2023.07.02 Sunday
日曜日になり、いつものように後輩の彫刻家と染織専攻の美大生が工房にやってきていました。今日は梅雨が明けたのではないかと思わせる暑さで、空調施設のない工房内は大変な状況になっていました。とくに私は新作に向けて土練りをやっていて、汗が身体中から噴き出していました。私は陶彫による表現に取り組み始めてから、継続と展開が常に念頭にあります。継続とは単に技能をそのまま追い続けることではなく、また技能だけを巧みにしていこうという意図もありません。私は器用ではないので、技巧に走ることは免れていますが、作品の持つコンセプトを継続していこうとしているのです。陶でなければならない表現に常に立脚していますが、初めに陶ありきではなく、イメージを優先させています。ひとつ陶による世界を創出したら、次のステップとしてさらに深みと広さを兼ねた世界が出現してくるのです。それが展開です。展開は、現行作品に苦しんでいる時に突如やってくる新たなイメージと関連していて、自分が現在取り組んでいるものと、これから作られるであろう新たな世界がどう繋がっていっているのかを確かめる尺度にもなります。先日見に行った「若林奮」展の展示作品の中に「振動尺」というタイトルの作品がありました。自分自身と周縁に存在する物体の間に、それがどのように存在するのか尺度を自ら決めて、それを具現化した作品でしたが、私は内面の問題として、現行作品と未知の作品の間に展開という尺を持ち出していると言えます。内面は数値で測れるものではありませんが、納得できる一歩が確実にやってくるという保証として、展開という語彙を使っているのです。継続をしていかねば、その後の展開もありません。私は思いつきで創作しているわけではないので、階段を一段ずつ上がるように粘り強く継続し、その先に見える展開を楽しみにしているのです。工房内の蒸し暑さの中で、頭がボーとしながら、こんなことを考えていました。
2023.07.01 Saturday
週末になりました。しかも今日から7月です。今月は18回目の個展を控えています。昨晩カメラマンが個展案内状1500部を持参してきたので、そのうち1000部をギャラリーせいほうに届けに行ってきました。銀座の街並みは相変わらずで、横浜の郊外から出てくると都会的な雰囲気が漂っていました。もう2週間もすれば毎日ここへ通うことになり、それが18年も続いていることに自分の健康に改めて感謝しています。今朝は工房に行って梱包用の木箱作りに励んでいました。木箱作りもそろそろ終了で、今後は平面RECORDの額装に取り組む予定です。7月は例年個展があるため、創作活動上のターニングポイントになるのです。ただし、今回のターニングポイントは新たな創作的革新はなく、従来の制作を継続するというものです。ひとつの発想に2年間をかけて取り組むことの意義は十分あると私は考えていて、私にしてみればそのくらいの展開がちょうど良いと感じています。作品は1点1点は新鮮な感覚を内包すべきですが、その造形的方向や潮流は枝葉に分かれず、より深く、より広くなっていくべきだろうと考えています。今月は個展があっても、陶彫制作は日々続いていくし、鑑賞も充実させようと思っています。美術館や博物館、映画も見たい作品がいっぱいあって、創作活動とバランスを考えながら楽しんでいくつもりです。2年前に教職を退職してから夏季休暇という捉えがなくなりました。毎日が夏季休暇であり、また創作活動を仕事と捉えれば休暇はありません。組織を離れるということはこういうことなんだと昨年は感慨深いものを感じていました。現在は当たり前のように毎日工房に通う生活で、平日も週末もなく制作三昧です。ただし、最近の夏は酷暑になることが多く、空調設備のない工房に長く留まることは厳しいのです。今月も体調を考えながら創作活動に勤しみたいと思っています。
2023.06.30 Friday
6月の最終日になりました。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、昨年の6月より個展準備が遅れていると言わざるを得ません。それは図録撮影日が今月初めになってしまったことや、陶彫作品の数が多いために木箱による梱包が遅れていることが挙げられます。ともあれ今月は30日間のうち29日間は工房に通っていました。そのうち作業をやっていたのは28日間でした。1日は図録用の撮影日で、丸一日かけて野外や室内で陶彫作品を組み立てて、写真撮影をしていました。もう1日はまったく工房に行かない日で、横浜の自宅から遠方にある武蔵野美術大学美術館に出かけました。これには往復で4時間を要しました。作業をやっていた28日間の内容は、今夏ギャラリーせいほうで発表する作品の梱包作業と、来年発表予定の陶彫制作でした。日付のある陶彫立方体の6月分から来年の発表になりますが、今月分を現在作っていて、時の流れに追いつこうと必死に藻掻いている状況なのです。つまり、今夏の個展は全体構成の折り返し地点に過ぎず、一時も無駄にできない制作工程を組んでいるのです。今月の鑑賞は美術鑑賞だけで3カ所の展覧会を見て回りました。「マティス展」(東京都美術館)、「大森暁生展」(そごう美術館)、「若林奮 森のはずれ」展(武蔵野美術大学美術館)で、充実した鑑賞だったと振り返っています。平日でも予約が必要で、それ故大変混雑していたのは「マティス展」で、マティスがもつ自由な描線と奔放な色彩が今も目に焼きついています。私が学生の頃に、同じ大学で教壇に立っていた若林先生の巨大な旧作も印象的で、とくに金属が腐蝕した部分の修復作業が映像として記録されていました。これによって時間を経た立体作品がどのように変容してしまうのか、その有様も見ることが出来ました。作家が作品を通して伝えたかったものは何か、後世に残された人たちが物故作家のことを思いつつ、修復していく作業は、創作活動をしている身としては有難いことだなぁと感じました。勿論世界観が人に認められる必要がありますが、正直羨ましい限りです。今日は個展の案内状が出来上がったのでカメラマンが自宅に持参してきました。明日、ギャラリーせいほうに届けに行きます。今月は個展準備に明け暮れた慌ただしい1ヵ月を過ごしました。
