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  • 成人の日に思うこと
    今日は三連休の最終日で成人の日です。成人年齢が引き下げられて18歳になった今は、横浜市では「二十歳の市民を祝うつどい」として横浜アリーナで式典が行われていました。飲酒や喫煙が許される大人の仲間入りとして自覚を促す機会ですが、私は成人の日になると思い出すことがあります。まだコロナ禍前で、成人年齢も20歳だった頃に、この成人の日に横浜が大雪になりました。今も能登半島で発生した地震と津波に見舞われた地域で雪が舞っている光景を見ると、あの日を思い出さずにはいられませんが、能登の人々の中には成人式参加を目前に命を落とした若者がいると聞いています。胸に痛みを覚える報道情報ですが、私はお悔やみを申し上げることしかできません。横浜での大雪はいつ頃だったのか、晴れ着の人たちが何人も駅で、いつ来るか分からないタクシーを待っていました。私は和楽器演奏で横浜の中心部に出かけた家内を、自宅から歩いて迎えに出かけました。家内は和楽器を2丁持っていたので、それを助ける目的でした。このエピソードを何回もNOTE(ブログ)に書いてきましたが、それほど印象に残った成人の日だったのでした。今日も駅に行くと「二十歳の市民を祝うつどい」に参列する晴れ着姿の女性たちの姿が目立ちました。例年より派手な雰囲気になっているように感じました。テレビの報道でオリジナル性の高い煌びやかな衣装を纏った北九州の若者が取り上げられていましたが、私はこうしたアート系の衣装には賛成です。最近では米ニューヨークにも独自の衣装が進出しているようで、海外の人たちには日本の伝統美と映っているのでしょう。問題は衣装を着た若者たちの行動であって、他人に迷惑を掛けないのであれば、こんな衣装を纏うのもいいのではないかと思います。今日は成人の日に私が思うところを羅列させていただきました。
    週末 RECORDのテーマ
    2024年になって1週間が過ぎ、今年のRECORDを始めていますが、私の頭に去来するのはRECORDのテーマです。以前はその年の基盤となる制作方針を決め、その下に月毎のテーマを決めていました。しっかりとした計画を持って取り組んでいたのは、RECORDを始めた当時は多忙過ぎたので、何か骨格になるものがないと、創作をかまけてしまうためでした。それをホームページで発表することで、自分に手枷足枷をかけて自分を追い込んでいました。教職を退職してから、その計画性がなくなりました。時間が出来たことで、日付をつけた陶彫立方体を日々作り始め、その一環としてRECORDも連動させることにしたのでした。RECORDを先行させるはずが、平面表現と立体表現の違いを改めて認識し、2022年は一日1点のRECORD制作のルールを破りました。2023年から再びルールに立ち戻ってRECORDを始めていますが、ホームページでのテーマ発表は止めています。テーマをホームページで発表してしまうと、それに縛られて、イメージが制限されてしまうからです。テーマは胸中に仕舞い込んで、多少幅を持たせていくことで気持ちが随分楽になりました。それからテーマを設定してもそれを発表しないことにしました。テーマはホームページにRECORDをアップした折、最後につけるコトバに記載しています。ホームページのアップが遅れておりますが、順を追ってやっていきます。RECORDを開始した17年前は、私にとって生涯最大の多忙な時期と言っても過言ではなく、忙しいからこそ仕事を整理するのではなく、逆に忙しいからこそあれもこれも挑戦するという発想が私にあったと言えます。気持ちが前向きであれば合点がいくと思える発想で、現在の方が気持ちが緩んでいるかもしれません。RECORDを考える度に、その時の意欲を思い出しています。
    週末 新年最初の1週間
    週末になりました。2024年は月曜日から始まったので、今日は新年最初の1週間が過ぎたことになります。週末には振り返りを行うのがNOTE(ブログ)の定番になっているので、今週を振り返ってみたいと思います。元日の月曜日は毎年定例になっている自宅脇に鎮座する祠にお札を奉納するため、東京赤坂にある豊川稲荷に出かけました。工房では大晦日に窯入れを行なったために、元日も温度確認のために工房に出かけました。毎年、家内の知り合いから小さなおせちを購入しているので、雑煮とともに食べました。火曜日は工房に行って、座布団大の大きなタタラを数枚用意しました。午後は菩提寺に出かけ、墓参りと清掃をやってきました。水曜日は工房で成形を行い、窯出しもやりました。午後は従姉妹会に参加するため、東京渋谷のフランス料理店に出かけました。親戚の集まりもコロナ禍の時はなかったのですが、昨年から再開して、皆で新年を祝いました。人が集まれる幸せを感じました。木曜日は工房で2点目の成形を行い、午後は自家用車を6ヶ月点検に出しました。