2023.09.10 Sunday
週末になると、創作活動に関する記事をNOTE(ブログ)にアップしようと思っています。昨日の朝日新聞「天声人語」に掲載された記事より引用いたします。「道具を粗末に使えば、道具は粗末に生まれる。栄久庵憲司」これに対して著者鷲田精一氏がコメントを書いています。「一つ間違えば指を刺す針は、かつて女性の生涯を支える道具であった。人は自身の生死が懸かるそれを労い、供養もした。道具は『人間が超えたところを示してこそ道具である』と工業デザイナーは言う。道具を箱に納めてその霊を休ませ、箱から取り出してまた奮い立たせる。道具への畏れを忘れればその働きも細り、指を刺す以上に危険だと。『幕の内弁当の美学』から。」道具に関して言えば、美術の専門家を目指すことになった私は、高校生の頃は受験用の濃い目の鉛筆や練りゴム、絵の具などを専用の箱に入れて持ち歩いていました。大学で彫刻を学ぶ頃は、彫刻に必要な道具も丁寧に扱っていました。これは海外の美術学校でも同じで、特に海外の彫刻科では道具は自分で作るように教授に言われて、木べらを自ら製作しました。それは40年経った今でも役に立っています。私は祖父が大工で、父が造園業の職人家庭に育ったために、道具に関しては誰に言われたわけではなく、作業前と作業後にはきちんと手入れをして箱に仕舞っています。道具とはそういうものだと思っていたところ、教職で同じ美術を教えていた教員仲間が道具を散らかしていて、絵を描くために無くした道具を探しているのを見るにつけ、私の常識は揺らぎました。絵画の表現に夢中になる挙句、そんなこともあるのかと思っていましたが、我を忘れて一気呵成に作り出す彼の世界観には、道具は所詮単なる道具であるという従属的な考えがあるのかもしれません。私の制作は熱情が足りないのかなぁと思いつつ、時間になれば道具を洗う坦々とした仕草に、自分の創造的な仕事には魂が籠っているのかどうか、妙なところで自問していました。それでも道具の扱いに関して、私は間違っていないと思っています。道具を粗末に扱ってはいけないと、祖父や父の背中は私にそう語っていました。
2023.09.09 Saturday
週末になりました。今週を振り返ると9月になっても酷暑が続いていましたが、台風の影響で週末は天候が不安定になり、今日の気温は下がっています。このところずっと暑かったので、久しぶりに涼しい中での作業になりました。身体としては楽になった反面、ちょっと疲れが出て緩慢になっています。眠くて仕方がないのです。これで夏が終わって秋めいた季節になるとは限りません。天気が回復すれば暑さが戻ってきそうです。今週は相変わらず陶彫制作一辺倒で、来る日も来る日も陶土に立ち向かっていました。これが半年以上も続いているので、そろそろ慣れてもよさそうなものですが、一つとして同じ作品がないために新鮮さが失われないのです。毎日、創作意欲を高める刺激があります。とくに彫り込み加飾はその展開に悩みます。私は具象をやらないために直線と曲線しか要素がないので、それを組み合わせて新しい文様を作り出しています。そうした制作の毎日の中で、今週は一日だけ美術館へ鑑賞に行く日を作りました。木曜日は東京の六本木に出かけて、2つの展覧会を見て回りました。1週間の過ごし方としては制作と鑑賞のバランスが良かったと振り返っています。毎週そうしたいと願っていますが、見たい展覧会がないとそれは難しいかもしれません。常に展覧会情報を押さえておく必要を感じます。NOTE(ブログ)に何度となく書いていますが、制作と鑑賞は車の両輪のようなもので、良質な作品を見ることで思考を深め、暫し立ち止まって考える機会を作っています。技巧と思索の両面から攻めることで創作活動に活気を与えることが出来ると私は信じているのです。
2023.09.08 Friday
昨日、東京六本木のサントリー美術館で開催されている「虫めづる日本の人々」展に行ってきました。私の陶彫作品に甲殻類が有する形態を参考に造形したものがあり、虫そのもののカタチは嫌いではありません。寧ろ古来から日本美術の中でどのように虫が扱われてきたのかに興味があり、本展は私の興味を満たしてくれました。虫は草花の中に存在する風情として捉えた作品が多く、日本人特有の情緒となっていました。図録の中で江戸時代に纏わる論考があったので引用いたします。「江戸時代に、行楽や売り物や表現媒体に虫の登場が多くなった理由は、三つ考えられる。一つは、花や鳥とともに虫も詠んだ『万葉集』以来の和歌が途絶えることなく受け継がれ、江戸時代ではさらにそれが『狂歌』『俳諧』という多様な展開をしたことである。~略~二つ目の理由は、江戸時代における中国文化の大量輸入と普及である。~略~江戸時代になって初めて、中国書籍の復刻版が日本に普及し、武士と庶民が自由に手にとるようになったのである。~略~三つ目の理由が、アムステルダムで刊行された書籍が日本に入ってきたことである。日本人は本草学よりさらに広い視野を持った『博物学』の書物に触れることになった。~略~江戸時代で最も美しい虫の絵は伊藤若冲の《動植綵絵》(1765年)と円山応挙の《百蝶図》(1775年)と喜多川歌麿の《画本虫撰》(1788年)であろう。~略~正確に描写されるようになった虫たちは博物図や絵画や版画のみならず、やがて着物に施される刺繡や染め、蒔絵や工芸品に現れた。櫛かんざし、きせるときせる筒、たばこ盆、たばこ入れの根付けと前金具、各種陶磁器、手箱、硯箱に表現されたのだった。」(田中優子著)美術作品の中に虫が表現されているのは、私には面白くて、虫の形態のデザイン化にも注目をしていました。私は写実的なものより多少象徴化された虫の作品が好きで、それが全体構成の一部になっているのを見ると、私自身の創作意欲を刺激するのです。展示作品の中で私は伊藤若冲の「菜蟲譜」が好きで、その植物と虫の織り成す世界が、いかにも現代風にデザインされているように感じました。葉形の虫食い穴ひとつ取ってみても、画家は優れた構成力を持っています。薄墨の中で、葛の葉で遊ぶ虫たちの楽園がいかにも楽しそうで、現代版キャラクターにも通じているように思いました。「菜蟲譜」は展覧会全体のポスターにもなっていて、現代に生きる私たちをキャッチする要素もあると考えました。
