からうまく外れてくれないからです。パーツに分けるのにあらかじめ切り金(真鍮の薄板)を原形に差し込んで、そこから石膏型が分かれるようにするのです。でも陶彫の型はそんなに複雑な原形ではないので、単純な石膏型取りになります。慣れ親しんだ石膏を初めて工房に持ち込んでの作業です。石膏を水で溶き始めると、学生時代に悩んでいた塑造が目に浮かびます。当時は粘土から石膏に変えた作品が気に入らず、直彫りで何度か鑿を振るい、結局は失敗と認めた作品が数多くありました。そんなことを思いながら石膏の型を作りました。                               Yutaka Aihara.com
    土錬機・菊練り
    今日はボランティアの子が工房を訪ねてくれました。美大でグラフィックデザインを勉強した子ですが、陶芸に関心があって手伝いに来たのです。まず二つの陶土の割合を決めて土錬機にかけることを教えました。それぞれの土を計量器で量り、少しずつ土錬機に入れて、完全に混ざったら菊練りをしてビニール袋に密閉するという作業です。「発掘シリーズ」の土の質感はこんな工程で得られるという話もしました。町の陶芸教室ではこんなことは教わらなかったと言って、土練りに新鮮な驚きと戸惑いがあったようでした。自分の土をアレンジして作る作業は、何度もテストピースを作って試行錯誤して得られるものなのです。ましてやそれに釉薬が加われば、その実験たるものは大変なものになります。陶芸家はそうしたメモを持っていて、轆轤を挽く作品の用途、大きさ等によって使い分けているのです。自分は焼き締めのオブジェなので、そこまでのテストはしませんが、大きな作品で強度を保つための工夫は必要です。今日初めて土に触れたボランティアの子は、やはり菊練りまではいきませんでした。こうしたことは習うより慣れろと言われます。まったくその通りで、土のこなしにかかる両手の力と角度の入れ具合は、見て覚えて体感するしかないと思います。陶芸には人を魅了する力がありますが、楽しいことと同時に技能的・職人的に耐えなければならない仕事もあることも忘れてはいけないと思います。              Yutaka Aihara.com
    7月個展批評より
    ビジョン企画出版の小冊子に7月個展の批評が載っていました。「従来の遺跡出土品みたいなのから、四角錘を縦に繋げた木の柱状の構築物に発展している。変化が始まったということ。」短文でしたが、陶彫で作っていた「発掘シリーズ」から変化していることを取り上げてくれています。さらなる変化に来年、再来年は挑むつもりですが、自分には揺り戻しがあって、振り子のように「発掘」と「構築」を行きつ戻りつするのではないかという予感があります。スパイラルのように自分が求めたい世界が深まっていくことが、自分にとって一番いい方法と考えているからです。どんどん無造作に展開して異質な世界に入っていくことは自分の性格上ありえないのではないかと思います。自分には壊そうとしても壊しきれないものがあるのではないか、それでも余計なモノはどんどん省かれて、より深い造形世界を手に入れられると信じてやみません。決して器用ではない自分がしっかり構えて作る世界は、外に向かって多様に広がるものではなく、自分の内面に向って掘り下げていくものだと思っています。                    Yutaka Aihara.com