Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 9月は真夏日ばかり
    今日は9月の最終日ですが、秋はいつやってくるのでしょうか。毎日30度を超えるような真夏日ばかりで、テレビでは最長の真夏日記録と言っていました。工房は空調施設がないため、暑さに危険を感じるほどの日もありました。水分補給を忘れないようにして作業を続けていますが、やはり工房に長く留まることは出来ないなぁと思います。それでも今月は30日間あるうちの29日間を工房に通っていました。毎日陶彫制作をするのが当たり前になっています。これは月が変わっても同じでしょう。勿論これは教職にいた頃から私が望んだ生活であるため、これといった不満はありません。作家生活で世間に疎くなることもあるかもしれないと思っていましたが、教職との二束の草鞋生活に比べると、新聞やテレビやネットの情報をよく見ていて、昔より社会情勢に明るくなっているように思います。これは校長になった時に、学校に送られてくる数社の新聞に目を通すのが習慣になり、とりわけ教育に関する記事に敏感になっていたことが思い出されます。今も工房から帰ってくると、暑さでボーとした頭で新聞を読み、テレビやパソコンを眺めています。責任ある管理職から解放されて、社会情勢に実感を伴う不安を覚えることは少なくなりましたが、世の中がキナ臭くなっていることだけは分かります。さて、今月の鑑賞について振り返ります。今月は一日だけ工房に行かない日がありました。「虫めづる日本の人々」展(サントリー美術館)と後輩の木彫家が会員推挙された「二科展」(国立新美術館)に行った日でした。その他で「土方久功と柚木沙弥郎」展(世田谷美術館)に行きました。鑑賞の機会としてはまずまずかなぁと思っています。RECORDは陶彫作品と並行して作っていました。読書では40年以上も放置していた書籍を読み終えました。同じ著者による古都をテーマにした書籍は現在も読んでいる途中ですが、これを読んでいると無性に仏像が見たくなります。展覧会か参拝できる寺院でも探してみようかと思っています。
    草刈り依頼&家電搬入の1週間
    今日はまだ週末ではありませんが、今週の振り返りを行ないます。明日の週末は9月の最終日に当たるため、1ヶ月の振り返りを行いたいのです。それで今日のNOTE(ブログ)にこの1週間のことを書くことにしました。今週も毎日工房に通い、朝から夕方まで陶彫制作に精を出していました。気温は朝晩やや涼しくなってきたように思いますが、まだ秋を感じることはありません。工房にいると暑い中での作業の疲れがどこかで出るのではないかという心配があります。それなら休めばいいのではと思うところですが、陶彫制作に関わっていると毎日陶土に触れていないと安心が得られないというのもあります。毎朝工房に着くと窓を開け放ち、ビニールに覆われた作品を出し、道具を手に取るという行為を無意識にやっています。日によっては奥の倉庫から陶土を持ってきて土練機にかける作業もあります。そんな毎日の繰り返しでした。今週は毎年依頼している親戚の職人に工房と自宅周辺の草刈りをやってもらいました。今年は暑さが続いたため、例年なら9月初めにやっていただいているのですが、植木畑に一面広がった雑草を電動工具で刈り取る作業を数日かけてやっていました。親戚の職人は亡父の従姉妹に当たる人で、気心の知れた人なのです。木曜日には以前購入した新しい洗濯機が自宅に届きました。今まで使っていた洗濯機は時々エラーが出て洗濯途中で停止し、家内にはストレスになっていました。家電は10年以上使っていると故障が出るようで、新しい家電に切り替えました。私は例を取ればパソコンにしてもスマートフォンにしても故障でどうしようもない時までそのまま使い続け、滅多に買い替えることはしないのですが、生活に必須なものとなれば仕方ないと判断しました。因みに来月には窯の修理とメンテナンスが控えています。
    古寺巡礼「唐招提寺金堂」について
    「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「唐招提寺金堂」です。奈良の唐招提寺は、教職にいた頃に修学旅行の引率で何度が訪れました。周囲に生徒がいたため、落ち着いて寺を鑑賞したことはなかったのですが、それでも屋根の彎曲の美しさが印象に残っています。「正面から見るとこの堂の端正な美しさが著しく目に立つ。それは堂の前面の柱が、ギリシャ建築の前廊の柱のように、柱として独立して立っているからかも知れない。しかし屋根の曲線の大きい静けさもこの点にあずかって力があるのであろう。もちろんこの種の曲線はギリシャの古代建築に認められるものではない。ローマ建築の曲線は全く別種の美を現わしている。従ってこの曲線の端正な美しさは東洋建築に特殊なものと認めてよい。その意味でこの金堂は東洋に現存する建築のうちの最高のものである。しかしこの堂の美しさから色彩を除いて鑑賞することはできない。土に近づくほどぼんやりと消えて行く古い朱の灰ばんだ色は、柱となり扉となり虹梁となりあるいは軒回りの細部となって、白い壁との柔らかな調和のうちに、優しく温かく屋根の古色によって抱かれている。その鈍いほのかな色の調子には、確かにしめやかな情緒をさそい出ずにはいない秘めやかな力がある。」さらに金堂内部にある千手観音に関する文章がありました。「右の脇士千手観音は、自分ながら案外に思うほどの強い魅力を感じさせた。確かにここには『手』というものの奇妙な美しさが、十分の効果をもって生かされている。実物大よりも少し大きいかと思われるくらいな人の腕が、指を前へのばして無数にならんでいるうちに、金色のほのかな丈六の観音が、その豊満な体を浸しているのである。『手』の交響楽ーそのなかからは時々高い笛の音やラッパの声が突然の啓示ででもあるかのように響き出すーそれは潮のように押し寄せてくる五千の指の間から特に抽んでて現われている少数の大きい腕である。この交響楽が、人の心を刺戟し得る各個の音とその諧和をもってーすなわち何らかの情緒を暗示せずにはいない一々の手とその集団から起こる奇妙な印象とをもってー観音なるものの美を浮かび出させているのである。この像だけはその印象の鋭さが本尊廬舎那像や左脇士薬師如来の比ではない。」唐招提寺金堂は平成大改修があったので、昭和初期に本書が書かれた時とは印象が現在では異なっているかもしれませんが、卓抜した文章で著された普遍的な存在はそのままだろうと考えます。今回はここまでにします。
