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  • 実家の解体工事始まる
    私が生まれ育った実家は、近所では大きい農家で通っていましたが、相原の本家ではなく分家です。私から五代前まで遡ると、先祖は小作人であったようで、本家から土地を借りて田畑をやっていました。先祖は一所懸命働いたという評判で、少しずつ土地を増やし、祖父母の代には実家の周囲にかなりの土地を所有していました。父の代に半分ほど土地の切り売りをして、また集合住宅を建てたりして、徐々に現在の状況になっていきましたが、祖父の前の代から大工をやっていて、言うなれば半農半商でした。父は大工が嫌で造園業になりましたが、農業は続いていました。私が幼い頃は米の収穫時期になると庭で脱穀機が回り、藁が積まれていました。祖父の商売道具であった木材や父の造園仕事で植木の移動に使う藁が大量にあり、私はそれらで遊んでいました。そんな実家ですが、両親が他界し、実家に住む人もなく暫く放置していました。実家の外見は立派な旧家の造りですが、いざ住むとなるとかなり手を入れなければならず、費用も嵩むので、結局私の代でそこに賃貸の集合住宅を建てることにしました。旧家では2本の大黒柱を私が頂くことになっています。それを工房に運んでもらうつもりです。今日から実家の解体工事が始まりました。父が集めた大きな庭石や樹齢が定かではない柿の老木もあって、それらを処分するのは気が引けますが、こればかりは仕方がないと割り切りました。今日は現場監督に挨拶に行き、解体工事をお願いしてきました。地鎮祭は来月になりそうです。
    週末 日曜日の工房雑感
    日曜日になりました。昨年までは二束の草鞋生活を送っていたため、日曜日は貴重な創作活動の時間だったのですが、退職した今となってはウィークディも日曜日も変わらない生活を送っています。違うことと言えば朝の起床時間です。勤めがあった時は朝7時に家を出ていましたが、今は毎朝ゆっくりしていて、それだけで気分が楽になっています。目覚まし時計を恨むこともなくなりました。朝は9時に工房に入り、午後はだいたい3時まで制作をやっています。週末はよく高校生がデッサンをやりに工房に顔を出します。今日は高3と高2の2人の女子高生がやってきました。高3の子は美大に推薦入学が決まっていて、美大から送られてきた課題をやっているのです。高2の子はこれから始まる受験勉強に向けた準備です。美術系の大学は実技試験があるため、デッサンの基礎をやっているのです。私は教職にあった頃より、毎年多くの受験生の面倒を見てきました。ほとんどの子が高3になると予備校に通い出すのですが、その補習として工房に来ています。私はその子たちに背中を押されて制作を頑張っているとも言えます。何回かNOTE(ブログ)に書いていますが、陶彫は水を含むので真冬は掌がガサガサになります。6時間陶土に触れていると、掌は酷い状態になってしまいます。おまけに工房は内壁がないため温度が外と変わりません。大型ストーブがありますが、それでは周辺しか暖まらず、女子高生がデッサンをしている場所は多少暖かいのですが、私のいる場所は相当寒く、陶土に向かい合う以外のことは考えられません。それでも寒すぎて制作に集中できない時もあります。当分はこのまま仕事は継続していきます。工房のある植木畑の梅が咲き始めているので、春はもうすぐそこまで来ているなぁと思っています。
    週末 2月最初の週末に…
    2月に入って最初の週末を迎えました。寒い日が続いていて、工房での作業にも影響が出ています。それでも今週は毎日工房での作業をやっていました。ただし、なかなか大規模作品の土台に手がつけられずに、RECORD立体版を作っていました。陶土ばかりを扱っているせいか、ハンドクリームをつけても掌の荒れは治らずに、肌の罅割れが生じないように注意しています。昨年の今頃はまだ校長職にあって、新型コロナウイルス感染症の拡大を心配していました。3年生の進路状況や3月にある卒業式のこと、来年度人事のことで頭がいっぱいでした。新型コロナウイルス感染症は来年には改善しているだろうと思い、また4月から彫刻家一本になることもあって、漠然とした未来の期待に胸が高まることもありましたが、1年が過ぎて新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が、今は爆発的に増えている現状には、本当に辟易しています。私は自宅と工房の行き来で一日が過ぎますが、家内の邦楽演奏がなくなっている今は、自宅に篭る原因によるストレスが溜まる一方です。自宅療養が増えている昨今は、買い物に出てもコンビニやスーパーなどで感染者や濃厚接触者が買い物をしていることもあると覚悟していて、自分がいつ新型コロナにかかってもおかしくないと思っています。工房では週末になると高校生がやってきますが、寒いながら窓を僅かに開けて作業に没頭しています。今日も朝から夕方まで陶彫制作をしていました。明日も継続です。
    「日本の先史仮面」のまとめ