2023.06.29 Thursday
今日は工房での作業を休んで、東京小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催されている「若林奮 森のはずれ」展に家内と行ってきました。彫刻家若林奮は20年前に亡くなっていますが、私が彫刻を学び始めた頃は、同大の共通彫塑研究室におられました。若林先生は彫刻の本科には来られなかったので、私は直接指導を仰ぐことが出来ませんでしたが、デザイン科の友達から講評会があると聞くと必ず出かけていき、若林先生の話に耳を傾けていました。学生だった私は当時は人体塑造をやっていて、西欧的な具象表現に夢中で取り組んでいたため、若林ワールドは理解できませんでしたが、何故かその言葉と鉄を加工する表現に魅力を感じていました。彫刻とは素材を介して思索を加え、そこに自らの考えのもとで空間変容を齎す表現なのだと、私が漸くそうした考えに到達したのはずっと後になってからのことでした。今回展示されていたのは「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」と題された10畳ほどの鉄の部屋で、私が卒業した後に研究室を鉄で覆って作られたものらしく、大学に残っていた友人から聞いていました。まさかこの噂の鉄の部屋が見られるとは夢にも思わなかった私は、早速見に行ってきたのでした。自分の世界観で自らが所有する空間を覆ってみたいという造形的エゴイズムは、若林先生に限らず、空間を対象に作品を作っている作家全員にあるもので、それを実際に作ってしまったらどんなものになるのだろうと興味津々で美術館に足を踏み入れました。大きな空間を占有して、その作品は建造されていました。それだけでなく、後に「振動尺」という作品に見られる、自らの中に尺度を決めた周縁の事象も鉄の部屋には作られていて、これが契機となってその後の若林ワールドが構築されていったのではないかと思いました。難解と私が前から感じていた作品群を見て、家内はこの作品に内蔵するものは意外に単純なものではないかと言っていました。家内は大学時代に空間演出デザインを専攻していて、資料として図示されたデッサンに理解を示していました。従来の彫刻表現に捉われていた私とは違って、容易な解釈をする家内に少々驚きながら、美術館を後にしました。
2023.06.28 Wednesday
「仮面の解釈学」(坂部恵著 東京大学出版会)の「Ⅳ しるし・うつし身・ことだま」のうちの「2 うつし身」について気に留めた箇所を取り上げます。「〈うつつ〉は、たんなる〈現前〉ではなく、そのうちにすでに、死と生、不在と存在の〈移り〉行きをはらんでおり、目に見えぬもの、かたちなきものが、目に見え、かたちあるものに〈映る〉という幽明あいわたる境をその成立の場所としている。そこに、〈移る〉という契機がはらまれている以上、〈うつつ〉は、また、時間的にみれば、たんなる〈現在〉ではなく、すでにないものたちと、いまだないものたち、来し方と行く末との関係の設定と、時間の諸構成契機の分割・文節をそのうちに含むものでもある。~略~うつせみの身とうつせみの世、うつし身とうつし世とは、目に見えないものたちの世界を背景としそれと境を接しながら、たがいに〈うつし〉〈うつり〉あいながら、いわばたがいの自己同一性を保証する〈うつつ〉の境位において、ひとつのおもてとして構成され、立ちあらわれてくる。」日本語の独自性の中にフロイトが登場する文章がありました。「夢も、また、フロイトが示したように、〈うつつごころ〉の眠りこんだ夜中に各個人の心の深層の劇場で演じられるドラマなのであり、うつつの世とうつつの身の同一性の存在をおびやかす深みの異形の神々ー蛍火のごとく、また蠅声なしてたちさわぐ、〈もののけ〉や〈あらたま〉たちの想起と統合の祭式にほかならないのである。」章の後半に現代のことに触れた箇所がありました。「話を一気に今日のわたしたちの世界に移すことにして、今日のわたしたちのもとで、〈うつつ〉の語がどのような形で生きているか、考えてみよう。〈うつつ〉の語は、たとえば、『うつつをぬかす』といった、かなり後の時代(近世以後?)に由来する合成語の形で、元来〈うつつ〉という語のもっていた〈ゆめ〉とあいわたる微妙な境位を示す意味あいとはほど遠い粗雑な変質をこうむって、わたしたちの語彙の片隅に生き残っている。かろうじて、今日でもときにつかわれる『ゆめうつつ』という語だけに、単層の意味づけの体系だけに領されて、平板化し、やせ細り、しらけがちなわたしたちの現実感覚の片隅に残された、かつての多元的に分散して多義性をはらみ、豊かにひびき合いうつり合う〈うつつ〉の境位のかすかなこだまが聞き取られるようにおもわれる。」今回はここまでにします。