2023.09.05 Tuesday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第三章 モンスーン的風土の特殊形態」の中で気に留めた箇所をピックアップしますが、中国と日本についての長い考察があるため、本章を3つの単元に分けます。今回は➀として中国に関する論考を扱います。本文の初稿が昭和4年だったために、中国をシナと称していて、現在では日本との関わりにおいてシナは差別的呼称になっています。それを承知で本文をそのまま引用させていただく失礼をお詫びいたします。「揚子江とその平野との姿が我々に与える直接の印象は、実は大陸の名にふさわしい偉大さではなくして、ただ単調と空漠とである。茫々たる泥海は我々に『海』特有のあの生き生きとした生命感を与えない。また我々の海よりも広い泥水の大河は、大河に特有な『漫々として流れる』というあの流れの感じを与えない。同様に平べったい大陸は我々の感情にとって偉大な形象ではない。~略~シナの人間は沙漠的なるものと無縁ではない。彼らに著しく意志の緊張があり、従ってその忍従性の奥に戦闘的なるものをひそめていることは、モンスーン的性格と沙漠的性格との結合を語るものであろう。しかしそれはモンスーン的性格の特殊形態を形成しているのであって、シナにおける沙漠的性格の存在を示すのではない。沙漠的人間におけるごとき絶対服従の態度はシナの人間には存しないのである。」ここで中国人の民族的特徴を様々な視点で論じていますが、美術的な箇所に限定させていただきます。「シナの芸術には一般にゆったりとした大きさがある。大づかみながらきわめてよく要を得ている。とともに半面において感情内容の空疎を感ぜしめる。繊細なきめの細かさはそこには全然見いだせない。この性格を代表しているのはシナ近代の宮殿建築である。~略~もっとも二千年にわたるシナの芸術をこの種の建築で代表させることは無理かも知れない。楽浪出土の漢代の遺物で見ると、シナの芸術にもずいぶん繊細なものがある。~略~人はシナ近代の家具や室内装飾の様式のうちに先秦の古銅器の伝統を感じないであろうか。また漢の画象石の抽象性や雲崗竜門の大石仏の巨大性のうちに遠見を主とする宮殿建築の空疎性と通じるもののあることを感じないであろうか。」日本人が中国から受けた多大な影響に話題が及んだ箇所がありました。「日本人は明治維新までの千数百年間、シナの文化を尊敬し、おのれを空しゅうしてその摂取につとめた。衣食住の末に至るまでそうであった。しかし日本人の衣食住はシナ人のそれと著しく異なったものになったごとく、日本人の摂取したシナの文化はもはやそれではない。日本人が尊重するのは、空漠たる大いさではなくしてきめの細かさである。外観の整備ではなくして内部のすみずみにまで行きわたった醇化である。」今回はここまでにします。
2023.09.04 Monday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第二章 三つの類型」の「3 牧場」について、気を留めた箇所を選びます。「3 牧場」はヨーロッパの気候風土を指し、結構長い論考であるため、3単元に分けていきます。今回は➂としてヨーロッパの風土が齎す文化形成が述べられていました。論考が多義にわたるため、美術に限って引用いたします。「ヨーロッパを北から南へ、すなわち日光の強まって行く方向へ旅した者は誰しも必ず感ずることと思うが、日光の力が強まるに従って人間の気質は漸次興奮的感情的になって行くのである。~略~ここに西欧の文物を古代ギリシャのそれから区別する最も顕著な特徴が見られる。シュペングラーの説いたようなアポロン的な心とファウスト的な心との区別は、確かに肯綮に当たると言ってよい。ギリシャのあくまでも明るい日光の下では、すべての物の形が彫刻的に際立ち、数限りなき個々のものがそれ自身をあらわに示している。~略~しかるに西欧の陰鬱な曇り日においては、すべての物は朦朧として輪郭を明らかにせず、かかる不分明な物を包む無限の空間がかえって強く己れを現わしてくる。それは同時にまた無限の深さへの指標である。そこに内面性への力強い沈潜がひき起こされる。主観性の強調や精神の力説はそこから出て来るのである。そこでギリシャの古代が静的、ユークリッド幾何学的、彫刻的、儀礼的であるのに対して、西欧の近代は動的、微積分学的、音楽的、意志的であると言われる。~略~またギリシャの美術を代表するものは第一にはギリシャ的明朗を結晶せしめた彫刻であるが、それに対して近代を代表するレムブラントの絵画は、まさに西欧の陰鬱を結晶せしめたものと言われ得るのである。」論考は学問や宗教に及んで、私の興味関心が尽きぬところですが、誌面の関係で割愛させていただきます。「人間が己れの存在の深い根を自覚してそれを客体的に表現するとき、その仕方はただに歴史的にのみならずまた風土的な限定せられている。かかる限定を持たない精神の自覚はかつて行なわれたことはなかった。ところでこの風土的限定は、ちょうどそれにおいて最も鋭く自覚の実現せられ得る優越点を提供するのである。~略~ちょうどこのように、牧場的風土においては理性の光が最もよく輝きいで、モンスーン風土においては感情的洗練が最もよく自覚せられる。それならば我々は、音楽家を通じて音楽を己れのものとし、運動家を通じて競技を体験し得るように、理性の光の最もよく輝くところから己れの理性の開発を学び、感情的洗練の最もよく実現せられるところから己れの感情の洗練を習うべきではなかろうか。」今回はここまでにします。
2023.09.03 Sunday
