Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 3年ぶりの従兄弟会
    正月になっても親類縁者が集まることが暫くなくなっていました。新型コロナウイルス感染症の影響で、職場でもプライベートでも飲み会はやらないようになっていました。最近はコロナ禍でも規制が緩和され、飲み会が復活しています。その格好な機会が正月ですが、私の親類は両親が亡くなってから疎遠になって、もう集まることがなく、妹一家とも正月には会っていません。家内の親類も親の世代は亡くなっている人が多く、その次の世代の人たちが集まって懇談をしているのです。従兄弟会と称して毎年やっていたものですが、ここ3年間は中止をしていました。それでも私の個展にはよく来廊してくれる従兄弟が多く、話題が豊富な親類として、家内も私もこの機会を楽しみにしていました。どうしてそんなに結束力があるのか、それは親世代に関係しています。親世代の人たちは鹿児島県の奄美大島出身で、若い頃にみんなで首都圏に出てきて、とりわけ学問や芸術方面で身を立てた人たちなのでした。家内と付き合い始めた若い頃に、私は彫刻の話が出来る学者肌の人たちや声楽家の家にお邪魔していました。職人肌の私の両親とは違う文化を彼らは持っていて、私がその時に興味を持ち始めた哲学や考古学の専門家がいたことで、私は嬉しく感じていました。奄美大島から出てきて兄弟で力を合わせ、学者等の地位を築いた人たち。本土では苦しかったこともあっただろうに…と思っていますが、その子どもたちが毎年どこかのレストランに集まって正月の懇親会をやっていたのでしたが、漸くコロナ禍の規制が緩和されたので、今日は久しぶりの再開になりました。今年は新宿のイタリアン・レストランで総勢14人で従兄弟会を開催しました。これで私もやっと今年が例年通りスタートした気分になっています。
    「青春のピカソと最期のセザンヌ」と「カンディンスキーとロシア革命」について
    「死と生の遊び」(酒井健著 魁星出版)の2つの単元をまとめます。ひとつは「夜が太陽になるとき」と題された単元で、青春のピカソと最期のセザンヌのことが論じられています。ふたつ目は「解き放たれる幾何学の生」と題されたカンディンスキーとロシア革命のことが書かれていました。まずピカソから。「自分を取り巻く近代の悪霊に抗い、それを祓いのけてゆかねばならない。トロカデロ博物館の黒人芸術から悪魔祓いの精神を学んだ25歳のピカソは、そこにさらにニーチェが語った反キリスト教文明、反近代文明の意志を、つまり力強き生命への意志をもりこんで、《アヴィニョンの娘たち》の制作へ向った。~略~黒人芸術の仮面を悪魔祓いと見抜いた点は正しい。だが未開民族の仮面は、悪魔祓いと同時に交霊という要素も持っているのである。矛盾したことに、彼らは、祓いのけたいと思っているその霊と交わりたいとも思っているのだ。顔を醜いほどに解体させて未知の恐ろしい霊と同じ次元に立ち、そうして彼我の違いなく交じりあいたいと彼らは欲している。これは、アフリカの黒人だけでなく古代ケルト人など自然崇拝の民族に共通して見出せる傾向だ。ともかく黒人芸術の仮面においては、霊を祓いのけ自分を守りたいというせっぱつまった生存への意志と、自分を捨ててその霊とぜひとも融合したいという霊に開かれた自己消滅への意思が交錯している。」次にセザンヌ。「『夜はまた太陽でもある』とニーチェは語ったが(『ツァラトゥストラ』第4部『酔歌』第10節)、最晩年のセザンヌはこの境地へ達していた。夜の感情は、自分では描ききれぬほど豊かな生命世界に接していることの証しなのだ。そう思える境地へ最後のセザンヌは達していた。」さらにカンディンスキー。「カンディンスキーは『点、線、面』(1926年)などの理論書で、直線には無限の運動可能性が、点には小世界が、円には宇宙的な無限の可能性があると説いているが、これは彼が聞き取った幾何学図形の多様な声のほんの一部にすぎない。それに、たとえこのような限定された意図でのみ図形たちが描かれたとしても、すぐれた芸術作品は作者の意図を超え出る力を放っているものなのだ。~略~1918年以来、彼は革命政権から文化行政の要職を次々にまかされたが、地方に22の美術館を開設していくときにも、自分の美意識とは相容れない流派の作品にその価値を認めて館内を多様性の沃野とした。~略~だがロシアの祝祭の時代は長くは続かなかった。1920年代に入ると、革命政権は、経済難、さらに他国からの干渉戦争に対処すべく、生産性の重視と思想の統制を鮮明に打ち出してゆくようになる。その影響は文化行政の分野にも及んだ。非生産的で自由奔放な抽象画への風当たりが強くなっていったのである。」
    2023年はどんな年に?
