2023.04.18 Tuesday
「マルセル・デュシャン全著作」(ミシェル・サヌイエ編 北山研二訳 未知谷)の「第一章 花嫁のヴェール」は、デュシャンの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」という大きなガラスを使った代表作品の思考経路やその思索を紹介した章です。「〈グリーン・ボックス〉は1934年にマルセル・デュシャンによって作成され、300部作られた。この〈グリーン・ボックス〉に含まれるのは、大ガラスのためのさまざまな習作の複製と大ガラスの連続的変化状態の複製に加えて、50枚ほどのさまざまな紙片、つまりノートの紙質、色彩そして亜鉛の母型で切り抜いた形に至るまでの緻密な複写である。~略~ただただ繰り返し言っておきたいのだが、われわれの意図は解釈することではなく、大ガラスの解説的カタログをなす資料を読み易く提示することなのである。」そのあとに続く文章は細かな単元に分かれていて、その内容もデュシャンの脳内で綴られた短文や数式がでてきて、私には理解が覚束ないものばかりでした。「1 余白のノート」の冒頭の文章には「『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』とは、つまり既製品を、次々と、自然に思いついたものからそらすためのもの。ーそらしとはひとつの操作である。」とありました。「8 花嫁」にもこんな文章がありました。「一般的に、この花嫁内燃機関が処女性の頂点としてすなわち無知な欲望、(ほんの少しの悪意がこもった)無垢な欲望として現れなければならないとしても、そして(図形的に)花嫁内燃機関が重力バランスの法則にかなう必要がないとしても、それでも一本の光沢性の金属支柱はこの処女とその友人や家族とをつなぐものに見せかけることができよう。これら友人や家族は図形的には大地にある一つの堅固な台座に対応する。独身者=機械の組積構造の下部 がそれ自体大地にのっているように。〈花嫁〉は彼女自身の基礎部分では 内燃機関をなす。しかし、花嫁は臆病な力を伝える内燃機関であるまえにーこの臆病な力そのものなのである。この臆病な力は一種の小型自動車、愛のガソリンであり、愛のガソリンはその、恒常的 生命の火花の及ぶところまで、非常に弱いシリンダーに供給されて、この処女が欲望の果てで開花するのに役立つ。」今回はここまでにします。
2023.04.17 Monday
7月の個展に出す新作は、同じサイズの陶彫による立方体を積み上げたり、点在させて展示する集合彫刻です。立方体にはそれぞれ日付を刻んであります。つまり1年間365点で完結する作品です。立方体にはひとつずつ異なる文様が彫り込んであり、同じものはひとつもありません。自分の中で日記のように坦々と作り上げていく労働の蓄積を求めているのです。その発想は2007年から継続しているRECORDと称する平面作品から生じたものです。RECORDは文字通り記録を意味していて、一日1点ずつポストカード大の小さな作品を夜の時間帯に制作していました。というのはその頃私は教職にあって、彫刻家との二束の草鞋生活を送っていたために、RECORD制作には夜しか時間が取れなかったのでした。かなり早い時期からRECORDを立体にしたらどうだろうという考えを持ちましたが、ただでさえ多忙な生活の中で、毎晩立体を作るというイメージが湧かなかったので、その発想を封印してきました。退職した今となって、漸く同じサイズの立体を日々作ることを実践してみようと思い立ったのです。ただし平面RECORDのように一日1点という制作日程は、陶彫でやるのには無理がありました。陶彫には土練り、成形、加飾、乾燥、仕上げと化粧掛け、焼成という制作工程があるため、一日ひとつずつ作ることは不可能でした。それでも数点ずつ1週間くらいかけて作っていて、何とか食らいついていこうとしています。今夏の個展では1月1日から5月31日までの陶彫作品を展示する予定です。1年間の作品が揃うのは来年になってしまいそうです。同じサイズの立方体という手枷足枷のなかで、文様のパターンを展開し煮詰めていく作業に、私は不思議な魅力を感じていて、その時その場の迷いや試みや模索を通して、具現化まで辿り着くプロセスに、自分の内面との対話を繰り返していると言っても過言ではありません。それはゴールが見えた完成作品というより、常に未完のまま突き止めていく制作工程が、私にとっての活力であり、葛藤でもあると考えているからです。
2023.04.16 Sunday
