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  • 新聞記事より「失敗する機会」

    今日付の朝日新聞の「折々のことば」にあった記事に気持ちが留まりましたので、NOTE(ブログ)に書いていきます。「定年後が退屈になる原因の一つは、『失敗』する機会がないことだ。外山滋比古」この文章に著者の鷲田精一氏がコメントを書いています。「『若い頃の苦労』のみならず『歳をとってからの失敗』も、買ってでもせよと英文学者は説く。定年で仕事から離れ、老いて人の世話になることが増えると、失敗のリスクが減ってくる。己の裁量が大きい仕事は、失敗や悔しい思いもして傷つくリスクはあるが、『面白み』は確実に増す。そのためには『人生のテーマ』を改めて設定するのがいいと。『お金の整理学』から。」まさに2年前に定年を迎えた私には、本文を読んで、いろいろ考える要素があります。退職前は、人との関わりの中での失敗や悔しさをバネにしてきたこともありました。組織の中ではうまくいくことの方が少なく、自己反省も大いにしましたが、面白みという観点で言えば、確かに面白かったかもしれません。当時はそんな余裕もなかったのでしたが、やりがいは結構あったなぁと述懐しています。今は組織がないので、失敗が外部に出ることはありませんが、好き勝手な創作活動にも失敗はあります。他者に迷惑がかからないというだけで、自分の中では失敗する機会は生涯終えるまで付き纏っているように思えます。これを面白がることができるのは、自分が臨終を迎えるちょっと前になるかもしれません。

    古寺巡礼「金堂壁画」追記
    昨日のNOTE(ブログ)に「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)の「法隆寺金堂壁画弥陀浄土図」についての記事を載せましたが、「法隆寺金堂壁画弥陀浄土図」についての追記をしたいと思います。本作品は昭和24年(1949年)1月26日法隆寺金堂から出火した火災によって、国宝十二面壁画の大半が焼損しました。出火原因は今も不明です。釈迦三尊像等の仏像は他の場所に移座していたために焼損を免れたようです。因みに本作品はインドのアジャンター石窟群壁画、中国の敦煌莫高窟壁画と並んでアジアを代表する古代仏教壁画として有名で、この事件は日本人としては残念でなりませんが、本作品は早くは1852年より模写が始まっていました。その後も度々模写が行われ、フランスやイギリスの博物館にも模写が収蔵されているようです。また、出版社が1935年に原寸大写真を撮影しているので、本作品が焼損されてしまった今となっては、これが貴重な資料になっています。本格的には1967年から14名の日本画家とそのスタッフたちによって模写が行われ、金堂の壁に設置されています。昭和30年(1955年)1月26日には文化財防火デーが定められました。その趣旨は「1月26日は、昭和24年に法隆寺金堂が罹災した日にあたり、また火災の多い時節でもあるので、毎年この日を文化財防火デーとし、全国的に文化財防火運動を展開して、文化財を火災から護ろうとするにある」というものです。文化財保護の観点からすれば、これは重要な取り決めだろうと思います。
    古寺巡礼「金堂壁画」について
    「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「金堂壁画」です。正式名称は「法隆寺金堂壁画弥陀浄土図」です。「この画こそは東洋絵画の絶頂である。剥落はずいぶんひどいが、その白い剥落面さえもこの画の新鮮な生き生きとした味を助けている。この画の前にあってはもうなにも考えるには及ばない。なんにも補う必要はない。ただながめて酔うのみである。中央には美しい円蓋の下に、珍しい形をした屏障の華やかな装飾をうしろにして阿弥陀如来が膝を組んでいる。暗紅の衣は大らかに波うちつつ両肩から腕に流れ、また柔らかに膝を包んで蓮弁の座に漂う。光線と色彩との戯れを現わすらしいそのひだのくま取りは同様に肢体のふくらみを描いて遺憾がない。大きな肩を覆うときにはやや堅く、二の腕にまとうときには細やかに、膝においては特に柔らかい緊張を見せて、その包む肉体の感触を生かしている。~略~説法の印を結ぶ両手の美しさに至っては、さらに驚くべきものがある。現在の状態では、ここにもくま取りがあったかどうかはわからないが、とにかく輪郭の線は完全に残っていて、それが心憎いばかりに巧妙に『手』を現わしている。~略~この弥陀の光背も実にすばらしい。体から放射して体の周囲に浮動している光の感じが実によく出ていると思う。