2023.09.15 Friday
昨日、東京世田谷にある世田谷美術館で開催されている「土方久功と柚木沙弥郎」展に行ってきました。世田谷美術館は砧公園にあり、野外には保田春彦先生の鉄の彫刻が置いてあります。レストランに向かう通路には若林奮先生の作品が並列されていて、私にとっては馴染みのある美術館なのです。「土方久功と柚木沙弥郎」展では、2人の芸術家とも私には作品が既知であるため意外性はなかったものの、作品が内蔵する始源性に改めて魅了されました。まず彫刻家土方久功をいつ知ったのか、NOTE(ブログ)のアーカイブを調べました。2008年5月6日の記事に「『南洋群島』という聞き慣れない名称は、赤道付近の島々のことで、第一次大戦後にドイツ領だった群島を日本が統治することになり、当時の美術家も彼の地に出かけ、作品を残したことが本展の展示内容になっています。ちょうどゴーギャンが行ったタヒチを連想させ、いずれの邦人美術家も島の風物を描いていました。土方久功、杉浦佐助、儀間比呂志の師弟3人が展示の中心となっていましたが、師弟といっても作風の影響は無く、3人3様の表現方法があって、当時の日本美術界の窮屈さからは程遠い自由な雰囲気を感じました。」とありました。これは町田市立国際版画美術館での展覧会だったようで、その後2013年7月5日付で私は「『土方久功詩集 青蜥蜴の夢』(土方久功著 草原社)を読み終えました。本書の中では、とりわけ南洋群島にいた時代に書かれた詩や随筆に興味が湧きました。南洋群島の人々の触れ合いや繋がり、村の長老や娘たちの生き生きとした生活ぶりや異国情緒を感じさせる風景描写が、現実感に溢れ、時に郷愁をもって綴られていました。」とありました。私は土方久功の著作を読んでいたのでした。それでは染色家柚木沙弥郎をいつ知ったのか、これも調べてみると2018年6月19日の記事に「期待通りの生き生きしたデザインの布が壁に掛けられていたり、机上のガラスケースに収まっていて、生活の中で潤いを齎す造形が美しいと感じました。『模様は直観で捕らえられた本質的なもの』と言う柳宗悦の言葉通りの創作活動を展開した柚木沙弥郎は、無駄を取り去った模様のデザインと、遊びの要素が入り込んだデザインの要素が共存しているように思えました。日本民藝館に行った日が休日だったため、同館は鑑賞者で混雑していました。」とありました。その後、女子美アート・ミュージアムやら八王子での個展にも出かけていき、目から鱗が落ちたと感じさせてくれた斬新な抽象にいつも刺激をいただいていました。今回の2人展は個性的でプリミティブが躍如された芸術家の真髄を見ることが出来ました。
2023.09.14 Thursday
9月の中旬になっても夏のような暑さが続いていて、もういい加減嫌になっていたのですが、今日も午前中は工房に出かけて、いつものように陶彫制作をやっていました。空調設備のない工房はそこにいるだけで、汗が滲み出てきます。昨日は40kgの土練り、今日は座布団大のタタラを数枚作っていて、結構な力仕事が続いていたため、暫し休息が欲しいと思っていたのでした。先週も木曜日に美術館に鑑賞に出かけたことが頭の片隅にあり、今日の午後は作業を打ち切って、どこかの美術館に行ってみようかと考えました。この暑さから逃れるには美術館が最適なのです。家内も時間があったので、それならば東京の世田谷まで車を走らせました。砧公園にある世田谷美術館には久しぶりに訪れました。家内の大学院時代の友人がここの美術館で働いていたはずですが、もう退職していることでしょう。今日は平日なので、美術館も併設されたレストランも空いていました。ここで企画されていた展覧会は「土方久功と柚木沙弥郎」展で、世田谷美術館の収蔵作品で構成された内容でした。彫刻家土方久功はどこかの美術館で作品を見た記憶があります。戦前にパラオ諸島に出かけて、そこで制作された木彫作品が、「日本のゴーギャン」と呼ばれるのに相応しい表現力があったなぁと思い出しますが、今回はまとまった作品群を見ることが出来ました。私はアフリカの仮面が大好きなので、そこに通底するような土方久功制作による木彫面がいくつも壁に掛けてあって、心がときめきました。プリミティブアートと称されるこうした傾向に私は相変わらず魅力を感じていて、私にとっては刺激的でした。