2022.09.21 Wednesday
「絵画の黄昏ーエドゥアール・マネの闘争ー」(稲賀繁美著 名古屋大学出版会)は副題を「エドゥアール・マネ没後の闘争」としています。その「第3章 死後売り立ての政治学」の「1 売り立ての舞台裏 」についてまとめます。マネの没後は、マネの先導した絵画世界が正統な評価を獲得し、それなりの美術館に収まるように、さまざまな立場の人が動いていた様子が伺えます。マネは評論家によって評価が分かれ、その後の印象派がどうなっていくのか、私たちから見れば決着がついた美術史の既成事実ですが、当時の混乱を知ることも必要だろうと思います。テオドール・デュレによる好意的な見解を引用いたします。「デュレのこの見解には、世紀末藝術の平坦な賦彩法(クロワゾニスム)を通過した後の20世紀初頭の美学的見地から投影して、半世紀近い昔のマネの試みを正当化しようとする、遡及の逆遠近法が伺えるだろう。また、そもそも《草上の昼食》が本当にデュレのいうような、『スキャンダル』だったのか否かも、すでに触れたとおり重大な疑義なしとしないのだが、本章の論旨とのかかわりでとりわけ注目したいのが、デュレがことさらに、《草上の昼食》、《オリンピア》に、早くも『陽光』あるいは『明るい調子』が見られることを強調しようと腐心している点である。」売り立ての舞台裏では、マネの遺族による買い上げで価格を競り上げたことが判明しています。「この売り立てによってマネの印象派風の作品を買い支える市場を創設しようとする意図が主催者側にあったことを、これらの作品の評価額は偽りなく雄弁に物語っている。そしてこの戦略の裏には、これから先、マネを頭と頼んだバティニョール派、つまり今日印象派の画家たちとして知られているモネ、ピサロ、ルノワール、シスレーといった面々の市場と販路とを確立するための糸口を開こうとする意図まで透けて見える。思えばその売り立て責任者はその先印象派の最初期の批評家、歴史家として有名になるテオドール・デュレであり、その競売吏を努めたポール・デュラン=リュエルこそは、やがて将来印象派の画商として歴史に名を残すことになる人物である。」今回はここまでにします。
2022.09.20 Tuesday
ビジョン企画出版が刊行している新報には毎月「評壇」の欄があって、美術評論家の瀧悌三氏が執筆しています。ここに毎年私のギャラリーせいほうでの個展の批評を載せていただいています。瀧氏は個展初日に来てくださり、暫し私と懇談しています。瀧氏が書く批評は歯に衣着せぬもので、短文ではありますが、毎年私は作家冥利に尽きる言葉をかけていただいています。今年は17回目の個展でしたが、「発掘」シリーズとしては14回目になり、それも記事にしていただきました。因みに残りの3回は「構築」シリーズになっています。「陶彫・『発掘』シリーズ14回。黒褐色の古い遺跡発掘品を思わせる擬古物陶製彫刻。連年発表していて、今回はまた前と変って、大作は、鎧のような形の2~4体を板で四角に囲ったのが、4組並ぶ。壮観。中品は塀壁のような衝立の上に発掘物体を並置。小品は舟の形のような物体、順次変化し、全6箇。1年ごとに構想が動いていくその推移を、作家自身興深く享受。」という批評でしたが、毎年見ていただいているからこそ、構想が動いていく推移を捉えていただいています。私は最初のデビュー作品から古い遺跡発掘品を思わせる擬古物陶製彫刻というのは変っていませんが、そうした発想の源泉からイメージを膨らませて、現在に至っているのです。イメージも私の中では蓄積であり、変化であり、発展なのだと考えていて、太い骨子が貫いているのを強く意識しています。ブレないのが私の特徴で、自らの造形思考を構築するために何年も費やしてきた結果です。そういう根っこがあるからこそ構想がどんなに動いても作品として具現化できると思っています。
2022.09.19 Monday
今日は三連休最終日で敬老の日です。この三連休は西日本から北上を続ける台風14号の影響によって、雨が降ったり止んだりした天候の不安定な三連休でした。三連休と言ってもどこにも行かない私は、朝から工房に籠って制作三昧の日々を過ごしました。今日は窯入れを行いました。焼き物は最終工程である焼成が一番面白く、また神経を使う工程でもあるのです。幾度となくNOTE(ブログ)に書いていますが、窯で焚かれると陶土には石化という現象が起こります。人の手が及ばない窯内には炎神が棲んでいるのではないかと思うほど、材質が変化するのです。高温に耐え抜いてきた陶土は、屈強な鎧を纏った凛々しい姿になって私の元に還ってくると本気で信じています。