2022.11.25 Friday
STOLLEN(独語シュトレン)とは坑道の意味で、トンネル状になった菓子パンのことを言います。ドイツやオーストリアではクリスマスの1ヶ月前から少しずつ輪切りにして食べていく習慣があります。今でこそ日本では一般的になったシュトレンですが、私がオーストリアを引き上げてきた1980年代には、シュトレンを扱っているベーカリーはほとんどなく、私も暫しシュトレンから遠のいていました。横浜市都筑区にある東京横浜独逸学園(在日ドイツ人学校)の学園祭で、ドイツ人の保護者の方々から手作りのシュトレンをご馳走になり、その懐かしい味に舌鼓を打った記憶が今も甦ってきます。私が海外にいた頃、同じウィーンに住んでいた日本人パテシエがいました。その頃よく彼と遊んでいて、私は美術学校の学生、彼はオーストリア伝統菓子店に勤める身で、私たちは将来に漠然と不安を抱える仲間でした。その彼が出身地の神奈川県川崎市の自宅に戻り、梨畑の一角にオーストリア伝統菓子の店を開きました。日本で流行っている柔らかくフワフワした洋菓子に比べると、彼の作る菓子はどっしりとして食べ応えのあるものでしたが、本物志向が日本に定着するようになってから、彼の菓子は売れ始めました。シュトレンはその頃から彼の得意なパンとなり、さまざまなフルーツやナッツ、マジパンをヨーロッパから取り寄せていたようです。今年はロシアのウクライナ侵攻もあり、全体に値が上がっていましたが、私は彼の店「マリアツェル」から大量のシュトレンを購入してきました。嘗て私のようにヨーロッパに住んでいた彫刻家の師匠や先輩画家、親戚の声楽家たちへ郵送するためもありますが、私自身がシュトレンの味が好きなのです。シュトレンは幼子イエスの産着を包んでいるように見えることからキリスト教と関連が出来たのだろうと思っています。異文化の中で培われた食文化は、今やグローバル化して、日本にいて容易に手に入るものになりました。
2022.11.24 Thursday
新型コロナウイルス感染症は、いつになったら終息するのでしょうか。現在は第8波と呼ばれるピークが来てるようで、冬場に流行るインフルエンザと同時感染が懸念されることが報道で伝えられています。新型コロナウイルス感染症は、私の校長としての最期の年にデルタ株が流行り、授業をどう成り立たせるのか、学校行事をどうするのか、教職員と常に話し合いを持っていました。当時は、まさかこんな事態になるとは思いもかけず、夢に描いていた円満退職が一気に吹き飛びました。それでも出来る限り学校行事を遂行し、生徒たちに残念な思いをさせないように教職員と工夫を凝らしました。学校には歓送迎会なる教職員の新旧交代を慶ぶ会合がありますが、そんな別れの挨拶もなく、私は退職してしまいました。私はあまり儀礼の機会を好まないので、それでも良いと思っています。組織と個人、私は2つの顔を持って仕事をしてきましたが、新型コロナウイルス感染症は、個人的な仕事の部分ではほとんど影響はありませんでした。ただし、東京銀座のギャラリーで個展が開催できるかどうか、当時のギャラリーのオーナーは難しい判断に迫られたのではないかと察しています。私の個展は休むことなく毎年開催してきましたが、鑑賞者がほとんど来ない年もありました。それでも継続することを自分に課して制作も発表も両方ともやってきました。最近は私の周囲でもコロナに感染した人が増えています。どんな症状になるのか、具体的な情報としては入っていますが、心身が辛くなることは間違いありません。ワクチンを打っても感染することはありますが、多少でも安心を得たいために、今日は自宅の近くの医院に5回目のワクチン接種に行きました。今まで大規模接種会場でやってきたので、街の医院で接種するのは初めてでした。
2022.11.23 Wednesday
今日は勤労感謝の日で、休日になっています。勤労感謝の日とは何か、ネットで調べてみると「『勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう』国民の祝日。1948年(昭和23年)に制定された。それ以前は国の祭日で、天皇が新穀を天神地祇 (てんじんちぎ)に勧め、自らも食する新嘗祭 (にいなめさい)という祭事の日であった。この影響もあってこの日はいまも農業関係者の祭典の色彩が濃くみられる。」とありました。日本各地で民俗伝承としての祭事が行なわれているのは、こういう関係があるのかと納得しました。秋は収穫や豊饒を祝う祭りがある一方で、私は創作活動に従事する者として、芸術を謳歌するに相応しい気候の中で、大いに制作を頑張ろうと思っているのです。つまり、勤労感謝の日に心の豊饒を願うことです。とは言え今日は雨が降りしきる寒々しい一日で、朝から工房に籠っていると、寒さが身に応えました。新作は只管立方体を陶土で作っていて、日々その繰り返しに終始しています。それでも立方体ひとつひとつは同じ大きさであっても、彫り込み加飾が異なるため、バリエーションは豊富です。立方体は立体RECORDのつもりでやっているので、月毎に加飾する文様を変えています。今日は昨日用意した畳大のタタラを数枚使い、成形を2点作りました。そしてまた畳大のタタラを数枚用意して、明日の成形に備えます。成形は2点ずつ作りますが、その後の制作工程の彫り込み加飾に手間がかかり、これは一日かけてひとつずつしか出来上がっていきません。一日のうちに土練り、タタラ、成形、彫り込み加飾、乾燥、仕上げと化粧掛け、焼成のうち、どこかの工程を順番にやっているわけです。成形2点を作った今日も、窯の中には8点の陶彫作品が入っています。複数の工程を同時にやっていく、これが制作サイクルです。ずっと休むことなく続く工程ですが、心の豊饒とはそうした環境の中で育まれるものなのかもしれません。
