2023.01.18 Wednesday
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」(アンドレ・ブルトン著 巖谷國士訳 岩波書店)を読んでいて、夢に関する論考があって気を留めました。シュルレアリスムが夢の解釈に接近したことは、本書を読む前から私は知っていました。だからこそ、というわけではありませんが、ジークムント・フロイト著作による「夢解釈」(金関猛訳 中央公論新社※「夢判断」とする書籍もあります)を私は既に読んでいて、夢の分析と理解に努めていた時期がありました。あの頃は精神分析の一分野としては、大変面白く読んでいました。本書では夢に関する記述が4つあって、その冒頭部分を引用いたします。まず一つ目です。「夢がいとなまれている(いとなまれているとみなされている)かぎりでは、どこから見てもそれは継続しているし、まとまった組織体の形跡をとどめている。ただ記憶のみが、不当な推移をわがものにして、夢をばらばらに切りはなし、場面のつなぎなどは考慮のほかに、夢そのものよりもむしろ、いくつかの夢のシリーズを私たちに見せているのだ。これと同様に、私たちはもろもろの現実についても、つねに個別的な表象しかいだいていないわけで、このような調整は意志のなせるわざである。」二つ目です。「いまいちど、覚醒状態をとりあげてみよう。私はそれがひとつの干渉現象であると考えないわけにはいかない。精神は、覚醒の諸条件下にあるとき、方向喪失への奇妙な傾斜を示すことがある(これはあらゆる種類の言いまちがいや思いちがいのくりかえしなのだが、その秘密もようやく私たちにあけわたされはじめている)ばかりでなく、正常にはたらいているばあいでも、私が精神のすぐれた部分として認めているあの深い夜のなかからやってくる暗示と、まったくべつのものに従っているようには思えないのである。」三つ目です。「夢をみている人間の精神は、自分におこることにすっかりみちたりている。できるかどうかという不安な問いも、もう問われはしない。おまえの好きなだけ、殺すがよい。いっそう速く飛ぶがよい、愛するがよい。」四つ目です。「夢がなにか系統だった調査に付され、これから決定されるはずのもろもろの手段によって、ついに完全なかたちで私たちに理解されることになり(その前提として幾世代かにわたる記憶の訓練が必要だが、とくかくきわだった事実を書きとめることからはじめよう)、夢の曲線が類を見ない周期と幅とをもって伸びひろがるようになったとたん、神秘ならざるもろもろの神秘が、この大いなる〈神秘〉に道をゆずるだろうと期待する。」ブルトンの論考は、些か詩的な箇所があって、感覚として捉える必要があるようです。
2023.01.17 Tuesday
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」(アンドレ・ブルトン著 巖谷國士訳 岩波書店)の冒頭には、現実生活に縛られている私たちのことを示す箇所があります。シュルレアリスムへの導入部分として書かれた文章です。「人生への、人生のなかでもいちばん不確実な部分への、つまり、いうまでもなく現実生活なるものへの信頼がこうじてゆくと、最後には、その信頼は失われてしまう。人間というこの決定的な夢想家は、日に日に自分の境遇への不満をつのらせ、これまで使わざるをえなくなっていた品々を、なんとかひとわたり検討してみる。」これが「シュルレアリスム宣言」の最初の文章です。現実的な生活を送る私たちは、境遇への不満があってもなかなかそこから抜け出せない状況を語っているのです。「もともと限界など認めないものであったあの想像力に対して、もはや、恣意的な効用性の法則にそって活動することしかゆるさなくなる。想像力のほうも、そんな低次の役割をいつまでもひきうけているわけにはゆかず、一般に、20歳のころになると、いっそ人間を光明のない運命にゆだねてしまうことを好む。あとになってから、たとえば愛のような例外的な状況の高みにいることができなくなり、生きるための根拠がすべてすこしずつ失われてゆくのを感じて、あちこちで自分をとりもどそうとこころみたとしても、なかなかうまくは行かないだろう。」想像力にしても次第に欠乏していく様子をここでは描いています。「のこるは狂気である。『とじこめられる狂気』とは、うまいことをいったものだ。とじこめられていようといまいと…。事実、だれもが知っているように、狂人たちが監禁されるのは法律上とがめられるべき2、3の行為のせいにすぎず、そういう行為さえおかさなければ、彼らの自由は(外に見える自由は)危険にさらされるはずもないだろう。」さて、ここからどのようにシュルレアリスムの概念に繋げていくのか、興味が尽きないところです。引き続き読んでいきます。
2023.01.16 Monday
