2023.03.30 Thursday
「アンドレ・ブルトン伝」(アンリ・べアール著 塚原史・谷正親訳 思潮社)の「第Ⅵ部 沸き立つモラル」の「第一章 上昇記号」(前)についてまとめます。「シュルレアリスムのモラル上の欲求を維持すること、そのための適切な言葉を見出すこと、1946年5月25日、五年の不在の後にブルトンが妻のエリザと娘のオーブとともにル・アーヴル港に降り立った時、気にかけていたのはそのことだった。」戦後フランスの文化芸術の状況を見て、ブルトンはシュルレアリスムの復権を求め、行動を起こします。「マルセル・デュシャンとの合意にもとづいて、ブルトンは二度目のシュルレアリスム国際展をパリのマーグ画廊で開催することを企画した。デュシャンはブルトンのニューヨーク滞在中からこの企画を彼にしきりに勧めていた。1947年1月12日、ブルトンは参加が予定される芸術家たちに招請状を出し、最初の計画について説明した。割り当てられたさほど広くない空間の中で、グループの結合を再確認し、萌芽状態あるいは潜伏状態にある新しい神話を表現するシュルレアリスムの渇望の変遷を強調することが重要だというのだ。~略~造形的シュルレアリスムがあきらかにした立場は、具象絵画に反発し、また美術を扱う商売の生産と消費の関係から遠ざかること、そして保守主義の精神を挫折させつつ、詩的精神にささえられてたえずみずからを更新することだった。リアリズム同様純粋な抽象をも拒絶するシュルレアリスムは、なによりもまず精神状態であり、オートマティスムによる象徴的で幻覚的なアプローチなのである。」ここにシュルレアリスムの造形的概念が端的にまとめられていて、私は妙に納得した気分になりました。「12月にプラハで開かれたシュルレアリスム展は、12年前にブルトンがやはりプラハで提示したテーゼをシュルレアリスム運動が今なお全面的に維持していることを、人びとに想起させる機会となった。芸術は命令や戒律に耐えられず、政治的モラルの批判にもしたがうことができない。芸術家はあらゆる隷属性に、サルトルによって広められた『アンガージュマン』の思想にさえ逆って、感覚的な諸能力の伝達を確実なものとしなくてはならない。こうして、フランスへの帰還以来ブルトンは、希望を再びあたえてくれる唯一のものであるように彼には思えた、シュルレアリスムの企ての多様な要素を飽きることなく数え上げ、ユートピア思想を現在に挿入して知識と行動の原動力としたのだった。」今回はここまでにします。
2023.03.29 Wednesday
「アンドレ・ブルトン伝」(アンリ・べアール著 塚原史・谷正親訳 思潮社)の「第Ⅴ部 移住と亡命」の「第二章 ニューヨーク」についてまとめます。ニューヨークに到着したブルトンは、ペギー・グッゲンハイムが企画した展覧会に関わります。「『今世紀の美術』のタイトルのもとに、展覧会は近代美術館で1942年10月20日に開かれた。ブルトンの序文『シュルレアリスムの起源と芸術的展望』は、この運動の歴史を造形および絵画の視点から跡づけたもので、アーチストたちによる外的オブジェと内的モデルの間の総合に力点がおかれていた。その中で、いままであまりにも長きにわたって神秘思想ではないかと疑われてきたシャガールがようやく正当に評価された一方、サルバドール・ダリは、今後、ドル亡者と呼ばれることになり、アカデミズムや商業的な成功から彼を引きもどすことはもはや不可能だと結論づけられた。」またこんなエピソードもありました。「マックス・エルンストにたいするブルトンの関係は、全面的な信頼の上に打ち立てられてはいなかった。エリュアールと袂を分って以来、ブルトンは慎重な態度をとっていたのである。画家は才気ばしった言動に出て、誰もそれに反応できないということになりはすまいか?一度ならず、ペギー・グッゲンハイムはエルンストとの恋愛関係のもつれにブルトンを立ち会わせていた。