2023.08.21 Monday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第二章 三つの類型」の「3 牧場」について、気を留めた箇所を選びます。「3 牧場」はヨーロッパの気候風土を指し、結構長い論考であるため、3単元に分けていきます。今回は➁として、ギリシャのポリスの起源について述べられた箇所を中心に据えます。「農業労働の主要なものは牧畜と果樹作りとである。従って農業は気象の不安定に脅かされることなく、規則正しい季節の循環雨期の到来によって、あまり豊饒ではないがまたあまり乏しくもない農作物を比較的確実に生産し得る。このことは風土が生活必需品の生産を牧場的に規定しているということを意味する。そこでは自然の恵みが豊かではないがゆえに、従って自然に忍従して恵みを持つを要しない。とともに自然に対抗して不断に戦闘的な態度を取らなくてはならないほど自然が人を脅かしもしない。自然は一度人力の下にもたらされさえすれば、適度の看護によって、いつまでも従順に人間に服従している。この自然の従順がまず生産を牧場的たらしめるのである。」そうなると人間は何を考えるのでしょうか。「ギリシャにおける自然との調和は自然の人間化であり人間中心的な立場の創設であった。そこで自然からの解放は自然との戦いからの解放、従って、人間の活動の激性となった。人間の競争、従って権力欲や遊戯欲による人と人との摩擦、あるいは人間の創造力の拳揚、従って知識欲による理性の発展や創作欲による芸術の産出、それらがこの新しい立場をひき起こした新しい形勢なのである。」やがて人間は競争意識から武力を持つに至るのです。「農牧の民が武士の団体に転化するとともに、ギリシャの『ポリス』もまた初めて形成せられた。部族を異にし祭儀を異にする若者たちが争闘や奪掠のために団体を結成したとき、この戦闘団体にとって部族や祭儀の別よりも共同防衛の方が重大事であった。彼らはある土地を占領するとともに要害の場所をえらんで石垣を囲らし共同の敵に備える。この中で人々はその背負って来た伝統を振りすてて新しく生活の共同を実現する。そこにポリスの生活、ポリスの祭儀が新しく始まったのである。」つまりポリスとはどのようなものだったのでしょうか。「そこで我々はいうことができる、牧場はその否定を通じて特に人間的な創造活動に進展したと。緑の美しい牧場、すなわち従順な自然は、一方において人間の生に没頭する競闘の立場を作り出すとともに、他方において人間を自然の中へ押し戻してしまった。人間はここで神々のごとく生きる市民と家畜のごとく生きる奴隷とに分裂する。」今回はここまでにします。
2023.08.20 Sunday
日曜日になり、今日も工房に朝から出かけて陶彫制作に邁進していました。毎日体温並みの暑さが続く中で、休みなく陶彫制作を続ける理由を改めて考えてみました。創作活動に対する意欲だけでは、この酷暑と言う悪条件の中で、理由として掲げるのは正直ではありません。今日は後輩の彫刻家が工房に来ていて、熱心に自らの制作をやっていましたが、昼食時間に後輩に向けて自分から出た言葉に、酷暑の中でも制作を続ける本当の理由があったなぁと私は気づきました。それは以前NOTE(ブログ)に書いたことがあることで、私自身は再確認をしたのでした。私は海外生活を打ち切って30歳の時に帰国しました。人の勧めもあって教員採用試験を受けて、教員と彫刻家の二束の草鞋生活をスタートさせたわけですが、多忙な教師と自由気儘な彫刻家では、彫刻作品など作っていく時間などまったくないため、創作活動に対する意欲は失せていきました。海外では日本の陶芸の土質を生かした表現に感動し、しかも造形イメージが湧きあがっていたものの、なかなか着手できないもどかしさに自己嫌悪に陥っていました。そこで陶芸をやっている同級生を頼って、陶土や釉薬のことを学び、何とか自己流で陶芸を始めました。陶芸を始めて気づいたことがありました。彫刻の素材として一般的な木材や石材はいつまでも放置していても造形は可能ですが、陶土は放置すると例えビニール等で保水処理していても乾燥が進んで成形ができなくなります。