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」(アンドレ・ブルトン著 巖谷國士訳 岩波書店)を読み始めました。何をいまさらシュルレアリスムなのかと自問自答しましたが、実のところ私自身は本書を読むのは初めてなのです。自宅の書棚には「シュルレアリスムと絵画」(瀧口修造・ 巖谷國士監修 人文書院)と「魔術的芸術」(巖谷國士監修 河出書房新社)があって、この2冊がアンドレ・ブルトンによって著わされた書籍で、私にシュルレアリスムを指南してくれた貴重な資料なのでした。勿論日本人評論家が著したシュルレアリスムに関する資料もありますが、シュルレアリスムは私の中で旧知の芸術運動であり、私の芸術に関する思考の中でも今も大きな位置を占めています。シュルレアリスムは超現実主義として美術教育の中でも取り上げられ、小学校時代に私はサルバドール・ダリの絵画を見て、その不思議さが印象に残りました。ダリの絵画はシュルレアリスムの代名詞になっていましたが、高校時代にさらにさまざまな画家を知るにつけ、シュルレアリスムの定義を知りたくなっていました。実際のシュルレアリスムは多様性に富み、広範囲な考え方を網羅していることも学びました。私が20代で滞在していたウィーンでは、画廊のウィンドウに当時席巻していたウィーン幻想派の絵画や版画が飾られていましたが、これもシュルレアリスムの範疇にあったようです。ウィーン幻想派は黙示録的ビジョンやエロティックな要素が強く、ウィーンの古い街と融和して独特な雰囲気を醸し出していました。20代の頃の私は、日本で学校を出ても就職活動をせず、ヨーロッパを彷徨う不安定な生活を送っていたので、ウィーン幻想派の精神分析的な画風に取り込まれてしまい、見えない将来に対して暗中模索を繰り返していました。シュルレアリスムと聞くと、私はそんな青春の感傷が頭を過るのです。これは個人的過ぎる感情の一幕ですが、帰国後改めてシュルレアリスムの思想を研究しました。今回読み始めた「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」は私にとって再確認の意味もあります。一歩ずつ踏みしめて読んでいこうと思います。
2023.01.15 Sunday
日曜日になると後輩の木彫家が工房に現れます。頻繁に来ている美大生もやってきます。私を含めて3人でそれぞれ自分の課題に向き合い、一生懸命制作に励むのが、定番の日曜日の過ごし方になっています。今日は朝から夕方まで木彫、染織下書き、陶彫と3人3様の作業をしていました。工房内に張り詰めた空気が流れることもあり、私はそんな瞬間が好きなのです。私の陶彫制作は常に同じサイズの立方体を作っていて、彫刻的な変化はありません。その分、工芸的な作業になりますが、彫り込み加飾の差異によって、ひとつずつの陶彫作品の個性を打ち出そうとしています。これを今年は100点以上も作るので、彫り込み加飾のバリエーションを考え抜かねばならず、新作の重要度はそこに尽きると言ってもいいと思っています。加飾は5㎜程度の深さを彫り込み、文様を浮かび上がらせるもので、抽象レリーフとして扱っています。一日1点ずつ作っている平面RECORDと同じ5日間で展開する様式を採用していて、言わば立体RECORDと称してもいいくらいの連続性を有しています。例えば幾何形態の三角形は、隣り合う三角形に微妙な角度をつけたり、一辺の長さを変えたりしてバリエーションを作っています。表面を三角形で覆う立方体では、同じ三角形の穴をあけています。陶土の厚みを均一にするため、立方体内部は空洞になっていて、それを利用して大小さまざまな穴をあけ、形態に軽みを持たせているのです。焼成の際に空気の通りをよくする穴は必要なもので、それをデザインに利用しているのです。そうした彫り込み加飾は遊びの要素がたっぷり盛り込まれていて、陶彫制作を楽しくさせていると私は感じています。思索を練り、全体の統一を考えながら、遊びで楽しむ、それが立体RECORDの醍醐味ではないかと思っています。
2023.01.14 Saturday
週末になりました。1週間の振り返りをしたいと思います。今週もいつものように毎日工房に通って陶彫制作に精を出していました。月曜日は成人の日で、美大生がやってきて課題をやっていました。火曜日も水曜日も朝から夕方まで作業をやっていましたが、木曜日は朝だけの作業に切り替え、午後は画廊や美術館に出かけました。とりわけ印象的だったのは東京のサントリー美術館で開催していた「京都・智積院の名宝」展にあった長谷川等伯一門の障壁画で、忽ち私の心が動きました。平日にも関わらず、展覧会には人が大勢鑑賞に来ていて、作品の人気度が分かりました。描かれていた桜や楓には遠近感がなく、ちょうど春の花見や秋の紅葉狩りで目にするような艶やかな彩りだけで全体構成が成されていました。昨日NOTE(ブログ)に書きましたが、あえてそうした構成にしたことが図録の文章より伺えました。安土桃山時代あたりから継続されてきた日本らしい表現には、現代にも通じるデザイン性が見て取れて、元々私たち日本人は写実を象徴化する美意識が備わっているのかなぁと思うようになりました。いや、安土桃山時代どころか、さらに古墳時代まで遡り、熊本県にあるチブサン古墳の抽象的な壁画にも優れたデザイン性を有していると私は考えているのです。チブサン古墳は20世紀に西洋で興った抽象主義の先駆けのようなデザインだろうと私は勝手に思っています。話が飛躍してしまいましたが、長谷川等伯一門が描いた障壁画に古さを感じないのは、日本人の持つデザイン感覚に委ねている部分が多いのではないかと私は察しています。金曜日と今日の土曜日は朝から夕方まで陶彫制作に戻ってきましたが、美的感覚に溢れる障壁画を鑑賞したおかげで、制作に弾みがつきました。明日も継続して制作三昧です。