週末は創作活動についての話題に触れます。陶彫制作をやっていく上で、複数の種類の陶土を混ぜ合わせ、自分の陶土を作り上げたら、成形という制作工程に入ります。陶土を立体に立ち上げていくのですが、陶器を作る場合は、電動ロクロを使って機械の動きを利用し円形に立ち上げる方法と、手回しロクロを使って紐状にした陶土を積み重ねていく方法があります。円形以外の陶器ならば、タタラや鋳込みという方法もあります。タタラは小品であるならばタタラ板を使って、同じ厚みに陶土をスライスしていきますが、私の場合は大きいサイズの作品になるので、陶土を掌で叩いて座布団大のタタラを作ります。タタラはビニールで包んで一日放置します。放置するのは陶土を多少硬くする必要があるからです。そうして時間をおいたタタラは立ち上げても変形しないほど腰があるので、そのタタラを組み合わせて、現在作っている立方体にしていきます。タタラ同士はドベと呼ぶ接着剤で接合していきますが、ドベは陶土を水で溶いたものです。タタラは指で圧力をかける紐作りに比べて強度がなく、そのためタタラの裏側から紐で補強していきます。タタラと紐の接着には常にドベを使うので、ドベは大量に用意しておく必要があります。私の作品は現在作っている陶彫立方体に限らず、既存の作品もタタラと紐の併用技法で作っているものばかりです。立体になったなら、ビニールをかけて一日以上は放置します。彫り込み加飾が出来る硬さになるまでおいておきますが、そこは勘に頼ることも暫しあります。乾燥具合は季節によって異なるので、いつも同じとは限りません。単純な制作工程ですが、陶土の乾燥具合で暫し時間をおくのは、教職との二束の草鞋生活には大変有効でした。木彫や石彫に比べると陶彫は長く制作できないことが、他の仕事を入れるのには都合が良かったのでした。しかもずっと放置できないことも有効でした。生徒が帰った後、必ず陶土の様子を見て、次の工程を考えることが創作活動継続に繋がっていました。現在は彫刻家一本ですが、細切れになる制作時間が、炎暑の中で熱中症にならない秘訣かもしれず、坦々と歩む自分の姿勢に合っていると思っています。
2023.09.02 Saturday
週末になりました。今週は8月から9月へ移った1週間でしたが、気温の高さは変わらず、工房では汗びっしょりになりながら作業を続けていました。今週は展覧会等の鑑賞に出かけることもなく、陶彫制作に歩みを止めなかった1週間でしたが、制作サイクルは多少ゆっくり目にしていて、朝9時から作業を始めても、終わる時間はその時の制作ノルマが達成されれば早めに終了していました。夕方は空調の効いた自宅で休むことも必要と思っていて、永く創作活動を続けるためには、全身を緩めるようにしていました。若い頃から生真面目な私は、ダラダラと過ごす時間は罪だと感じていて、スケジュールを詰めるだけ詰めていました。そのおかげで教職との二束の草鞋生活が成り立っていたことも事実です。今はゆとりも生まれていますが、完全に制作を休むことはせず、毎日陶土と向かい合っています。自分にとって生きている実感を感じている時はどんな時なのか、今週はそんなことも頭を過りました。多忙な教職時代にも、時間が空けば自分自身に生きがいを問うことはしていて、それがあったからこそ、教職に引きずられることがなかったのかもしれません。教壇にいると自分が全体の奉仕者であることは自覚させられます。全てが生徒主体であり生徒のペースで進んで行くのが学校運営だからで、それは管理職になって、さらに明確化したように思います。自分のことはさておき、学校が恙無く回っているか、生徒は安全に過ごしているか、常に気にしていました。だからこそ自分を取り戻す時間が必要で、私は夜の時間帯に自宅でRECORDを描き、NOTE(ブログ)を綴ってきました。退職して漸く自分が生きたいように生きられる幸福を得たように感じたのでした。今週は陶彫制作で歩み続けた1週間だったために、そんなことも考えたのでした。
2023.09.01 Friday
今日から9月ですが、酷暑は相変わらずで、空調設備のない工房での制作は苦行のようです。それでも最近は暑さの質が変わってきたように思います。湿度が減ったのでしょうか。こんな多少乾いた高温の中にいると、20代の頃旅したトルコやギリシャを思い出します。あの時もちょうど8月から9月にかけてエーゲ海沿岸を転々とバスで回っていました。交通のないところはヒッチハイクをして遺跡を訪ねて歩きました。かの地の乾燥度合はもっと厳しくて、私は日焼けをし過ぎ、肌は黒々となってガサガサになりました。周囲の土埃が舞い上がり、黄色い大地と紺碧の空が印象的でした。広々と大地に広がる崩れかけた遺跡の中で、私はデッサンをしたり、写真を撮ったりして過ごしていましたが、時間に追われることもなく、日が暮れるまで遺跡の一部に腰かけて、その風景を脳裏に焼きつけていました。のんびりした時代を経過して、やがて始まった「発掘シリーズ」ですが、60代になった今もシリーズは継続しています。当初と比べると実際の遺跡のイメージは希薄になって、作品に出土品のような雰囲気はあるものの、現在は別な存在になっていると思っています。現在作っている日付のある陶彫立方体は、もう遺跡と呼ぶには躊躇いがあります。最終的に私は作品をどの方向にもっていくのか、またイメージの原点に戻るのか、まだ考えが及びません。今月も先月に続いて只管陶彫立方体を作り続けていくことしか頭にありません。そろそろ涼風が立つ9月になってほしいと期待していて、陶彫制作に精を出したいと思っています。秋が深まれば美術館や映画館にも出かけていきたいし、いろいろな書籍にも手を出したいのです。芸術の秋と呼べる季節はいつ到来するのでしょうか。