2022.11.22 Tuesday
表現者はその創作活動を通して、表現された作品が鑑賞者にいかに感銘を与えるかで評価が決まります。表現者の人格が云々されるのは後に回されることもあり、そこが芸術家等の表現者が有する特権かもしれません。先日まで読んでいた画家鴨居玲の伝記では、人格的に課題の多い画家が、それ故に独特な素晴らしい作品世界を創造できたと私は考えます。印象派ではファン・ゴッホがそうした傾向にあったと弟テオに宛てた手紙がそう語っています。時代を遡り、中世には殺人を犯したバロック絵画の巨匠カラヴァッジョがおりました。そこまではいかないにしても、表現者の特権として、作者の人格と表現を分けて考える傾向があり、後世に何を残したかで歴史に選別されているのも事実です。それは映画に携っている俳優にも言えることだろうと私は思っています。飛ぶ鳥を撃つ勢いだった俳優が、性加害の罪を犯したことで仕事を失いました。そんな俳優など見たくもないと思っている人々がいる中で、私は前述のように人格と表現を分けて考えているために、俳優の演技力に一方ならぬ凄みを感じて、それ相当な評価をしてしまうのです。先日観に行った映画「宮松と山下」で主演した香川照之さんもそうでした。色事は芸の肥やしと見る向きもあるのでしょうが、人間の感情表現を抉り取るには、誤解を恐れずに言えば、どんな手段をも選ばないと言うことでしょうか。人間は失敗をして周囲に蔑まれ、そのまま落ちていく瞬時のところで、魂の在り処を認識し、自分の全てを賭けて自己表現を成すことが可能なことに私は薄々気づいています。私自身は失敗を恐れて、自身の感情が打ち砕けるところまで達していないので、薄々気づくことしか出来ないのですが、敢えて破れかぶれになろうとはしていません。自分は長年教壇に立っていたという自負もあるし、彫刻としての自己表現以外は、常にバランスをとって生きてきました。その中で芸術は精神的バランスを崩したところに秀作が生まれることも実は私も経験済みで、苦しみから這い上がろうとした造形的体験が過去にありました。それは人格を歪めるほどではなかったにせよ、表現が人の心を打つには、尋常ならざるものがあって、それは本当に厳しいものだなぁと感じずにはいられないのです。
2022.11.21 Monday
先日、東京渋谷にある山種美術館で開催中の「竹内栖鳳展」に行って来ました。展覧会の目玉は猫を描いた「班猫」で、展覧会のポスターにもなっていました。「班猫」は背景がなく猫の肢体だけを描いていて、しかも鑑賞者を見つめる青い目が印象的な絵でした。このモデルになった猫に纏わるエピソードが図録に載っていました。「初秋の午後、わたしは沼津の町を歩いていた。八百屋の前を通りかかった。するとその八百屋の前に置かれた荷車の上にあの猫が寝ていた。吾々は年中方々で猫は見ているが、あの猫はわたしの画材となるには恰好の猫だった。つまり、わたしは、あの猫をその荷車の上で見た瞬間、わたしの表現欲はムラムラと胸に湧いて来たのである。~略~ともかくわたしはその場に踏ン立ってスケッチを始めた。そして宿へ帰った。だがどうしてもその猫を諦めることができなかった。街上に踏ン立っての写生位では、核心までその猫が摑めていないように思われて残念だった。~略~それでわたしは宿の人に頼んで、その猫を買い取る交渉を始めた。~略~再三交渉を重ねた結果、わたしの人物を説明して、一枚の絵と猫とを交換して貰った。そして沼津から京都へ連れ帰り、日夜座右に遊歩させて、あの作品を造った。むろんその猫はもうわたしの家にはいない。あの作品を仕上げると間もなく、わたしは東京に出た。その不在中、猫の行方は不明になってしまった。」猫は従順な犬とは違い、何にも束縛されず自由気儘に生きていると私は思っています。猫は飼い主の存在に一応気を留めているのでしょうが、その距離感が微妙です。そこが芸術家に好かれる所以かもしれません。我が家にもトラ吉と名付けている元野良猫がいます。トラ吉を飼って10年以上が過ぎ、家には猫用の部屋があり、トイレも食事も睡眠もその部屋で済ませています。朝は部屋から出てきて、私のところに挨拶にやって来ます。撫でてやると安心するらしく、その後はマイペースで気儘に過ごしています。栖鳳の「班猫」を見ていると、その仕草はトラ吉のようでもあり、その上目使いは猫特有の雰囲気を醸し出しています。その場のスケッチだけでは猫の生態を核心まで摑め切れなかったという栖鳳の気持ちがよく伝わってきました。