どんな方法でアプローチしても、陶土は放っておくことが出来ない、つまり、自分の都合ではなく、陶土の都合で制作をしなければならないのです。これは二足の草鞋生活には有効でした。どんなに教職が多忙であっても、陶土の面倒を見なければならないし、常に気にしていなければ手間をかけて土練りしたことが無駄になるのです。成形した後も、文様を彫り込むのは適度な硬さにならなければならないし、最終的な窯入れも作品が焼成可能な状態になっていなければ、窯内で割れてしまうのです。制作工程が進む度、常に失敗との隣り合わせが続き、実際若い頃は失敗続きの毎日でした。陶土に合わせて生きてきた創作活動生活は、酷暑であっても休むことができないのです。1週間ほど休暇を取る場合は、陶土の世話をしっかりしておかなければならず、校長時代の夏休みは、そうして海外旅行をしていた記憶が甦ります。
2023.08.19 Saturday
週末になりました。今週も午前中は毎日陶彫制作に精を出していました。後輩の彫刻家や美大生が工房に来たときは、午後まで彼らと一緒に制作をしていましたが、相変わらず酷暑が続いていたので、なかなか厳しい中での作業になりました。一体いつになったら凌ぎ易い季節になるのでしょうか。また、そろそろ陶彫作品を焼成していかないと、乾燥棚として使っているスペースが無くなってきています。室内の温度が体温と変わらぬ高さがあると、何だか窯入れする気分にならないのです。さて、今週は日曜日の夕方に映画「君たちはどう生きるか」を家内と観てきました。突然の思いつきで出かけた映画でしたが、ジブリは画面が美しくて楽しめる内容もあって、充実した時間を過ごすことが出来ました。事前情報があろうがなかろうが、私は快い気分を得るために映画館や美術館に出かけるので、宮崎駿監督は十分その気持ちに応える作品を提供してくれていると思っています。映画鑑賞は天気に左右されませんが、墓参りは天候次第で変わります。今週はお盆休みの時期に入っていましたが、台風7号の影響で時折豪雨があって、墓参りが出来ずにいました。個展のお礼状も宛名印刷が出来ていましたが、雨が止むタイミングを見ていました。結局水曜日に郵便局に出かけて料金別納郵便として投函してきました。木曜日に家内と近隣にある菩提寺に墓参りに行ってきました。以前にもNOTE(ブログ)に書きましたが、墓参りは故人のために行う行事で、その時に故人のことを忘れずに心に留めおくものです。ですが、本当のところは生きている私たちのためにやっているのではないかと思っています。私は墓を掃除し花を手向けることで、心がすっきりするのです。これは若かった頃には無かった感覚です。お盆が過ぎれば秋の到来があるはずですが、この残暑は秋を拒絶しているように思えます。暑さ疲れが出てきそうで、ちょっぴり心配しています。
2023.08.18 Friday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第二章 三つの類型」の「3 牧場」について、気を留めた箇所を選びます。「3 牧場」はヨーロッパの気候風土を指し、結構長い論考であるため、3単元に分けていきます。「ユダヤ教を内に含むパウロのキリスト教がヨーロッパの世界に成長して行ったとき、沙漠的宗教としてのユダヤ教の乾燥性は否定せられながらも、預言者たちの道義的情熱はますます内的に生かされて行った。とともに、沙漠に見るを得ない『潤い』がヨーロッパ的キリスト教の特徴となり、愛の宗教としての優しみというごときものが力強く育てられて行く。マリア崇拝のごときは沙漠的であるよりもより多くモンスーン的であると言ってよい。このような乾きと潤いとの総合というごとき特徴は、ただ歴史的な発展としてのみは説き尽くされぬであろう。それはヨーロッパ的人間の性格にもとづく、ということは主張し得られる、しかしその性格がヨーロッパ的であるということはまさにそれが風土的であるということにほかならない。」私は気候風土が宗教に与える影響に敏感に反応してしまう傾向があるようです。