しかしながら、ブルトンはエルンストの適応能力、自己の芸術表現の追求において一歩も譲ることなくアメリカ社会に溶け込むその能力を、高く評価していた。」そのうちブルトンはエリザと巡り合います。「1945年7月31日、ブルトンも願いを実現させた。すなわち、ブルトンはジャクリーヌと離婚し、婚姻財産契約も交わさずにエリザと再婚したのである。ところが、ニューヨークにもどった時点でフランス領事館の戸籍簿に婚姻届けを出すのを忘れたため、何年もたってから、手続きをやり直すはめになる。」ブルトンはハイチに渡ります。「『シュルレアリスムは有色人種の人びとと固く結ばれている。なぜなら、シュルレアリスムは、あらゆる帝国主義および白人による略奪の形態に反対し、つねに有色人種の側に立ってきたからだ。』ブルトン自身が文字にした回答は、開放的かつ予言的な力をもつものとして詩を規定し、芸術上の探究のためにシュルレアリスムがじゅうぶんな自由を持ちつづけることの必要性に言及している。」やがてアメリカを去るブルトンは帰国の途につきました。「造形芸術を除けば、シュルレアリスムの接ぎ木はアメリカではほとんど育っていなかった。それにたいし、フランスからの訪問者にはアメリカの小説家から学ぶべきものが沢山あったのである。アメリカでの自分はあくまで亡命者だと見なしていた~略~ブルトンは、戦争の終結後、フランス帰国を考えていた。」今回はここまでにします。
2023.03.28 Tuesday
先日行った美術館でギャラリーショップに立ち寄りました。美術館のギャラリーショップの書籍欄には、一般的な書店では販売していない美術の専門書が数多く置いてあって、私は購買欲をそそられます。多少値が張るものでも自分にとって価値があれば、手に入れます。そこが金欠だった学生時代との差かなぁと思っています。私が購入したのは比較的安価な分厚い書籍で、これをリュックに入れて背負って帰宅しました。「ART世界の美術」(アンドリュー・グレアム・ディクソン総監修 樺山紘一日本語版総監修 河出書房新社)は、古代から現代に至るまでの美術を、あらゆる視点で取り上げた百科事典のような書籍です。頁を捲って眺めているだけで楽しくなってくるのは私だけではないはずです。本書は時代だけではなくさまざまな切り口で、作品や作家、美術潮流を紹介していて、私がまだ教壇に立っていた頃に、こんな書籍があったら鑑賞の授業に役立っていたのになぁと思っています。とりわけ私はマニアックな世界観を持った作家が好きで、そうしたことも網羅されているのには驚きました。総監修を担当したアンドリュー・グレアム・ディクソンの言葉が序文に掲載されていました。「美に対して開かれていて知的探求心旺盛な人、歴史的想像力を持つ人、宗教に好奇心を持つと同時に寛容になれる人、新しい視点で物事を見るために個人的な偏見を捨てる覚悟がある人。そんな人は、自己満足的に心を閉ざす人よりずっと多くのものを芸術家から(そして人生からも!)得ることができる。本書の目的はタイトルと同じくらいそのものずばりだ。アートの専門知識を持たない読者をいくつもの芸術体験へと導くいくつもの扉を開くこと。それによって、美術館やギャラリー、教会や修道院、寺院やモスクの世界をより身近で楽しいものにすることを目指している。~略~アートに興味を持つことは発見の旅に乗りだすことだ。この旅は、無数のわくわくするような場所へいざない、あらゆる種類の思いがけない出会いを約束してくれる。」アートは私にとっても人生を賭けるほど重要な分野で、20歳の頃にその魔力に憑かれてから、おそらく人生を全うするまで併走する相棒でもあると考えています。
2023.03.27 Monday
