2024.01.13 Saturday
週末になりました。今週のことを振り返ってみたいと思います。寒さが一段と厳しくなり、内壁のない工房での過ごし方を考えるようになりました。夏もそうでしたが、この冬も工房で一日中制作するのは気温を考えると無理があります。ストーブ1台で暖を取るのは大変で、まして水を扱う陶彫制作は手が悴んでしまい、作業時間を短くすることにしました。今週、作業時間を長く設定したのは今日だけでした。今日は後輩の彫刻家や美大生が工房に来ていたので、普段工房に来れない彼らのことを考えると、長めの作業時間を取ったのでした。そのおかげで私の作業も進みました。乾燥した陶彫作品8点の仕上げと化粧掛けを行い、窯入れをしました。明日は焼成中のため工房は使えませんが、美大生から卒業制作展の誘いを受けているので、久しぶりに美大に行くことにしたのです。今週は時間短縮でも毎日制作をしていましたが、木曜日の午後には東京駅ステーションギャラリーで開催している「みちのく いとしい仏たち」展に行ってきました。そこで肩肘張らない民間仏に触れ、仏たちと何気ない対話をして、心に癒しと安らぎを与えられたように感じました。私は組織だった特定宗教の前では、身構えして合掌することはありますが、野の片隅にある地蔵や林に囲まれた祠に鎮座する仏が結構好きで、つい手を合わせることが暫しあります。地蔵や民間仏は造形物ですが、美術とはまた違う趣があって、地元に愛されている由縁がよいと感じているのです。私の住む横浜では宅地造成のため、そうした小さな守護神がひっそり失われていっているのだろうと思っています。山間に点在していた墓地もなくなりました。私の家もそうした墓地を持っていましたが、住職に魂抜きをお願いして、墓地を菩提寺に移しました。それによって風景が変わってきましたが、相続を考えると昔のような風景を残すことは出来なくなったのです。墓地の近くにあった地蔵も消えてしまいました。そんなことを思い出した展覧会だったと思っています。
2024.01.12 Friday
先日、東京駅にあるステーションギャラリーで開催している「みちのく いとしい仏たち」展を見てきました。仏像鑑賞と言えば、私は運慶や快慶が大好きで、慶派の仏像展にはよく出かけます。今回の展覧会は慶派とは真逆にある造形で、専門の仏師が彫ったものではなく、地元の大工や木地師が作ったであろう仏たちで、それでも村人に大切に扱われてきた祠などに鎮座する像なのです。陸奥(みちのく)は青森県、岩手県、秋田県あたりを指し、この分野の調査は最近になって行われているようです。図録より引用いたします。「多くの像が樹木そのものの形状を活かすような木取りや彫刻をしていて、上方や江戸における、形が優先で用材はヒノキの寄木を標準とする仏像観とは違う発想が、土地に根ざした民間仏の根底にはあるようです。本展出陳像の多くが奥羽山脈や北上山地の山襞から運ばれてきていることを思い起こせば、城下町の寺々にまつられた仏像と異質なわけが見えてきます。~略~本来仏像を刻むことは僧籍にある者にしか許されない行為です。民間仏は、それぞれ集落や民家の少人数のために刻まれましたから、正しい図像やおごそかさなど仏像本来の資質に欠けていることは問題にならなかったのです。~略~みちのくの山村漁村農村を問わず、日々の暮らしのかたわらに仏像や神像がありました。囲炉裏の煙に煤けたり、年中変わらぬ湿気に足腰を腐らせたり、子どもに手をもがれ、明治政府の命令で放り出されたり。およそ『宗教美術』とかけ離れた扱いをされてきましたが、一体一体汗と涙が染みつくした尊い遺産です。きわめて地方性の強い造形ですが、方言の通訳はいりません。複雑な図像、由緒来歴、作者の系統など多くの知識が必要な京都や奈良の仏像にくらべるとき、みちのくの民間仏たちが訴えるものはわかりやすく、その表現は今も私たちの心に響きます。」(須藤弘敏著)私の地元ではほとんど失われてしまった仏たちですが、幼い頃、雑木林にあった小さな神社で遊んだ記憶が甦ります。神社にはどんな仏像が鎮座していたのか確かめることもなく、私は手を合わせていました。
2024.01.11 Thursday
「展示されているのは、青森県、岩手県、秋田県に伝わる約130点。江戸時代、日本各地の寺院の本堂などには、江戸や上方でつくられた端正な仏像が鎮座するようになった一方、地方の村々のお堂などでは、こうした素朴な仏像がまつられたという。仏師ではなく、地元の大工らの手によるもので『民間仏』と呼ばれる。北東北には造形性に優れたものが多いという。~略~ほとんどが丸彫りの一木造で、元の木の曲がりをそのままにしたものや、おおざっぱに彫ったものなど、実に奔放。列島の周縁ゆえにこうした造形がありえたともされ、それでも村人たちは大切に拝んだのだろう。」これは先日の朝日新聞夕刊に掲載された記事で、微笑ましい仏像の画像に思わず目が留まり、この展覧会がどうしても見たくなったのでした。仏像と言えば、天平・白鳳時代の仏像か、慶派の写実的で完成度の高い仏像を展覧会でよく見ていますが、ナイーヴ絵画のような素朴な仏像を見る機会は滅多にありませんでした。