染色家柚木沙弥郎は100歳を超えて現存する作家ですが、いろいろな美術館で作品を見ています。今回の展示作品では、抽象的な染色作品も良かったのですが、素朴な人形を十数体作った「町の人々」という玩具のような群像を面白く感じました。日常雑器の中にちょっとした面白い形や色を見つけていく作家の好奇心が長寿の秘訣なのかなぁと思いました。柚木沙弥郎インタビューのビデオを見ていると心が軽くなるのは私だけではないでしょう。今日は酷暑の季節に涼しさを与えてくれる良質な展覧会を見たという印象が残っています。「土方久功と柚木沙弥郎」展の詳しい感想は後日改めたいと思います。
2023.09.13 Wednesday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第四章 芸術の風土的性格」の中で気に留めた箇所をピックアップします。今回はその➁として西洋と日本の違いを取り上げます。「ヨーロッパにおける芸術作品の代表的なるものは、規則にかなえることを問題とせざるを得なかったほどに合理的な色づけを持ったものである。偉大なギリシャ人の天才が、一方に数学的学問を出発させるような素質を持ちつつ同時に模範的な芸術を作り出したということが、一つにはこの傾向を産み出したのであるかも知れない。ギリシャの芸術はたしかに世界に冠たるほどに優れたものであるとともにその合理的な性質においても著しい。まとまりは規則的なことによって得られ、つりあいはシンメトリーや比例によって得られている。模範的な芸術におけるこのようなまとめかたは、従って芸術の本性に属するものと考えられやすい。しかしながら自分は、ギリシャの芸術の優れているゆえんがこのような模範的なまとめ方にあるとは考え得ないのである。」西洋の概念に充分納得できない著者が、さらに庭園芸術に論考を巡らせています。「この庭園が庭園として賞讃されるのは、幾何学的な直線や円の道路をもって地面や植物を区切ったこと、斜面を利用した石段が同じくその強い幾何学的な印象をもって庭園全体を支配していること、及び直線的に数十間にわたって並列されたりあるいは種々の技巧をもって組み合わされている噴泉が人工の支配を庭のすみずみにまで感じさせることなどである。それは確かに自然を人工的にしたとは言えるであろう。しかしそれによって自然の美しさが醇化され理想化されたと言えるであろうか。」ここで著者が引き合いに出しているのは日本庭園です。「幾何学的な比例においてではなく、我々の感情に訴える力の釣り合いにおいて、いわば気合いにおいて統一されている。ちょうど人と人との間に『気が合う』と同じように、苔と石と、あるいは石と石との間に、『気』が合っているのである。そうしてこの『気』を合わせるためには規則正しいことはむしろ努めて避けられているように見える。このようなまとめ方は庭を構成する物象が複雑となればなるほど著しく目立って来る。人工を加えない種々の形の自然石、大小の種々の植物、水、ーこれらはすべてできるだけ規則正しい配列を避けつつしかも一分の隙もない布置においてまとめられようとする。」だからと言って日本庭園は決して自然の在るがままではなく、西洋の概念とは異なる形式で人工的であると私は考えています。亡父が造園をやっていたことで、西洋のように単純ではない造形力を、私は改めて自覚しています。
2023.09.12 Tuesday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第四章 芸術の風土的性格」の中で気に留めた箇所をピックアップします。本章のテーマは芸術であり、私の関心のある分野でもあるので、本章を3つの単元に分けていきます。今回はその➀として、論文への導入であり問題提起のニュアンスがあるようにも感じました。「『人間の本性に根ざし従ってあらゆるところに働ける芸術創作力が、いかにして民族と時代とにより異なる種々の芸術を作り出すのか。』この問いは人類のつくり出すさまざまな文化体系に現われた精神生活の歴史性の問題にふれる。『創作力として同じ形に現われる人間本性の同一性がいかにしてその変易性、その歴史的本質と結合せられるのであろうか。』この問いは明らかに二つの問題を含んでいる。