次に地中海についての論考に移ります。著者が地中海を回った時の気づきが述べられていました。「それは海であるかも知れぬが、しかし黒潮の流れている海とは同じものではない。黒潮の海には微生物から鯨に至るまで無限に多種類の生物が生きている。しかるに地中海は死の海と言ってよいほどに生物が少ない。黒潮の海は無限に豊饒な海であるが、地中海は痩せ海である。地中海が荒涼な印象を与えたことは決して偶然ではなかった。それはいわば海の沙漠である。~略~地中海は古来『交通路』であり、そうしてそれ以上の何ものでもなかった。山は距てるが海は結びつける、ということは地中海についてのみは正しいのである。」また陸地についての考察もありました。「夏の乾燥と冬の湿潤とは、雑草を駆逐して全土を牧場たらしめる。このことは農業労働の性格を規定せずにはいない。日本の農業労働の核心をなすものは『草取り』である。雑草の駆除である。これを怠れば耕地はたちまち荒蕪地に変化する。のみならず草取りは特に『田の草取り』の形に現れている。それは日本における最も苦しい時期ー従って日本の住宅様式を決定している時期、暑熱の最もはなはだしい土用のころに、ちょうどそのころを繁茂期とする根強い雑草と戦うことを意味する。この戦いを怠ることはほとんど農業の放擲に等しい。しかるにヨーロッパにおいては、ちょうどこの雑草との戦いが不必要なのである。土地は一度開墾せられればいつまでも従順な土地として人間に従っている。」日本との陸地の違いを具体的に述べられていました。今回はここまでにします。
2023.08.17 Thursday
今は亡き彫刻家若林奮について、先日の武蔵野美術大学美術館での展覧会を踏まえて、再度考察しようと思います。そこには私にとってどうしても避けて通れない造形理論があって、それは彫刻という特異なものが存在する世界のことです。彫刻は日常生活に直接役立つものではないもので、さらに人によってはナンセンスと思われて、場合によっては廃棄の憂き目に遭うものと捉えられても不思議ではありません。それなのに何故手間暇かけて社会的ニーズがないものをわざわざ作っているのか、私自身もよく分からないのです。自分の興味関心が万人が向かうところではなく、人と違う扉を開けることもありうると私は考えております。さらに彫刻という誰もがイメージする西洋風の人体像がありますが、それとはまるで異なる表現を私が求めているため、それはほんの一握りの人たちの自己満足なのだと割り切っています。それでも私が注目している空間概念があります。彫刻という特異なものが存在しても調和が図れる世界、その折り合いをつけるために、自分と対象とするモノの関係を考えてみることから彫刻家若林奮は出発したのだろうと考えられます。私が学生の頃に教壇に立っておられた若林先生が創り出す不可思議な立体。題名となった「振動尺」とは何か、展覧会の図録から引用いたします。「彫刻家、若林奮の代表的な作品シリーズとして知られる『振動尺』は、この名称を冠するいくつかの作品にとどまらない射程を備えている。というのもそれは、若林の制作歴の相当部分に行き渡る、一種の認識モデルとしても機能しているからだ。~略~『振動尺』とは、観察者とその向こう側にある対象それぞれの『表面』を両端に含む『間の空間』を、物質に置き換えたものであるといえる。しかし対象が捉えがたい存在であるということは、それとの『間の空間』もまた揺らぎを抱えることにあるだろう。~略~そこで把握される対象の『表面』は、固定された輪郭線として定義されるようなものではなく、むしろ不確定に変動する触知的な感覚量=『厚み』として理解できる。前進ー後退する表面の動態は、この表面を含む『間の空間』をバネのように伸縮させるはずだ。」(勝俣涼著)つまり「振動尺」とは若林先生が造語した空間概念を示すもので、尺という言葉を使っていても実際の数値を表すものではなく、感覚的なものに立脚していることが、即ち彫刻家が考えそうなことかなぁと思っています。魅力的なことは、この「振動尺」シリーズが心の琴線に触れるほど、現代的美観を備えている物体であることです。