昨日になって突然展覧会行きを言い出した私に、家内は快く同行してくれました。今日の午前中は工房で陶彫制作を行い、午後になって東京駅にあるステーションギャラリーに出かけていきました。これが今年初の展覧会散策になりました。家内は津軽三味線を弾くこともあるので、東北出身の師匠の言葉のイントネーションと陸奥の素朴な仏像が重なり合って、津軽三味線の音色が聴こえるようだと感想を漏らしていました。私は微笑みを湛えた仏像の表情を眺めながら、日々の辛い仕事に人々は優しさによる救いを求めたのだろうと考えました。図録による解説を含めた詳しい感想は後日改めます。平日だというのに展覧会場には多くの鑑賞者が来ていました。私もそうですが、高齢者が多いと感じたのは、冬季休業が終わったために若い世代の人たちが見に来れなかったのかもしれません。なぜなら、この仏像を見て「かわいい」を連発しそうな子たちが多くいる世代には、ぜひ見せたい展覧会だからです。
2024.01.10 Wednesday
昨日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「女たちが膝上でおこなう繊維造形は、道具や装置が素朴でも、多彩をきわめる。福本繁樹」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「南太平洋の島々で伝承される布の製法に魅せられてきた美術家。縒る、絡る、糾う、綟る、縛る、綣く、結ぶ、繃ねる、繋ぐ、操る、縫うといった『織り』以前の技法は、アートや工芸と呼べば軽すぎ、人工物と言えばあじけないと言う。見せ物でも売り物でもない商品以前のモノ。『始源と現代を同時に研究するんだ』と口にしていた師の志を継ぐ。『織物以前のこと』から。」これは染織に限らず、どの造形分野でも始源があり、それに着目して、現在でも素朴なまま伝承されているものを見ると、自分の心の奥底から不思議な意欲が湧いてくるのは私に限ったことではないでしょう。布は身体に巻き付けたり、大地に敷くものとして、人は重宝してきましたが、同時にそこに色彩や装飾を施すことで、日常生活を豊かに演出してきたのです。私が接している土も同じです。機能以外に何かを加えることで、人は遊び心を手に入れ、美しいと言う概念に目覚めることになったと私は考えます。人間は道具を手に入れ、その道具の機能を効果的に使うと同時に、そこに美意識を盛り込み、やがてその美意識を集団同士で競い合ったのではないか、縄文土器はそうして過剰な装飾を纏ってきたのではないかと私は想像しています。そこに意味を見出すかどうかで、文化の誕生・黎明に繋がると私は些か雑駁なことに思いを巡らせました。私自身は現在でも素朴な道具や装置を使って多彩なる作品を作ろうとしています。始源と現代を同時に研究するというのは、何て素敵なことでしょう。
2024.01.09 Tuesday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)は今日から「第3章 回心の光」に入ります。最初の単元「1 速やかな回心」の気になった箇所を取り上げます。「ローマでは、プロテスタントやユダヤ人を改宗させる運動がさかんであったが、それは時の教皇クレメンス八世(在位1592-1605)の中心的な政策であった。」カラヴァッジョの宗教画群の劈頭を飾る傑作が生みだされていきます。「《聖マタイの召命》は、収税所にいた微税吏であったレビ(後のマタイ)のもとにキリストが現われ、『私に従いなさい』と言った瞬間を描いたものである。~略~この作品《聖マタイの殉教》は、エチオピア王ヒルタクスの再婚に反対したマタイが、王の放った刺客によって聖堂内の祭壇の前で殺される場面を描いたものである。~略~カラヴァッジョは作品が実際に設置される空間を考慮し、そこで作品の与える効果を計算しつつ光の効果や画面構成を表現するのが常であった。この作品でも、礼拝堂に入った 観者のもっとも近くにマタイを置き、そこから召命・霊感・殉教へと展開させる流れを作り出したのではないだろうか。」単元最後の文章にまとめがありました。「改宗あるいは回心は、当時の反宗教改革にとって重要な関心事であった。《聖マタイの召命》が描かれたサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂はローマにいるフランス人の教会であり、聖堂内のコンタレッリ礼拝堂にイタリアではあまり前例のないこの主題が選ばれたのも、(前述の)アンリ四世のカトリック改宗と関係するものと思われる。また、《聖マタイの召命》の向かい側に描かれた《聖マタイの殉教》で、画面下部に大きな洗礼槽が見えるのは、当時教会が積極的に推進していた改宗政策と無縁ではない。いわば改宗は、政策上でも美術の上でも時代の流行であったのである。こうした気運を反映したカラヴァッジョの宗教画に、改宗・回心の奇蹟に現実性と臨場感を与える表現が見られるのは不自然ではない。」今回はここまでにします。