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  • 創作に埋没する11月に…
    11月になりました。季節は冬に向かい、空気が乾燥して心地よくなると、創作活動に勢いが出てきます。今月は引き続き創作活動に埋没する1ヶ月でありたいと願っています。新作の陶彫部品がそろそろ出揃ってきたので、今月は全体構成を考えるべく厚板材を準備しようと思っています。どのくらい厚板材が必要か、もう一度イメージを掴み直して、そのサイズを考えながら厚板材の枚数を確定していきます。最終的に厚板材に砂マチエールを施していくのは旧作と同じですが、新作は色彩を変えていきます。床を這ってゆく大規模作品と壁のように立ち上がる中規模作品が、新作のメインになる予定です。今月はその双方の全体図を描きながら制作を進めていくつもりです。一日1点制作のRECORDは下書きの山積み解消を今月の目標にします。これは何とかなりそうな気がしています。鑑賞は美術館に行く計画を立てています。新型コロナウイルス感染が減り、緊急事態宣言が解除されたことで、今までネット予約が必要だった展覧会が当日券でも入れるようになりました。私が行こうとしている展覧会がポピュラーでないこともあるのでしょうが、今のところ行ってみたい展覧会は当日券で入れそうです。今月は映画館にも足を運ぼうと思っています。ミニシアターが大好きな私が暫く映画にも行っていないので、またマニアックな映画を楽しもうと思っています。あまり人が見ないような映画をわざわざ観に行く癖は、自分の学生時代から始まっていて、当時は映画だけではなくアングラ演劇も頻繁に行っていました。感染症が落ち着いたら旅行にも行ってみたいと思っているのは私だけではないでしょう。読書は新しい書籍を先日、大手の書店に注文し手元に届きました。日常では実家の解体工事が今月始まります。大ゴミ処理業者もやってくるので、自宅の断捨離をやって実家の荷物と一緒に持っていってもらおうと思っています。なかなか忙しくなりそうな11月です。
    週末 10月の振り返り&衆議院選挙へ
    週末ですが、10月の最終日のために1ヶ月の振り返りを行ないます。今月は季節的に制作がしやすくなって、1ヶ月のうち23日間を制作に充てました。そのうち窯入れを6回行い、大規模の新作は4つの島が全て焼成まで完了しています。あとは全体を見ながら調整をしていくわけですが、陶彫部品がやや足りない気もしています。それぞれの島を全体の中で配置して構成を考えていこうと思います。中規模の新作は2点の焼成が終わり、残りの陶彫部品を準備するところまで辿り着きました。大規模作品、中規模作品とも順調な制作工程を歩んでいます。一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っているRECORDは、下書きの山積み解消が進みました。あと数日分を挽回すれば追いつくところまできました。今月は工房で窯入れをしている間に、自宅でRECORDを只管作っていたのが功を奏した感じがしています。RECORDは陶彫同様一つひとつが創作作品なので、なかなか発想や内容が大変だなぁと改めて思った次第で、陶彫制作に劣らぬ辛さを噛み締めました。鑑賞では、今月は美術館ではなく2つの博物館を訪れました。「縄文2021」展(江戸東京博物館)、「大英博物館ミイラ展」(国立科学博物館)で、いずれも興味関心が尽きない内容でしたが、美術とは一味異なる視点があって、学術的な研究にも触れることが出来ました。学術的と言えば、脳科学とアートに関する書籍が読み終わり、これも視野を広げることになりました。アートを切り口にして、面白い世界が縦横に広がっていることを知り、まだまだ私には勉強が不十分なことを実感しました。日常生活では母亡き後の実家の有効利用に、私が結論を出したことがあり、来月は実家の解体工事が始まります。集合住宅を建てるにあたって銀行融資の契約もしてきました。これでひとつの時代が幕を引くことになりました。今日は私も美大受験生も工房で一所懸命制作をしていて、朝から夕方まで充実した時間を過ごしました。受験生を車で送った後に、家内と衆議院選挙の投票に行ってきました。民主主義とは何か、私たちが求める要望を政策として必ず執行してくれそうな人は誰か、何日も前から新聞等に目を通してあれこれ考えていました。私は教育行政で仕事をしていたので、管理職になってから政治に関心が高くなり、日本の置かれた国際的な立場にも留意するようになりました。日本がより良くなるように一票を投じてきました。
    週末 実家の片付け&自宅の断捨離
    母が亡くなって1年以上が経ち、先祖から長く続いた実家をどうするのかが、今の私に課せられている大きな難題です。そのまま古い家を保ち続けることは不可能で、大手の住宅メーカーに相談をして、私はそこに賃貸の集合住宅を建てることにしました。相原の実家は明治時代以前から続いた農家で、「池の谷戸」と当時の村人から称されていました。私が生まれる前は藁葺きの屋根があったそうですが、私が育った頃は瓦屋根に変わっていました。柿の大樹があるのは昔の農家の面影そのままを残していますが、それも持ちきれず、愈々来月には解体工事が入ることになりました。母が介護施設に入った頃に一度業者に来てもらって、主だった家具等は処分しました。それでも全部解消できたわけではなく、もう一度業者を呼ぶことになりました。今日の午前中は最後の遺品の仕分けをするために家内と実家に行きました。私はそこに学生時代まで住んでいたので、整理をするのが苦しくて耐えられなかったのですが、家内はなかなかクールで、家内のお陰で整理が進みました。