    新しい年になりました。2023年はどんな年になるのか、昨年はさまざまな事件があったので、今年は平和で平穏な1年間になるよう願っております。私自身は今年も創作活動一本でいこうと決めていて、そのための健康や環境整備の祈願を初日に行なうことにしました。ここ2年ほどはコロナ禍であったり、母が亡くなったこともあったりして、元旦の定番となる過ごし方をしてきませんでした。今日はずっとやってきたことをもう一度やり直すところから始めました。朝起きると、私は山林にある小さな稲荷に、細かく刻んだ餅と油揚げを持っていきます。山林と言っても猫の額ほどの小さな土地ですが、土地の名目は宅地ではなく山林となっています。嘗て周囲は雑木林が続いておりましたが、宅地造成が進み、僅かに残った私の所有する山林があるだけです。稲荷は祖父母がどこかに捨てられていたものを拾ってきて祠を建てたもので、それからというもの祖父の大工や父の造園業が軌道に乗ったと祖母が言っていました。でも私の彫刻は一向に売れないので眉唾物かもしれませんが、先代から続いている行事を止める理由はないので、私はこれを続けているのです。祠の中に入っている札は毎年換えています。それから私は菩提寺である浄性院の住職に新年の挨拶に出かけました。墓掃除は昨日済ませていて、祖先に花を手向けていました。午後から家内と東京赤坂にある豊川稲荷に出かけました。毎年ここで祈祷をお願いしていて、木製の札を頂いてきています。祠に入れる小さな札も手に入れてきて、帰宅前に山林に立ち寄り、祠に札を納めます。私は決して信心深いわけではありませんが、元旦は親から受け継いだ一連のことをやっているのです。こうしたことは自分の心情のためにやっているのだろうと思っています。私は特定の宗教に身を置くことはしていませんが、信仰する心は持っています。信じることで心安らかになり、創作活動が快く始められると思っているのです。2023年をどんな年にしたいのか、それは創作活動に邁進できる年にしたいと願うのは言うまでもありませんが、自分の健康管理や社会的な情勢も関係してくるのは、昨年の社会的動向を見れば明らかです。昨年よりも今年は良い年にしたいと願うのは私だけではないでしょう。
    2022年HP&NOTE総括
    2022年の大晦日を迎えました。今年は、世界情勢を見ると世界史に残るような大変なことがありました。ロシアが隣国ウクライナに軍事侵攻し、21世紀の今日に、前世紀のような戦争の惨劇を見ることになりました。それによって西側諸国が結束し、早めに終えられると目論んでいたロシアは、現在も戦争状態にあります。わが国もキナ臭い国家が周囲に複数あるため、防衛費を増やして自国の防衛に努めようとしているところです。そんな不安定な世情を反映してか、さまざまな物価が上昇し、私たちの日常生活が脅かされています。国内に目を移せば、参議院選挙遊説中に安倍元総理が凶弾に倒れ、国葬が執り行われました。国葬には賛否両論があって、私たち国民感情が必ずしも反映されない政治に不信感も漂いました。そこが要因になって政治家と新興宗教の繋がりが浮き彫りにされました。今の状況は必ずしも安定したものではないことを今年くらい実感した年はなかったと思っています。スポーツの世界ではメジャーリーグやサッカーワールドカップでの個人やチームの善戦に力を貰ったことがホッとできたニュースでした。創作活動では今年17回目の個展が開催できました。17年間1回も休まず個展が出来たことは、本当に幸いなことで、周りの人に助けられながら何とかやってこれたのかなぁと思っています。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、私は作品の完成よりも作品を作り続けていること自体が好きで、これが永遠に続くことを願っているのです。陶土の前で悩み苦しむことが幸福と感じることが暫しあるからです。現在作っている22cmの陶彫立方体を雛型に喩えて大きな建造物を造っている錯覚に陥ることもあり、楽しい夢を見ている感覚に自己満足を覚えます。最後にホームページについて触れておきます。このホームページは私の創作活動の面から情報発信をしているもので、画像は陶彫作品とRECORD作品に限られています。カメラマンと相談しながら画像の構成をしていますが、今後はさらに充実させたいと考えています。NOTE(ブログ)は日々の記録ですが、日記というより展覧会や書籍等から得た知識、作品の進行具合など思いつくまま書いています。拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。
    22’師走を振り返る
    明日は大晦日で、毎年31日にはホームページの年間総括を行なっています。その関係で今日は今月の振り返りを行うことにしました。12月は明日も工房に行くことにしているため、31日間のうち、明日を含めると29日間を工房に通ったことになります。工房に行かなかった2日間は親戚のミカン畑にミカン狩りに行った後、「江之浦測候所」に立ち寄った日と、東京都庭園美術館に行った日の2日間になりました。残りの29日間は陶彫制作に費やし、22cmの立方体作りに明け暮れていました。新作は木材は使わないつもりでいました。最近まで陶彫だけで来年の個展会場を飾ろうと計画していましたが、私がオーナーを務める集合住宅「RAUM」が今年になって完成し、そこの階段下の広間に作品を置くことにしたので、この急遽作ることになった新作に厚板材を使用いたします。新作イメージはほぼ出来上がっているのですが、来月から実際に作ることになります。今月は只管陶彫の立方体を作っていたのですが、同じサイズの作品制作の繰り返しの中で、陶土に触れるのが日常になって、毎日同じ時間帯に工房に籠っているのです。それは今月に限ったことではありませんが、最近は理想として未来永劫こうした時間が続くといいなぁと思っています。勿論作品は完成して個展で発表していくものですが、私自身は自らの創造世界の終結点が考えられないでいます。究極すれば命尽きるまで同じ時間帯を相原工房で過ごしていたいと願っているのです。それはさておき今月の鑑賞について記します。美術鑑賞は小田原市にある「江之浦測候所」に行って来ました。さらに「機能と装飾のポリフォニー」展(東京都庭園美術館)、「加藤正・萌展」(ギャラリー田中)に行って来ました。映画鑑賞では「THE FIRST SLAMDUNK」、「アバター:ザ ウエイ オブ ウオーター」(両方とも鴨居ララポートTOHOシネマズ)を観てきました。鑑賞としては充実していたと思っています。読書は「死と生の遊び」をとつおいつ読んでいて、内容を楽しんでいます。一日1点ずつ描いているRECORDは相変わらず遅れ気味です。これを何とかしたいと思いつつ今年が暮れていきます。