まさに窯を開けてみないと成功したかどうかが分からないのも博打のようで、今までの苦労が満たされるのか絶望へ追いやられるのか、見当がつかないのです。最近は成形段階で多少コントロールが出来て失敗が減りましたが、陶彫を始めた頃は罅割れどころか大きく真っ二つに割れて、そのまま私は布団を被って寝込みたくなった記憶があります。失敗から多くを学び、その後は調整をして大きな失敗はなくなりました。それでも想定外のことは毎回頭を過ぎります。またそれが面白いからこそ陶彫制作を続けていると言っても過言ではありません。陶土の乾燥や焼成があるため、陶彫制作には待つという期間があります。石彫や木彫ではそれは制作者の休息を意味しますが、陶彫の待つというのは制作行為なのです。これは待たなければ完成に向かうことができない重要なもので、教職との二足の草鞋生活の中で、待つ行為は大変有効でした。その期間で公務をやっていたからです。今は待つことで身体ための休憩があって、年齢が原因かもしれない疲労が取れるのではないかと思っています。
2022.09.18 Sunday
昨日から明日にかけて三連休になります。今日は大型の台風が九州に居座っているため、横浜でもどしゃ降りの雨があったり、突如止んだりして、天候がよく変わる一日でした。今日はいつも来ている美大生と美大受験生が工房にいました。気温は涼しかったのですが、湿度が高く凌ぎ易いとは言えませんでした。今日は朝から夕方3時まで作業を行いました。三連休と言えどもどこに出かけるわけではなく、制作三昧で過ごしました。内容は窯入れの準備として乾燥していた8体の立方体に仕上げを施していました。陶土は柔らかいため指跡が残り易く、ヘラで丁寧に作っていたとしても平らにすることが出来ないのです。そのため陶土が乾燥してから表面をヤスッて滑らかにしています。陶芸は指跡を残したり、釉薬を流したりして、その味わいを独特なものにするところが醍醐味ですが、私はそうした雰囲気を消し去り、焼き物ではなく一見錆びた鉄のように見せています。それは焼き物をユニットとして構成の一部にしているためで、集合彫刻をやるための条件なのです。工芸品としての器を作らない私にしてみれば、陶土はあくまでも彫刻の素材に過ぎません。どうして器を作らないのかと人に問われたこともありましたが、私は陶芸ありきではなく、彫刻ありきなので、あれもこれもやることが出来ないのです。自分は余程不器用なのだと思っていますが、もし陶芸をやるとすれば一から研究することになります。それよりも彫刻のイメージを優先して、次から次へと彫刻作品を生み出していきたいと願っています。今日は地道な作業の積み重ねを行う日常を過ごしました。明日も継続です。
2022.09.17 Saturday
週末になりました。今週を振り返ると、やはり東京の美術館・博物館3館に出かけたことが印象に残っています。行った先は東京都美術館、東京国立博物館、国立新美術館で、首都圏では代表格にあたるところばかりでした。「ボストン美術館展 芸術×力」、「故宮の世界」展、「二科展」と出かけた展覧会を並べると、どれも存在感があるものばかりで、美術鑑賞に関しては充実した1週間でした。「ボストン美術館展 芸術×力」では各国の美術よりも日本の二大絵巻に注目してしまい、「故宮の世界」展ではバーチャルリアリティによる紫禁城の内装や美術品・工芸品の数々を楽しみ、「二科展」はわが国では最大規模の公募団体による現代美術の現状を見てきました。言うなれば東洋美術を堪能した1週間であり、古代から現代までを網羅した内容になりました。創作活動では水曜日以外は全て工房に出かけて、陶彫制作をやっていました。水曜日は2つの美術館・博物館を巡ることを考えて、工房へは行かず朝から美術館へ出かけて行きました。因みに月曜日と火曜日と金曜日の昼ごろにやっている水泳の習慣は、いつも通りにやっていたので、それを考えると結構疲れた1週間だったかなぁと思っています。加齢のせいとは思いたくない私でも足腰が痛くなってしまったため、家内には痩せ我慢をせずに告げることにしました。こんなことではコロナ禍がさらに落ち着いて海外旅行のハードルが下がっても、世界遺産を巡る旅は夢のまた夢になってしまう事態になりかねないので、足腰を鍛え直す必要がありそうです。陶彫制作は相変わらず元気に取り組みました。陶土を練ったり、大き目のタタラを掌で叩いて作ったり、成形や彫り込み加飾もやっていました。これが毎日の仕事の基盤となっていて、朝になると取りあえず工房に出かけて、制作を継続しています。陶彫制作は陶土の乾燥具合に左右されるので、自分の事情で休むわけにはいかないのです。今日から三連休が始まりましたが、陶彫制作に休みはありません。いつも通りの日常が待っているだけです。