『とき』によって異なる芸術と『ところ』によって異なる芸術との問題である。もとより『ところ』によって異なる芸術も、それ自身の内部において『とき』により異なる様式を持っている。両者は密接に交錯して具体的な芸術品の特殊性を規定する。また現代におけるごとく全世界の文化の接触が著しいときには、世界はあたかも『一つのところ』に化したように見え、従ってただ『とき』の問題のみがあらわになってくる。しかしながら世界が『一つのところ』に化したように見えるというちょうどその事情のゆえに、かつて世界がいくつかに別れて『ところ』の相違が著しかった時代に、いかにその相違が芸術の形式を規定したか、従って『ところ』の相違が芸術の形式のいかなる深みまで関与するものであるか、ということの反省が、一層容易にされるのである。」芸術を論じる時に、ヨーロッパを中心に据える日本人の性癖があります。勿論芸術概念を打ち立てた功績は認めるものの、日本の芸術をその特殊性から図る論考があってもよいと私は考えます。それでこの文章に注目しました。「ヨーロッパ的でないことがどうして直ちに『原始的』であり得よう。たとえば日本の生活のごときはその『原始性』を失っている点においてはむしろヨーロッパ以上である。ヨーロッパ人がその生活の機械化にかかわらずなお多分に保っている『子供らしさ』のごときは、日本人には到底見られない。その点においてはヨーロッパ人の方がむしろ原始的活力に富むとも言われよう。とともに衣食住の一切の趣味に現われた『渋み』や『枯淡』への愛好、あるいは日常の行儀における『控え目』や『ゆかしさ』に対する感じ方のごときは、ヨーロッパ人の理解し得ざるほどに洗練されたものである。」今回はここまでにします。
2023.09.11 Monday
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第三章 モンスーン的風土の特殊形態」の中で気に留めた箇所をピックアップします。今回は➂として、世界各地を見て回ってきた著者が、帰国後日本についての特殊な形態を取り上げています。ただし、本稿は昭和4年に書き上げられており、現在とは異なる時代状況もありますが、歴史風土を踏まえれば、現在もなお日本人の意識の中に残っている部分もあると考えられます。「ヨーロッパにおいて最も強い『へだて』は過去にあっては町を取り巻く城壁であり現在にあっては国境であるが、日本にはそのいずれもが存しない。桃山時代の前後に諸地方の城下町は初めて壕と土手をもって取り囲まれたが、しかしそれは武士の一群が他の攻撃を予想して作った防御工事であって、この町が他に対し己れを護り距てる意志を表わしたものではない。ヨーロッパの町の城壁に当たるものは、日本においてはまさしく家のまわりの垣根であり塀であり戸閉まりである。~略~(ヨーロッパの)城壁の内部においては、人々は共同の敵に対して団結し、共同の力をもっておのれが生命を護った。共同を危うくすることは隣人のみならずおのが生存をも危うくすることであった。そこで共同が生活の基調としてそのあらゆる生活の仕方を規定した。義務の意識はあらゆる道徳的意識の最も前面に立つものとなった。とともに、個人を埋没しようとするこの共同が強く個人性を覚醒させ、個人の権利はその義務の半面として同じく意識の前面に立つに至った。だから『城壁』と『鍵』とは、この生活様式の象徴である。」それに比べて日本はどうだったのでしょうか。「人々はおのが権利を主張し始めなかったとともに、また公共生活における義務の自覚にも達しなかった。そうしてこの小さい世界(家の概念)にふさわしい『思いやり』、『控え目』、『いたわり』というごとき繊細な心情を発達させた。それらはただ小さい世界においてのみ通用し、相互に愛情なき外の世界に対しては力の乏しいものであったがゆえに、その半面には、家を一歩出づるとともに仇敵に取り囲まれていると覚悟するような非社交的な心情をも伴った。」論考ではヨーロッパで生まれた民主主義が、本当に日本に根付いているのか問う場面がありましたが、明治に開国した後の近代政治史を見ると、私は成程と頷くしかありませんでした。日本伝来の文化が薄れつつあるグローバル化の中で、私はそれでもなお残る日本人独自の生活様式が浮き彫りになってくるような感覚を持ちました。