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  • 古寺巡礼「夢殿観音」について
    「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「夢殿観音」です。本単元で述べられている夢殿観音は、現在「百済観音」と通称されている像のことで、文章にはその特徴が詩情豊かに表現されていました。「このフェノロサの発見はわれわれ日本人の感謝すべきものである。しかしその見解には必ずしもことごとく同意することができない。たとえばこの微笑をモナリザの微笑に比するのは正当でない。なるほど二者はともに内部から肉の上に造られた美しさである。そうして深い微笑である。しかしモナリザの微笑には、人類のあらゆる光明とともに人類のあらゆる暗黒が宿っている。この観音の微笑には瞑想の奥で得られた自由の境地の純一な表現である。モナリザの内にひそむヴィナスは、聖者の情熱によって修道院に追い込まれ、騎士の情熱によって霊的憧憬の対象となり、奔放な人間性の自覚によって反抗的に罪悪の国の女王となった。この観音の内にひそむヴィナスは、単に従順な慈悲の婢に過ぎぬ。この観音の像が感覚的な肉の美しさを閉却して、ただ瞑想の美しさにのみ人を引き入れるのはそのためである。~略~夢殿観音の生まれたのは、素朴な霊的要求が深く自然児の胸に萌しはじめたという雰囲気からであった。そのなかでは人はまた霊と肉との苦しい争いを知らなかった。彼らを導く仏教も、その生まれ出て来た深い内生の分裂からは遠ざかって、むしろ霊内の調和のうちに、ー芸術的な法悦や理想化せられた慈悲のうちに、ーその最高の契機を認めるものであった。だからそこに結晶したこの観音にも暗い背景は感ぜられない。まして人間の心情を底から掘り返したような深い鋭い精神の陰影もない。ただ素朴で、しかも言い難く神秘的なのである。そういう相違がモナリザの微笑と夢殿観音の微笑との間に認められると思う。」今回はここまでにします。
    週末 イメージを貯蓄する手段
    この週末は今月最後の週末になります。週末には創作活動に関することを書いているので、今回は普段から造形的なイメージを貯蓄している表現手段について述べます。現在私が日中のほとんどの時間を費やして作っているのは陶彫で、平面に絵を描くのに比べると、常に陶土という素材に対峙するため時間がかかります。混合陶土を練り、タタラや紐作りによって立体に立ち上げ、彫り込み加飾を施し、さらに乾燥させて、仕上げと化粧掛けをやった後、窯に入れます。これだけの制作工程を経て作られるのが陶彫作品ですが、これをどのような作品にしようかというイメージは、当初に抱くだけで残りは職人的な仕事に終始してしまうのです。一つのイメージを具現化するのに時間がかかるのは彫刻の運命と言えます。そこへいくと私が陶彫と並行して作っているRECORDは、小さな平面作品なのでイメージを短時間で具現化し易く、しかもコンパクトなため整理等の管理も簡単で、イメージを貯蓄している表現手段としては抜群な媒体ではないかと思っています。ただし、イメージが泉が湧くように滾々と出てきているうちは、毎日が楽しい制作になりますが、別のことで頭がいっぱいな時は苦しむこともあります。教職との二束の草鞋生活の時代は苦しかったことの方が多く、何度もRECORDを中断しようと思っていました。造形イメージは心に余裕がないと湧いてこないのは確かで、その時は通勤電車の中でも、脳内で非日常世界を作り出し空想に耽りました。たまにホームページのRECORDの頁を覗くと、10年以上も七転八倒してイメージを捻りだしている過去が甦ってきます。イメージの貯蓄というのは、何にもしなければ貯まることもないのだということを改めて自覚しました。
    週末 教育&美術鑑賞の1週間