現在陶彫で作っている立方体には、それぞれ異なる彫り込み加飾を施しています。彫り込みというのは、文様を線描ではなくレリーフ状に削っているわけで、立方体の全ての面に段差をつけているのです。穴も開けています。そのデザインは具象ではなく抽象的なものにしていて、彫り込む深さも変えています。それでも最終的には365点の立方体に彫り込み加飾をするので、その展開をどうしていくのか、毎回成形された立方体を前にして線描用の針と掻き出しベラを持って、いろいろな下図を描きながら、悩みつつ試行しつつデザインを行っています。つまり文様の展開が新作のクオリティを高める結果になるので、ここが新作の見せ場であり、悩みどころなのでしょう。彫り込み加飾は、レリーフとは言え彫刻的な面白みとはやや異なるもので、デザインの領域なのかもしれないと思いながら、意外にも私はこの仕事が好きなのに気づきました。ひとつのカタチが展開していく在り様が私の嗜好にぴったりと合っているのかもしれず、大変な思いをしながらも内心では結構楽しんでいます。今日は工房に後輩の木彫家がやってきて、真摯に制作をしていました。気候が良くなって朝から気分良く作業ができるのはいいものだなぁと感じていました。1年間のうちに気分良く作業ができる日はそんなにあるものではなく、窓から外気が入ってきても爽やかな空気に満たされていました。創作活動を活発化させるのは今をおいて他にないと思えるので、このところは私は集中して頑張っていると自覚しています。この気候が長く続いてほしいと願うばかりです。
2023.04.15 Saturday
週末になりました。今週の創作活動の状況を記したいと思います。先週金曜日に業者を呼んで陶芸窯の修理を行いました。早速日曜日の夕方に1回目の窯入れを行い、水曜日に窯出し、その日に2回目の窯入れを行い、今日は2回目の窯出しを行いました。窯はきちんと設定温度まで上昇して、陶彫作品は見事に完成していました。本当に安心しました。陶彫制作は焼成がなければ作品にならず、最も重要な制作工程として窯の出し入れがあるのです。今週も陶彫の制作三昧でしたが、窯入れをした翌日は工房内の電気が使えなかったので、月曜日は照明なしの自然光の中で制作をやっていました。木曜日は制作が出来ないことはなかったのですが、やはり作業のやり難さがあって、その日は工房を休みました。それに代わって木曜日は東京上野の東京国立博物館に鑑賞に出かけました。開催中の「東福寺」展はなかなか見応えのある内容で、私は幾度となく京都に出かけて東福寺を訪れているのにも関わらず、東福寺の宝物に改めて感銘を受けてしまいました。東福寺と言えば、私は重森三玲の庭園しか頭になく、それ以外は眼に入らなかったのが恥ずかしい限りです。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、東福寺の僧侶でもあった吉山明兆の絵画の数々に触れたことが、私にとって大きな収穫でした。なかでも五百羅漢図は傑作で、いつまでも眺めていられるくらい雅趣に富んだ作品でした。そうした時間を過ごせたことで今週は充実した1週間だったと思っています。折に触れて鑑賞の機会を持つことは、自分にとって心に宝物を増やす大切なものなんだと実感しました。陶彫制作は常に自分の心象を外に表出していくもので、何もないところにカタチを創り出す作業です。そればかりではイメージが枯渇してしまうのではないかという不安が常にあります。自分の中に心象風景の引き出しをたくさん貯め込むことが、自分を高めることに繋がっていくように感じています。実技と鑑賞のバランスをとりながら創作を煮詰めていくことが大切だと思った1週間でした。
2023.04.14 Friday
昨日、東京上野にある東京国立博物館で開催している「東福寺」展に行ってきました。京都の東福寺は過去に何度か訪れたことがありますが、いずれも重森三玲が作庭した「八方の庭」を鑑賞するためでした。今回は東福寺の宝物をじっくり見る機会があって、非常に楽しい時間を過ごせました。展示会場の最後の部屋には鎌倉時代の慶派仏師による仏像が並び、その圧倒的な存在感に満足を覚えましたが、この展覧会を通して私が感銘を受けたのは、僧侶にして画聖となった吉山明兆の存在でした。図録には雪舟と並ぶ画聖とあり、私はこの展覧会を見るまで明兆を知らなかったことを恥ずかしく思います。確かに明兆の筆から迸る力量は画聖と呼ぶに相応しい才覚があり、私はじっくり鑑賞をさせてもらいました。「『衣は破れるも戒を破らず、身は貧すれども道は貧せず』とあるのは『画道即仏道』とも言うべき画聖明兆の真骨頂を示したものであろう。」(石川登志雄著)また本展の見せ場となっている「五百羅漢図」は学芸員による楽しい工夫があって、私は羅漢の台詞に笑いつつ物語を眺めていました。「現在東福寺には、五百羅漢図の下絵と称される紙本白描画が五十幅伝わっている。五百羅漢図の本絵を制作するために明兆が描いたものと伝承されてきたが、これまでの研究では、はたして本当に明兆が描いたものなのか、あるいは後世の写しなのか、はっきりとした結論が出ていなかった。本展の準備にあたり、本絵と下絵とを詳細に比較検証してみたところ、やはり明兆自身が描いた下絵とみなしてよいことが確認できた。~略~下絵に見られる躍動感あふれる筆致や特徴的な短い岩皴などは、ほかの明兆作例とも共通するものであり、これを明兆筆として認定することに支障はないだろう。また、下絵の画面内には、『朱』『白』など色の注記が多く見られるが、いずれも本絵に施された色味と合致しており、色彩の指示書きであることがわかる。このことは、明兆による五百羅漢図が、工房的な作画体制のもとで制作された可能性を示唆するものとして興味深い。」(高橋真作著)どのように制作されたのかは鑑賞後図録で確認して、私はここに記しているのですが、実際に目にした五百羅漢図は、こうした背景を知らずに目に飛び込んでくるので、筆致に新鮮な驚きがあり、羅漢それぞれの豊かな風貌があって、暫し時間を忘れてしまうのです。鑑賞はファースト・インパクトが大切だなぁと思っています。