2023.12.14 Thursday
今日、午前中は工房で陶彫制作をやっていました。午後になって家内を誘い、エンターティメント系の映画館に出かけました。先日の新聞評で現在上映中のアニメ作品が骨太で良いという記事を読んで、早速観に行こうと思ったのですが、昔からお馴染みのアニメだったために躊躇もありました。「ゲゲゲの鬼太郎」は妖怪漫画として勧善懲悪のキャラクターが登場するもので、ファミリー向けのものではないかと思っていました。ところが、内容は戦中戦後の復興期に、都市開発から取り残された村に伝承される摩訶不思議な現象を通して、人間の心に巣食うエゴイズムを浮き彫りにしたもので、意外に面白い要素がたっぷり仕込んであって満足を覚えました。私が鬼太郎というキャラクターを知ったのは結構古く、小学校時代の友人が貸本屋から借りた本に「墓場鬼太郎」として登場したのを読んでいたのでした。映画を観ていると寧ろ初期の頃の鬼太郎に近いものを感じました。とくに映画の最後に墓場の土葬から現れる赤子としての鬼太郎が登場する場面は、まさに初期の鬼太郎なのでした。作者の水木しげる氏の戦争体験も盛り込まれていて、主人公が戦争の生き残りとして内面に秘めたものがあるところが物語をリアルにしていました。物語は東京から薬品調査として村にやってきて利権を得ようとする水木というサラリーマンが、旅の途中で出会った奇妙な男とともに、村で遭遇する因業に立ち向かうもので、奇妙な男は鬼太郎の父であり、行方不明となった妻(つまり鬼太郎の母)を探しにやってきたのでした。この映画は子ども向けではなく、日本が戦後の混乱期から高度成長をする昭和31年の混沌とした状況を描いていて、新聞評の骨太という印象はこのことかなと思いました。因みに私が生まれたのは昭和31年です。そんな縁もあって、「鬼太郎誕生」を興味深く観させていただきました。
2023.12.13 Wednesday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の第2章「1600年前後のローマ画壇とカラヴァッジョ」の中の「1 反宗教改革と美術 」の気になった箇所を取り上げます。「16世紀後半のローマ美術は後期マニエリスムを中心として諸派が混交し、画壇の有効なパノラマを示すことは困難である。美術史的には反宗教改革(対抗宗教改革、カトリック改革)の性格を反映したマニエリスムからバロックへの『移行期』とよんでよいだろう。~略~プロテスタントが聖書と信仰のみによる合理的な神の理解を訴えたのに対し、カトリックは視覚イメージによって聖書の言葉をより近づきやすくし、理性よりも感情に訴えて信仰心を昂揚させようとした。」私自身はこの時代の西欧美術に疎く、ましてや宗教画史をきちんと学習していなかったために、当時の生々しい表現を避けてしまう傾向があります。「生誕や復活、奇蹟は喜ばしく、受難や殉教は痛々しく表現されねばならず、信者はそれらを通して実際の場面をまざまざと思い浮かべることができたのである。~略~『笞打ちと唾、殴打と血で変わり果てた十字架上のキリスト、拷問で肉を削り取られた聖ブラシウス、矢で体を覆われ針鼠のようになった聖セバスティアヌス、焼き網で焼かれ肉が変形した聖ラウテンティウス』。こうした美術を典型的に示すものとして、主にイエズス会の教会でさかんに制作された『殉教図サイクル』がある。新教国や新大陸、アジアやアフリカに精力的に布教したイエズス会は多くの殉教者を出したが、これが初期キリスト教時代の殉教聖人の顕彰と重ねられて、殉教という主題を流行させた。ちなみにわが国でも禁教下に多くの殉教を生ぜしめたが、長崎26聖人の殉教図は、~略~おそらく日本人画家が現実の凄惨な事件に接して描いたであろう《元和大殉教図》など3点の殉教図がイエズス会の総本山イル・ジェズ聖堂に保存されている。~略~殉教図サイクルに見られる残虐描写を発展させ、より迫真的に生々しく描いて観者の恐怖心や戦慄を煽ることは、後にカラヴァッジョやリベラをはじめとするその後継者が行ったことにほかならない。」今回はここまでにします。
2023.12.12 Tuesday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の第1章「生涯と批評」の中の「2 カラヴァッジョの影響と批評史 」の気になった箇所を取り上げます。「殺人を犯したカラヴァッジョは、犯罪者にして天才というロマンチックな芸術家イメージを形成し、多くの小説や劇、映画、バレエにまでなり、それらによる脚色とあいまってカラヴァッジョの一般的な人気を高めた。~略~20世紀の美意識に好まれた、精神を病んだ凶暴な芸術家、呪われた画家の代表としてカラヴァッジョの名が喧伝されるようになったのである。その面を強調するあまり、一般のレベルに限ってのことであるが、《ユディットとホロフェルネス》に代表されるカラヴァッジョ作品の残虐描写や衝撃性、あるいは教会に受け取りを拒否された《聖母の死》のような反社会性や偶像破壊的な側面ばかりが注目され、カラヴァッジョの本質というべき宗教性が軽視されるようになったきらいがあるだろう。」カラヴァッジョ研究が進む現代にあっては、多面的な要素が加わっているようです。