    週末になりました。今週も相変わらず毎日工房に通って、制作三昧な日々を過ごしていました。窯入れや窯出しもあって、窯を修理してから4回ほど焼成を行いました。乾燥棚にあった焼成待ちの作品も徐々に完成して、いい具合になっています。今週の火曜日には地元にある市立中学校に出かけ、学校運営協議会に顔を出してきました。私は教職を退いてから同協議会に誘われ、自分が教育に関わったことを僅かに残している証になっています。校長職にいた頃に比べると、責任がないことがこんなにも気楽になっていることに、私は立場の違いを実感いたします。軽く意見が言い合えるのがその証拠です。横浜市では以前ハマ弁と呼んでいたものが近いうちに中学校給食となります。同協議会ではその試食もありましたが、以前に比べれば味が格段に良くなっていました。木曜日には家内と千葉にあるDIC川村記念美術館に出かけて、ドイツのバウハウスで教壇に立っていた画家アルバースの展覧会を見てきました。現在行われているデザイン教育の基礎を作った人で、その基礎学習が世界的に浸透していることは、凄いことだなぁと思っていました。単純な美術鑑賞とは違った意味の鑑賞になって、美大でデザインを専攻した家内にとっては、自らの過去を振り返る機会になったようです。1週間のうちに1回でも鑑賞の機会が持てるのは実践と鑑賞がうまく噛み合って、私自身の精神状態が良くなると思いました。なかなか理想通りにはいかないのですが、今週は充実していた1週間だったと思っています。
    千葉県佐倉の「ジョセフ・アルバースの授業」展
    昨日は千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館で開催中の「ジョセフ・アルバースの授業」展を見てきました。ジョセフ・アルバースは日本では馴染みのない画家だろうと私は思っていますが、バウハウス出身で同校の教壇にも立っていて、ドイツでは評価が定まった画家であり、優れた教育者です。バウハウスは20世紀初頭にドイツのワイマールで興ったデザイン運動で、「建築の家」という名称の美術学校でした。幾何学的でシンプルなデザインを基盤にした教育機関であるとともに、大量生産が可能な商品の開発も担っていました。情緒や感情を排除したデザインは、その後多くの工業製品に影響を及ぼし、現在でもそのコンセプトは継続しています。本展ではアルバース自身の作品と彼の授業で実践していた学生による課題も展示されていて、私は微妙な気分になりました。パンフレットには「アルバースは授業の目的を、『目を開くこと』だと述べています。彼はただ知識を教えるのではなく、学生に課題を与え、手を動かして考えることを促しました。そうして答えを探究することで、色彩や素材のもつ可能性を自ら発見させようとしたのです。」とありました。私が微妙な気分になったのは、日本の美術系の大学入試に平面構成や立体構成があり、同じことを受験期にやっていたからです。私は途中で彫刻に進路変更しましたが、家内は空間演出デザイン科を卒業しているので、展示作品を見て「結構疲れたよ」と漏らしていました。デザインの基礎学習は、日本では美大入試があるため、課題制作に苦しんだ青春時代が甦ってくるのです。その入試問題のハシリがアルバースの「正方形賛歌」に見られる作品群であろうと察します。本展の図録は予約販売のため、図録が郵送されてきたら、時代背景を踏まえた内容等を読み込んでいきたいと思っています。
    秋の散策&美術鑑賞に千葉県へ
    昨日、窯入れをしたため、今日は工房の電気が使えません。そのため今日は作業を休んで、家内と美術館へ行くことにしました。千葉県の佐倉市にあるDIC川村記念美術館は、現代美術をテーマとする企画展に毎回私の興味関心が惹きつけられて、東京以外の他県ではよく出かける美術館と言えます。ここのコレクションも充実していて、常設展を見ても気分が上がります。とりわけ私の好きなジョセフ・コーネルのボックスアートやここでしか見られないマーク・ロスコの壁画のような部屋があるのが魅力の一つです。今日は朝から自家用車で首都高速や東関東自動車道を佐倉まで走りました。こうしたドライブも久しぶりで、気分は高揚しましたが、千葉県は私の住む神奈川県と気候的に大差がなく、秋の紅葉はまだ始まっていませんでした。それでも美術館周辺の緑の多い環境は、ストレス解消には最高でした。家内と行くときは美術館のレストランに立ち寄って昼食をとるようにしています。これも散策の楽しみの一つです。DIC川村記念美術館では「ジョセフ・アルバースの授業」展が開催されていて、ドイツのバウハウスで教壇に立っていた画家でありデザイナーだったアルバースの自らの作品と教育内容が展示されていました。今日は平日だったため鑑賞者は多いとは言えなかったものの、こうしたデザインの基礎教育がどの程度鑑賞する人たちに理解されていたのか、私はそれが気になりました。詳しい感想は後日改めますが、本展の図録は予約販売であり、すぐに手元には届きません。図録が郵送されてきたときに再度NOTE(ブログ)に書いていこうと思います。その時は本展が終了しているかもしれませんが、ご了承ください。