しかもそれが霊光であって、感覚を刺戟する光でないことが描き出されている。だからこの光はきわめて透明に、静かに、背後の物象を覆うことなく、仏の体を取り巻いている。これこそ光背の最初の意味を生かせているのである。~略~脇侍を個々に観察すると、その魅力はまた本尊以上に強い。本尊が男性的な印象を与えるに反してこれは女性的であるが、しかしその女らしさを通じて現われている清浄さは本尊に劣らない。」本論を所々ピックアップしてみても著者の感動が伝わってくる文章で、毎度のことながら著者の観察眼には驚きます。「古寺巡礼」は大正8年著者が30歳の時に岩波書店から出版され、昭和21年に改訂版が出ているようです。ということはここで著者が見た「法隆寺金堂壁画弥陀浄土図」はオリジナルで、著者は幸運にも焼損前の金堂壁画に接して、この感想をまとめていたことになります。「法隆寺金堂壁画弥陀浄土図」は昭和24年の火災で焼損していて、その事情については後日NOTE(ブログ)に記したいと思います。
    週末 RECORD撮影日
    日曜日になり、いつものように後輩の彫刻家が工房にやってきました。今日のタイトルに「RECORD撮影日」と書きましたが、正確には後輩の作った木彫作品を撮影するために、懇意にしているカメラマン2人を呼んでいたのでした。私のRECORD撮影はそのついでに行うことにしていたのです。RECORDは何度かNOTE(ブログ)に書いてきましたが、一日1点制作を行っていく平面作品で、大きさはポストカード大ですが、文字通り日々の記録です。2007年から始めているので16年が経ちますが、教職に就いていた頃から多忙な時期を何とかやり繰りして、今日まで継続してきました。2022年は陶彫立方体と同じデザインでやっているため、一日1点制作を崩して陶彫制作と歩調を合わせています。2022年を例外として、今日は2021年9月まで撮影が終わっているRECORDの2021年の残りの分と2023年分の撮影を行いました。2021年は毎月テーマを決めていて、その月のテーマをNOTE(ブログ)で発表していました。過去のRECORDはそこに詩のようなコトバをつけてホームページにアップしてきましたが、この年は未だにアップをしていないので、これは順次アップしていきたいと考えています。2023年のRECORDも毎月テーマがありますが、今年は月ごとのテーマ発表は止めています。今年はテーマが単純になって、そのテーマについての言葉での思考が膨らまないことが要因ですが、だからといって視覚作品そのものは枯れていないと自負しています。一日1点の制作ノルマを考え出した時は、私は某中学校で教務主任をやっていて、多忙さの坩堝にいましたが、よくぞそんな発想が出てきたものだと自分の過激さに驚くばかりです。しかも継続を誓って制作を開始したのでした。撮影するカメラマンを眺めながら、これから先も頑張っていこうと誓いを新たに打ち立てました。
    週末 窯の修理と焼成
    週末になりました。今週で一番印象強かったことは、窯の修理とその後の焼成に関することです。窯は2009年8月に工房に設置しました。工房が完成して、すぐ窯を入れたわけです。それから14年間が過ぎましたが、耐火煉瓦を覆っている鉄板の錆びを落とすくらいの定期的なメンテナンスをしていたくらいで、窯内のヒーター線を換えていくような大きな修理はしてきませんでした。今年に入って4月にヒーター線1本の断線が見つかって修理をしましたが、その後は個展に出す陶彫作品を間に合わせることが出来て、何とか焼成は成功していました。ところが個展終了後に窯の温度が思うように上がらなくなり、業者に見てもらったところ、残りのヒーター線5本の劣化が原因ではないかという結論に至りました。今週の月曜日と火曜日は業者を呼んで、大掛かりな窯の修理をやりました。実は焼成待ちの作品が増えていて、乾燥場所が狭くなっていたので、修理後にさっそく試運転を兼ねて焼成をやってみました。温度の上昇が気になって、私は度々工房に様子を見に行きました。私の目には窯が新しく生まれかわっているように映りましたが、結果はまさにその通りで、焼成は成功していました。窯を開けた時の陶彫作品の肌触りに私はホッと胸を撫で下ろしました。業者に無事に焼成できたことを伝えました。焼き物は窯が命です。焼成が問題ないと思えば、今後の陶彫制作に弾みがつきます。今週後半は日々陶彫制作に精を出していました。このところ気候が涼しくなってきたので、作業はやり易くなりました。工房は亡父が残してくれた植木畑にありますが、周囲の木々が秋を感じさせてくれます。秋の花々や実がなっているのを見ると、心が豊かになってそれだけでも嬉しくなります。