    「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の「日本の先史仮面」をまとめます。「非日常的な状態に変化するために顔をおおうもの、あるいは頭にかぶるために木、皮革、骨、布、粘土、金属などを材料にして作った面や被り物を、仮面と呼ぶのが習わしである。しかし、顔あるいは頭をかたどっているが、大型または小型で大きさが合わずに人がつけたりかぶったりできないものも、仮面と同じ形をしているならば、それらも仮面と呼ぶことが普通である。」そうした仮面の最古のものはどんなものだったのでしょうか。「世界でもっとも古い仮面の証拠は、旧石器時代までさかのぼる。フランスのレ=トロワ=フレール洞窟(約二万年前)の壁画には、頭にトナカイの角付きの被り物を着け、体を鹿皮でおおった人物や、頭に野牛の角をつけ体もそれに似せた人が踊っている姿がある。」またシベリア先史の仮面についてこんな記述があります。「アムール川のサカチ=アリャンとウスリー川のシェレメツェヴォ河岸の玄武岩の塊に線刻してある顔は、仮面の表現とされている。五・六千年前の新石器時代のものという。」古代中国の仮面について述べた箇所です。「甘粛省の仰韶文化や馬家窯文化にみられる新石器時代の『人面陶塑』つまり人面付き土器の顔は、仮面を着けた状態を表現しているという説がある。」それでは日本ではどうだったのでしょうか。「縄文時代の仮面は古い時期には知られていない。約4000年前(中期末)にまず貝製品として九州に登場する。~略~縄文時代の仮面は皮革製品、木製品、樹皮製品が主であって、それを珍しくも土製品に写したものだけが残っているというのが真相なのだろう。」また土偶についてこんな文もありました。「仮面をつけたと見うる土偶の数は多い。縄文土器は、『いかに大きく、そして立派な作風を示すものであっても、神像とはいい難く、精霊の宿す人間的姿態をそなえた依代として作られた』と考えるべきであって、『顔つきは人間らしいものと、人間らしからざる怪奇なものとがあるが、いずれも呪術によって、これに精霊の降臨を乞い崇拝したものであろう。精霊が宿れば土偶自体もこれと同格のものとなる。だから当時の人々にとって、土偶は精霊の憑拠とするかぎり、それを具象化したもの、いいかえれば精霊それ自体の姿と感じたに相違ない』、と甲野勇はいう。」弥生時代の仮面には鳥のモチーフがあり、それはこんな信仰からきているようです。「銅鐸・土器の絵から弥生時代の信仰の対象は、鹿・鳥(サギ・ツル)・祖先であったと推定できる。また、鳥形の木製品の存在からも鳥に対する信仰があったことがわかる。」(引用は全て春成秀爾著)                  
    「現代に生きる仮面」のまとめ
    「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の「現代に生きる仮面」をまとめます。副題に「変身するヒーローたちの系譜」とあり、この章ではテレビや漫画に登場する仮面をつけたヒーローに絡ませた仮面論が展開していきます。冒頭にはこんな文章がありました。「日本人は、いつから『面(めん・おもて)』という言葉よりも、『仮面』という言葉を好んで使うようになったのだろう。すでに延喜式(927年)に、追儺に登場する『假面』の記載はあるが、一般の人びとのあいだで、『面(めん)』より『仮面』という言葉が定着していく過程は、おそらく、素顔こそ唯一無二の実在であり、仮面はそれを覆うまやかしの道具だという信念が一般化していく過程と平行しており、したがって、坂部恵のいうとおり、自己同一的な近代的自我の確立の過程と重なっていたはずである。西洋近代の影響下で形成された自己同一的な自我のもとでは、自分が自分以外の存在になるなど虚構の世界の出来事でしかありえない。~略~仮面による変身と現実とみなす儀礼の世界と、虚構とみなすテレビや漫画の世界のあいだには、決定的な断絶があるようにみえる。」さらに変身するヒーローたちに対してこんな結論を導いています。「宇宙や細胞工学というきわめて現代的な装いをもって登場してきている現代の仮面のヒーロー、変身するヒーローたちも、結局はみごとに、山や空といった異界からやってきて、窮地にある人びとを助け去っていくという、来訪神の物語を踏襲しているということになる。」民俗の中の仮面にも注目しました。「日本の仮面といえば、まず思い出されるのが、秋田県・男鹿半島のナマハゲであろう。~略~柳田国男は、これら日本各地にみられる神の来訪の行事は、『本来一つの根源に出づる』ものだとし、『1年の境に、遠い国から村を訪れて遥々神の来ることを、確信せしめんが為の計画ある幻しであった』と述べている。折口信夫も、これら行事において『村から遠い處に居る霊的な者が、春の初めに、村人の間にある予祝と教訓を垂れる為に来るのだ』といい、その信仰を『まれびと』という言葉を用いて説明している。」つまり、日本の仮面をまとめるとこんな文になります。「日本における仮面は、古くから神の来訪の行事や神楽といった神事においても、また神事を脱して芸能化の進んだ能においても、さらには現代の漫画やテレビにおいても、一貫して異界から一時的にやってくる来訪者を可視化するために用いられてきた。~略~仮面は人間がそうした異界の力を一時的に目にみえるかたちにし、それにはたらきかけることで、その力そのものをコントロールしようとしてつくりだしてきたもののように思われる。そして、テレビの画面のなかで繰り広げられる現代の仮面ヒーローたちの活躍もまた、それと同じ欲求に根ざしているのである。」(引用は全て吉田憲司著)