午後は以前実家から自宅に持ってきた遺品を含めたさまざまなモノの整理をしました。業者には実家と自宅にあるモノの引取りをお願いしようと思っています。祖父母や両親が亡くなって、相原の実家は新しい時代を迎えようとしています。何を遺して何を処分するべきか、私自身もいろいろ考えるところがあり、それだけで私はかなり疲労を覚えました。過去と向き合うのはなかなか辛いものがあります。私は両親に何不自由なく育てられているにも関わらず、複雑な思いが交差しました。自宅にあったモノは断捨離にもなり、この際思い切ってやっていこうと決めました。自宅の断捨離は始まったばかりで、来月の業者の打合せには間に合わないかもしれません。家内が粘り強く取り組んでくれることが唯一の救いになっていて、私一人ではどうにもならないなぁと思っているところです。
    東京上野の「大英博物館ミイラ展」
    新作の窯入れを昨日行ったので、今日は工房の照明等が使えず、制作は休止しました。そのため朝から家内と東京上野にある国立科学博物館に「大英博物館ミイラ展」を見に行きました。「古代エジプト6つの物語」と展覧会のタイトルがついていて、つまり紀元前800年から紀元後100年くらいまでにナイル川流域に生存した成人男女から幼児まで6人を選び出し、そのミイラ化された遺体を展示したものでした。入場券はコンビニで、予約はネットで行いました。嘗てのミイラの展示では棺が開けられ、包帯を解いてミイラそのものを見せていましたが、今回の展示では最先端のCTスキャンを用いた画像解析が行なわれていて、ミイラの状態が高精細に表出されていました。ミイラ化の制作過程も分かって、しかも内臓の臓器が出され、それを別に保存していたことも解明されていて、時間を忘れるほど画像に見入ってしまいました。図録によると「高性能で非侵襲性(人体を傷つけない)の放射線画像診断技術が実用化すると、包帯を解く必要がなくなった。」とありました。しかも健康状態、つまり遺体が癌に冒されていたり、歯の磨耗状況も分かって、当時の人がどんな食生活を送っていたのかも推察できていました。死亡推定年齢も特定できるとあって、現代の科学技術の進歩に驚きを隠せませんでした。本展に関しては、図録を時間をかけて読み込んでから、もう一度別稿を起こそうと思っています。家内はミイラが身につけていた装飾品の数々に興味があったらしく、会場をなかなか出てきませんでした。結局2時間会場にいて、午前11時に会場に入ったものの出てきたのは午後1時でした。昼食は国立科学博物館内の簡単なレストランで取りました。実は国立科学博物館のギャラリーショップには面白い書籍がいっぱいあります。以前に「生物の進化大図鑑」(河出書房新社)を購入し、その分厚い書籍を持ち帰ってきました。今回も昆虫に関する図鑑を購入しました。陶彫制作のイメージを探るのに、昆虫の節足のカタチが参考になるのです。今日はミイラに始まって、創作意欲を齎す書籍を得て、大変満足した一日でした。
    「二つの文化に戻る」のまとめ&読後感
    「なぜ脳はアートがわかるのか」(エリック・R・カンデル著 高橋洋訳 青土社)の「第14章 二つの文化に戻る」をまとめますが、これが本書の最終章になるため、全体としての読後感もつけ加えます。本書を読み始めた最初にスノーの言葉の引用がありました。(9月28日付NOTE)本章では、もう一度本書を著すに至ったねらいを確かめるために最初に立ち戻っています。「進化生物学者のE・O・ウィルソンは、C・P・スノーの言う二つの文化、すなわち科学と人文学のあいだに横たわる溝を、かつての物理学と化学のあいだや、それら二分野と生物学のあいだで起こったものに類似する一連の対話を通して埋めることを思い描いている。」それから発展して次のように語っています。「新たな心の科学と美学の統合が近い将来実現するとは考えにくいが、抽象芸術を含むアートの諸側面に関心を抱く人々と、知覚や情動の科学に関心を抱く人々のあいだで対話が行なわれるようになってきた。これら対話の蓄積はやがて効果を生むだろう。」またスノーが言及したことについて次のようにまとめています。「科学と芸術のおのおのが独自の視点を提供して、人間の本質に関する根本的な問いの解明を促すことができる。そして、それを達成するための手段として、科学もアートも還元主義を適用することができる。結論を言うと、新たな心の科学は、知性や文化の歴史において新たな次元を開くことができる、脳科学と芸術のあいだの対話を今や実現しようとしているのだ。」訳者あとがきに高橋洋氏による簡潔な言葉がありました。「ここで言う二つの文化とは、『世界の物理的な本質に関心を抱く科学の文化』と、『人間の経験の本質に関心を抱く、文学や芸術をはじめとする人文文化』を指す。『はじめに』と『第14章 二つの文化に戻る』という冒頭と棹尾を飾る二つの章では、C・P・スノーの見解を取り上げつつ、これら二つの文化の橋渡しをすることの重要性が強調されている。」本書全体にわたる趣意はこれが全てと言えます。二つの文化の対話はまだ始まったばかりということですが、アートの世界しか知らない私が、専門外の脳科学を通じて知り得た情報は、大変に面白くまた意義深いものがありました。本書は章によって科学寄りだったり、アート寄りだったりして、部分的には分かりやすい解説もありましたが、科学寄りの部分には慣れない語彙が出てきて、理解に苦しむ場面もありました。逆に科学専門の人にはアートが分かり難い部分もあったろうと察します。つまりこれが対話の第一歩かもしれないと思いつつ頁を閉じました。