2023.09.07 Thursday
9月に入って初めて工房での作業を休みました。連日の酷暑で疲労が溜まってきたところだったので、ちょうど良い鑑賞の機会になりました。今日は家内を誘って東京の2ヶ所の美術館を回ってきました。最初に訪れたのは六本木の国立新美術館で、ここで開催されている「二科展」を見てきました。毎週末になると後輩の彫刻家が工房に彫刻制作にやってきます。現在、彼は桜材や松材を使った木彫をやっています。自然木を使い、そこから削り出す形態は、曲面を多用する塊から成り立つ有機的なものです。捻じれ、歪ませ、さらに穴を開けて生命の在り方を問うているようです。私が使う土とは異なる形態がそこにあります。土は人間の手が加わり、レンガにして建造物になったり、器となって生活に役立つものとなります。木材にもそれはありますが、樹木を見ていると、土以上に木が主張する特性があり、彫刻家の生癖としてそこを見取って、カタチを探り出すのです。彼が自然に近い形態を再現しているのはまさにそこに要因があります。木が発する声を聞き、その求めに応じて造形するのが彼の真骨頂です。その彼が二科展で会員に推挙されました。私は招待状をいただいたので家内と行って来たのでした。その後に私たちは同じ六本木にあるサントリー美術館に立ち寄りました。ここで開催されていたのは「虫めづる日本の人々」と題された日本美術の展覧会でした。これは中世以降の日本美術の絵画や工芸を通して、虫が表現された作品を集めたものでした。花鳥風月の中にそれとなく配置された小さな生命体は、それに着目すると結構面白いテーマであることに気づかされました。蝶や鈴虫、カマキリ、蝉、キリギリス、蜘蛛など風情に富むものもあり、謎解きのように絵画の中に隠れて存在する様子は、結果として周囲の草花をよく観察することになり、絵画を味わうひとつの鑑賞方法になっていたのかもしれません。美術館では演出として虫の声がしていて、季節が夏から秋に変わる雰囲気も満喫しました。詳しい感想は後日改めますが、江戸時代の有名画家の作品に暫し目が留まってしまいました。それも含めて再度NOTE(ブログ)にアップいたします。今日は充実した一日を過ごしました。
2023.09.06 Wednesday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第三章 モンスーン的風土の特殊形態」の中で気に留めた箇所をピックアップします。今回は➁として日本人の性格についての論考です。「まずモンスーン的な受容性は日本の人間においてきわめて特殊な形態を取る。第一にそれは熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、単調な感情の横溢でもなければ、また単に感情の持久性でもなくして、豊富に流れ出でつつ変化において静かに持久する感情である。四季おりおりの季節の変化が著しいように、日本の人間の受容性は調子の早い移り変わりを要求する。~略~次にモンスーン的な忍従性もまた日本の人間において特殊な形態を取っている。~略~すなわち単に熱帯的な、従って非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の永い辛抱強さでもなくして、あきらめでありつつも反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従である。」そんな中で日本人特有の「家」の概念が培われていました。「『家』としての日本の人間の存在の仕方は、しめやかな激情・戦闘的な恬淡というごとき日本的な『間柄』を家族的に実現しているにほかならぬ。そうしてまたこの間柄の特殊性がまさに『家』なるものを顕著に発達せしめる根拠ともなっているのである。なぜなら、しめやかな情愛というごときものは、人工的・抽象的な視点の下に人間を見ることを許さず、従って個人の自覚にもとづくところの、より大きい人間の共同態の形成には不適当だからである。そこで『家』なるものは日本においては共同態として特に重大な意義を帯びてくる。」さらに日本の神話に見られる宗教観を論じた後、次のような論考が続きます。「古代の教団的な国民の結合は、家のアナロギーによって解せられ得るような特殊性を持っているのである。それは激情的であってもしめやかな結合を含むのであり、戦闘的であっても恬淡に融合するのである。このような特性は、たとい烈しい争闘の中に対立していてもなお敵手を同胞として感ずるというごとき、きわめて人道的な人間の態度を可能にする。敵を徹底的に憎むということは日本的ではなかった。ここに我々は、日本人の道徳思想の産み出されて来る生きた地盤を見ることができる。」今回はここまでにします。