「現在の美術史では~略~カラヴァッジョは単に伝統に反した暴力的な写実主義者であっただけでなく、当時の反宗教改革運動の有力な推進者であり、北イタリアの写実主義の伝統をローマの古典主義と結合させてモニュメンタルな様式を創出したという位置づけがなされている。~略~カラヴァッジョの魅力は、暴力的で衝撃的な作品のもっている力だけなく、~略~『追放者、無法者、殺人者のカラヴァッジョが、深く道徳的で宗教的な絵の画家であったという悲劇的なパラドックス』にあるといってよいだろう。~略~『カラヴァッジョの奇蹟は、かくも無軌道な人格が絵画技術を習得し、少なからぬ傑作を生み出したことにある』としている。血と暴力に彩られた破滅的な生涯をおくりながら、その作品の深い精神性や宗教性が時代を越えて現代人を打つという矛盾が、この画家への興味をかきたててやまないのは否定しがたいのである。」今回はここまでにします。
2023.12.11 Monday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の第1章「生涯と批評」の中の「1 生涯と神話化」の気になった箇所を取り上げます。「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョは1571年のおそらく9月29日にミラノ、あるいはその近郊の町カラヴァッジョで、カラヴァッジョ侯爵フランチェスコ・スフォルツァの『マギステル』(石工、建築家あるいは執事、家令のような職)であったフェルモ・メリージとルチア・アラトーリの子として生まれた。」父は当時流行ったペストによって1577年、母は1590年亡くなったようで、弟と妹とで財産分与をしたようです。「ミラノで修業した画家の多くは当地に留まって活躍するものであり、さらにより近いヴェネツィアに行くという選択肢もあったにもかかわらず、ローマに出たということは~略~ミラノで殺人などを含むトラブルに巻き込まれ、そこを離れざるを得なかったという理由、~略~当時のローマが空前の建設ラッシュで美術家の需要が著しく高まっており、ヨーロッパ中から美術家を集めていたという事情があった。」カラヴァッジョの実力が徐々に出始めた頃に、こんなこともあったようです。「1601年頃から生来の素行不良が目立ち、喧嘩、暴行、器物損壊、武器不法所持、公務執行妨害などによってしばしば官憲の手を煩わせてサンタンジェロ城の監獄へ出入獄を繰り返し、犯罪記録に頻出するようになる。裕福になるにつれ、賭場や飲み屋を渡り歩き、あちこちで問題を起こすようになったのである。」1603年から宗教画の傑作が生まれたにも関わらず、また事件がありました。「1606年5月29日、賭けテニスの得点争いの喧嘩といわれるが、日頃からカラヴァッジョのグループと対立してたグループのひとりで売春婦の見張りなどをしていたラヌッチオ・トマッソーニを殺してしまい、その日のうちにローマから逃亡する。彼には、見つけ次第誰であっても殺してもよいという死刑宣告が出され、この布告が以後彼を不断に苛みつつ南イタリアを転々とさせたのである。しかし、以後没するまでの4年間の漂泊時代は、同時にカラヴァッジョの芸術の円熟期でもあった。」カラヴァッジョの最期はトスカーナまでの行程で浜辺を歩いている最中に熱病に倒れ、息絶えたという神話がありますが、実際は「近年の記録によってカラヴァッジョは地元のサンタ・クローチェ同信会に看取られてなくなったことがわかっており、決して海辺で倒れてそのまま野垂れ死んだわけではなかったのである。」今回はここまでにします。
2023.12.10 Sunday
日曜日になり、今日は後輩の彫刻家が工房に来ていました。彼が先日まで制作に励んでいた中規模の彫刻の撮影を、懇意にしているカメラマンにお願いしていて、今日がその撮影日なのでした。今日は好天に恵まれていたので、野外工房で撮影し、昼食後は工房室内に移動して撮影をしていました。撮影は制作者自身がやるのではなく、専門のカメラマンにお願いするというのは、私の考え方でもあり、彼もそれに従っていて、多少費用はかかったとしても、撮影画像を大切にしているのです。彫刻は環境によって作品の質が違って見えるため、野外の光陰や室内の照明には気を使います。自分の撮影技術がプロ級でなければ、人に依頼するのは当然のことと私たちは考えています。今日は彼の作品撮影が中心の日でしたが、私もついでにRECORDの撮影をお願いしました。RECORDは今年の3ヶ月分を撮影してもらいました。RECORDは一日1点ずつ制作している平面作品ですが、毎晩食卓で作っています。絵の具を使っている時は、飼い猫トラ吉に邪魔されないようにガードしながら夢中で作っています。洗面所にパレットの絵の具を洗いに行く頻度が高くなると、私がテーブルを離れている間に、トラ吉がそこに飛び乗ろうと伺っているのです。絵の具はアクリルガッシュを使っています。絵の具は乾くと耐水性になるため常に洗わざるをえず、テーブルの下をうろついてるトラ吉との知恵比べになります。そんなことをしながらRECORDのアイデアを捻りだし、自分としては新しい発想で作っているつもりですが、やや限界も感じるようになりました。それでも毎回撮影のたびに、これからも頑張ろうと再三決心をしているのです。