ディーラーの方からドライブレコーダーの装備を勧められて、事故があると記録映像が重要であることを最近のテレビ報道で知っていたので、ドライブレコーダーを取り付けることにしました。金曜日は工房で彫り込み加飾を行い、午後は近隣のスポーツ施設が平常に戻ったので、水泳と水中筋トレをしてきました。夕方は横浜駅近くの歯科医院に出かけ、歯のメンテナンスをしてきました。私は虫歯でなくても半年に1度は歯のメンテナンスに出かけているのです。今日の土曜日は朝から夕方まで工房での作業を行いました。いつも来ている美大生が来たので、彼女に背中を押されるように一日中陶彫制作に励んでいました。今年最初の1週間も、結局毎日工房に通っていたことになります。そして最初の1週間でやるべきことを全て済ませたことになりました。今月も陶彫制作に捧げる1ヶ月になるのでしょう。
    「ジョヴァン・バッティスタ・ポッツォとその他の画家たち 」について
    「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の第2章「1600年前後のローマ画壇とカラヴァッジョ」の中の「5 ジョヴァン・バッティスタ・ポッツォとその他の画家たち 」の気になった箇所を取り上げます。この単元で第2章は終わりです。この単元ではカラヴァッジョと同郷の夭折画家について書かれていました。「28歳で夭折したため作品数も少なく、その美術史的位置づけや研究もほとんどされていないが、カラヴァッジョと同じロンバルディア(ヴァルソルダ)出身で優れた才能をもっていたジョヴァン・バッティスタ・ポッツォ(1563-1591)との関係についてふれたい。~略~もしこの画家が長生きしていたら、カラヴァッジョやカラッチの革新性はもっとちがったものに見えていたにちがいない。~略~作品数は膨大だが画家の個性のきわめて乏しい1590年から1600年の聖堂装飾のうちで、ポッツォのこの壁画は小規模ながら強い個性をもって異彩を放っている。~略~上京直後に多くの聖堂を見て回ったにちがいないカラヴァッジョが、大規模な装飾が施されたばかりのサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂や改築なったばかりで様々な絵画で埋め尽くされたサンタ・スザンナ聖堂を訪れ、ポッツォの才能に目をとめたことはきわめて自然である。そして彼は、自分の上京前年に志半ばで逝った郷里の先達の革新的な事業を継いだといえなくもないのである。」定説ではカラヴァッジョはルネサンスの巨匠から影響を受けたとされていますが、同時代の画家たちとの交流や刺激し合う関係もあり、様々な人間模様が展開されていたようです。「カラヴァッジョの作品には、明らかに同時代の画家たちの影響が見られるのだが、ただしそれは彼がラファエロやミケランジェロを引用するときと同じく、図像や構成の上に限定されており、それらは自然主義的で明暗対比の強い彼独自の様式によって処理されているため、一見その影響が判別しがたいのである。」今回はここまでにします。
    新聞記事より「予測がつかないもの」
    今日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「自分が頭で考えたようなものではなく、自分でも予測がつかないようなもののほうがいいんです。宮崎駿」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「人前で話す時は、凶暴で破滅的なことは控え、前向きでいたいが、映画作りではそうはいかないとアニメーション監督は言う。いろんな人の思いや考えが軋む中で、『こうしたい』というより『こうせざるをえないから、こうなった』というふうに進むと。ぶつかりが激しいほど道は必然となる。『折り返し点  1997~2008』から。」映画は一人ではできず、組織としての分担作業があり、物語の意図を理解してもらうために、スタッフとのぶつかり合いがあるのだろうと察します。他者の理解と共感を得るために『こうせざるをえないから、こうなった』という説得材料を用意して、何とか自分の発想やら展開の手法を推し通していくのではないでしょうか。創作活動は自分の描くイメージから発し、自分が思うように進めていかれるのが一番ですが、そこにはさまざまな葛藤があり、他者との軋轢も存在します。私は個人制作なので、他者の意見は気にしませんが、大きなプロジェクトになると骨が折れることもあるだろうと考えます。ただ、個人制作の場合でも、計画通りにスムーズに進むと、出来上がった作品は底辺の浅いものになってしまいます。と言って、あまりにも紆余曲折し過ぎると、作品は苦労した割には実りのないものになってしまいます。組織にしろ個人にしろ、これは創作活動の難しい側面で、うまくいった前例を模倣しても愚作になるだけです。慣れも禁物で、慣れた技法で饒舌に語っても愚作の上塗りに過ぎません。創作活動は何と厄介なものだろうと思いつつ、だからこそ面白いのかもしれません。「予測がつかないもの」の中に次なるステップが潜んでいるとも考えられます。