先日、埼玉県立近代美術館で開催している「戸谷成雄 彫刻」展に行ってきました。本展では、従来の彫刻的概念を十分に感じさせる圧倒的な素材に接して、私の心は和みました。現代アートはその考え方や視覚表現の多様性が目立ち、私は自分が空間を解釈する方法として選んだ彫刻が、時代が求めるものと乖離してしまっていると感じていたため、こうした彫刻らしい作品を見て感動すら覚えたのでした。塊を彫り刻むという行為が、私を捉えて離さないことを私自身がこの眼で確認できたことは本当に嬉しかったことでした。ただし、戸谷ワールドは勿論彫刻の復権ではあるけれど、古来からある木彫とは違い、まず材料ありきではなく、モノがそこに存在するということはどういうことかを改めて問うことから始めているように思います。展覧会場の初めの部屋にあった「POMPEIⅠ」というコンクリートの作品は、イタリアのポンペイ遺跡から発想されたもので、噴火の犠牲者たちに石膏を流しこんで雛型を残したことを、このような空洞における実在として作家が意識した結果、生まれた作品なのです。有名な「森」シリーズも複数ある木の柱をチェンソーで刻みながら、闇を抉るように実在としてそこに佇む空間を作っています。存在には雄型と雌型があると言わんばかりに凹凸を表現した世界観に、私は惹きつけられていきました。図録より引用いたします。「一般的に、戸谷成雄は1970年代の美術動向のなかで『解体された彫刻』を『再構築』した彫刻家であると定義される。にもかかわらず、今日目にすることが多いのは『森』を中心とする再構築後の作品であり、実作品をもとに再構築の過程を検証する機会はあまりなかった。在学中の同時代美術との邂逅から、イメージの出現までをたどって見えてきたのは、『彫刻』の回復に至るまでの単線的な道のりではなく、同時代美術の傾向と彫刻の発生、両者の間を行き来しながら慎重に作品を展開する奮闘の軌跡であった。むしろ、異質なものの間で生じる『ねじれ』を拙速に解消せず、ねじれたまま同居させる姿勢にこそ、この彫刻家の特性を見ることができるだろう。」(佐原しおり著)
2023.03.26 Sunday
いつもは土曜日に1週間の振り返りをしていますが、昨日は美術館やギャラリーに鑑賞に出かけてしまった関係で、日曜日から昨日までの振り返りを今日行います。昨日の土曜日を除いて毎日工房に通って陶彫制作に熱心に取り組んでいました。先週の日曜日は制作の後、窯入れをして、夕方になって相原の墓参りに浄性院に出かけました。通常なら月曜日は焼成で電気が使えないために工房での作業は休むのですが、工房の照明を点けずに座布団大のタタラを数枚作りました。火曜日はその作業のおかげで成形が出来ました。午後は家内の実家の墓参りに久保山墓地に出かけました。水曜日は丸一日を陶彫制作に費やしました。木曜日は窯出しをしたのですが、焼成の具合が悪いのに気づき、異変を業者に電話で伝えました。日曜日に窯を見に来るというので少々安心はしました。金曜日の午前中は私が嘗て勤めていた公立中学校が閉校するので、その式典に参列してきました。その式典中に学校での思い出が蘇り、結構疲れて帰ってきましたが、午後は工房に出かけ、陶彫制作をやりました。そのおかげで疲れは緩和されました。私は生々しい過去を引きずるのは苦手で、30年も前の滞欧生活のようにイメージの中に即刻取り込んでしまいたくなるのです。刻印された記憶のいいところだけを取りだして、明日の糧に生かすのが私の過去との向き合い方です。昨日は埼玉県立近代美術館に迫力ある現代彫刻の作品を見に出かけ、横浜のみなとみらい地区にあるギャラリーに台湾アーティストによる軽妙洒脱な絵画を見てきました。充実した1週間だったわけですが、用事が立て込んだ1週間だったのも確かです。今日は工房に窯でお世話になっている業者がやってきました。窯内を見て一番下段にあるヒーター線が切れていることを発見しました。私が見ただけでは気づかない箇所によく視線がいったものだと思いましたが、自分は何十年も窯を見てきているのだと業者は言っていました。近々修理に入ります。私としては陶彫制作を出来るだけ先に進めておくことが肝要だと思いました。