    準備不足の渡航体験
    「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)を読んでいた時に、気になったことがありました。記憶が定かではないのですが、「風土」という書籍を私はいつ頃知って、いつ頃購入したのか、「風土」は確か両親の実家に住んでいた頃、既に私の部屋にありました。高校時代のような気がしますが、何故こんな難解な書籍を手に取ったのか、今も謎です。自分が建築か美術の専門の道に進もうとした頃に、世界的な視野を持たなければならないと漠然と考えていた時期があったので、あるいはそれが動機かもしれません。大学で彫刻を始めてから、私はヨーロッパに行きたいと考えるようになり、その準備を知識として蓄積しておこうとしました。彫刻の概念は西洋人が考えたもので、そのルーツはかの地にあると思っていたからです。その頃、正確なヨーロッパを知るために「西欧の没落」1巻・2巻(O・シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)を購入しました。もうヨーロッパは経済的に停滞状況にあると思っていて、アートは経済発展と連関しているため、新しいアートが登場するのはきっとヨーロッパではないと考えていました。ただし、私の興味関心はアートの投資が盛んな国に行くのではなくて、重厚な歴史遺産を知ることにもあったので、敢えてヨーロッパの古都を選んだのでした。そんな私でしたが、「風土」にしろ「西欧の没落」にしろ、渡航前には読破が出来ず、準備不足のまま渡航してしまったのでした。結局、「西欧の没落」は50代になってから読んで、これはもっと若いうちに読むべきだったと後悔しました。「風土」にいたっては先日読み終わったばかりです。だからと言ってヨーロッパでの生活は支障なく過ぎていきましたが、知識の蓄積は予習よりも復習に時間を割いた結果になりました。「風土」に出ていたハイデガーの「存在と時間」を、私は別の動機で既読していました。「西欧の没落」から得たのはニーチェの「悲劇の誕生」で、これは「西欧の没落」が発端となってニーチェ哲学に導かれていきました。ひとつの書籍から派生された自分の読書癖が、かなり時間の推移を待たねばならず、それでも諦めることなく読破できたのは幸せと呼ぶべきか、加齢を重ねた私は複雑な心境に陥っています。書棚に眼を移すと途中放棄した書籍はまだあるのです。
    「風土」読後感
    「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)を読み終えました。本書のあとがきに哲学者谷川徹三(詩人谷川俊太郎の父)による解説がありました。「『牧場』は現実ではない。類型としてのイデエである。しかしこのようにしてイデエを捉えた眼は、そのイデエによって、イデエを支えるものを見る。地中海の海としての特色が日本の海と比べられ、イタリアの各地の傘松の形が日本の松と比べられる。雨の降りよう、風の吹きよう、大気や日光の常のありよう、それらすべてがそれぞれの意味をもって『牧場』のイデエを指向する。そしてそのようにして定位された『牧場』のイデエとの類比によって、『沙漠』や『モンスーン』という、『風土』の他の類型が定位される。」著者の在外研究員としての経験が契機になって「風土」の執筆になったようですが、もうひとつハイデガーの「有と時間」(私が既読したのは「存在と時間」中公新社)をベルリンで読んだことも契機のひとつになっています。そこに時間性はあっても空間性の希薄を著者は指摘しています。さらに著者が「風土」上梓後に新たな2つの類型について書いた箇所がありました。「かつて拙書『風土』において風土の類型をモンスーン、沙漠、牧場の三つとして掲げたときには、眼中にあったのはシナ及びインドの東洋的国土と、イスラム的国土と、ヨーロッパ的国土とのみであった。それらは近代に至るまでの世界史の舞台であり、従ってそれによって世界史的に展開されて来た人間存在の風土性はほぼつくされうると思ったのである。しかしそのときには二つのことが閉却されていた。一つは黒海から太平洋までの広大なアジア大陸を一つの国土たらしめたあの蒙古帝国の存在である。~略~もう一つは近代におけるヨーロッパ人の地理的発見の事業の重大な意義である。~略~世界の舞台がアメリカの『新しい世界』にまで押し広められるとともに、またこの新しい舞台における世界史の新しい所作が押し出されてきたのである。」これで漸く風土的考察が世界史の網羅を加筆することで、より完成に近いものに成り得たと思いましたが、私は著者が初めて眼にした世界の風土に関する新鮮な気づきが心に響きました。私は20代の頃、5年間中央ヨーロッパに暮らしていたので、私も同じような気候や国土の状態を身体で感じておりました。本書を願わくば滞欧前に読んでおきたかったと後悔しました。