2017.08.29 Tuesday
先日、1通の封書が自宅に届きました。母宛の手紙でしたが、差出人は母方の甥にあたる人でした。母の弟、つまり私にとっては叔父ですが、7月末に病気で亡くなり、8月に先祖の墓に埋葬をしたという内容でした。NOTE(ブログ)は私の記録でもあるので、親戚が亡くなった場合には必ず書くようにしています。叔父は理由があって遠くで暮らしていました。叔父の子どもたちは叔父のことをよく知らず、遺骨だけ引き取ったようです。私は幼い頃から叔父によく遊んでもらっていた関係で、叔父とは親しい間柄でした。私が生まれたところは、横浜と言えども農村地帯で、周囲には田畑が広がっていました。母は東京蒲田で生まれていたので、母からすればよくぞこんな田舎に嫁いだものだと思っていました。母の実家は和菓子屋をやっていて、向かいには映画館があったというのですから、嫁ぎ先でのカルチャーショックは大きかったではないかと察します。母の実家は蒲田を引き上げて、横浜の中心(西区)にやってきていました。その頃の私は、横浜の街中で叔父と遊んでもらっていたのでした。舗装された道路が珍しかった時代で、道路にチョークで絵を描いて遊びました。母方の祖父に商店街にあるおもちゃ屋で電気仕掛けのロボットをねだったりしました。クリスマスにそのロボットが届いた時は、祖父はサンタクロースなんだと本気で信じていました。そんな思い出の中に叔父がいました。その叔父とは30年以上も疎遠になっていたので、叔父がどんな生涯を送ったのか、私にはわかりません。ただただ冥福を祈るだけですが、久保山にある先祖の墓に入れたことで、叔父は安らかに眠れているのではないかと思っています。
2017.08.28 Monday
スイスの彫刻家・画家であったジャコメッティは、自己疑念に陥って、それまで熱心に作っていた自分の作品を破壊する行為もあったようです。私も20代の頃は、自分の作品をよく壊していました。私の場合のそれは高尚な理想からくる破壊ではなく、稚拙な技能による自己嫌悪に他なりません。ジャコメッティのモデルを務めた哲学者矢内原伊作の著作の中に、ジャコメッティの創作へ向かう真摯な姿勢が描かれていて、若かった私は共感を覚えました。自己を確立したわけでもないのに、私は初めから自己疑念に陥ることがあって、とにかく人体塑造による空間デッサンをやっていれば、彫刻家として人並みに何とかなると信じていました。自己疑念に深く沈むと、危うい人生が待っているような気がして、深追いは止めようとさえ思っていました。もっと陽気に振る舞えれば気分が楽になるのになぁと、若い頃はいつも感じていました。救いとしては神経が自分が思うほど細くなく、心が病んでしまうことはありませんでした。それでも家内と付き合い始めた頃の私には悲壮感があったらしく、よくぞ家内が一緒にいてくれたものだと今でも思っています。私の自己疑念は、人生半ばで方向転換をしていったようで、自分の造形表現が確立されると、健康的な精神が宿ってしまったのではないかと振り返っています。それでも自分の造形表現に今も満足は得られませんが、不安定な精神状態からは解放されました。ジャコメッティの作品を見ると、自己疑念に陥った頃の自分を思い出すのです。
2017.08.27 Sunday
8月の週末が今日で終わります。今月の制作目標とした新作の陶彫部品6点の成形は終わりませんでした。6点の陶彫はテーブル彫刻の床に置く大きめの部品で、今月は成形が2点だけ終わりました。土錬機の不具合があり、分解掃除をしたり、モーターを休ませていた関係で、陶彫は諦めてテーブルの脚になる木彫をやっていました。木彫は8本終わりました。来年までにテーブル彫刻を大小4点作る予定です。そのうちのテーブル2点の脚を彫り上げたことになります。今月の週末の成果としてはまずまずかなぁと思っています。週末を全て制作に使えたわけではなかったので、それを考えれば頑張った方ではないかと思いました。というのも、台湾旅行があったり、美術館や映画にも行ったので、週末の過ごし方としては充実していました。今日は久しぶりにインドネシアから昨日帰ってきたスタッフが工房にやってきました。彼女はインドネシアでも制作をやっていて、来月には東京でグループ展が控えているため、さっそく出品する作品に取り組んでいました。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、私と関わりのある若いスタッフが工房を利用してくれることを私は歓迎しています。私自身も彼らから刺激をもらえるからです。今日やってきたスタッフは、数いるスタッフの中でも一番刺激的な子です。彼女は思索に富み、常に新たな技法を開発しています。スタッフ同士、または私とも切磋琢磨できれば本望です。私は今日の午前中は柱の木彫を行っていました。午後は土練りをしていたところ、先日土錬機の分解掃除をした際、ボルトナットが錆びていて、これを全て新しいものに換えようと思っていました。うっかりそれを忘れて土を練ってしまいましたが、途中で止めて、ボルトナットを買いに行きました。練りかけた土は水を打ってビニールで包みました。来週末までこの状態で過ごせないので、ウィークディの夜にボルトナットの交換と土練りに来ようと思っています。
2017.08.26 Saturday
週末になって久しぶりに工房に行きました。工房は私の個人的な仕事場で、他人には貸していません。前に依頼を受けたことがありましたが、お断りをさせていただきました。工房には週末に限らず、若いスタッフが出入りしています。スタッフと言う以上は私の作品を手伝ってくれることを条件としていますが、手伝いは年中あるわけではなく、スタッフは自らの制作に時間を費やしています。スタッフは私と関わりのある子たちばかりです。私と知り合ったことで創作の道に入った子を、工房でサポートするのが目的です。今日は今年の4月に大学に入学したばかりの子が初めて工房にやってきました。彼女が中学生の頃、進路で悩んでいた時に私がアドバイスしたことが契機になり、デザイナーの道を目指すことになったのでした。武蔵野美術大学で空間演出デザインを専攻する彼女は現在のところ、モードやイベントの演出がやりたいようです。業界の仕事はなかなか厳しいものがあると察しますが、自分の夢に向かって頑張って欲しいものです。もう一人、美大付属高校に通っている時から工房に出入りしている子もやってきました。この子はヴィジュアルデザインを専攻していて、将来はアニメーター志望です。これも厳しい仕事ですが、前向きな姿勢を見ると応援をしたくなります。2人はまだ18歳で、次世代の工房スタッフと言えそうです。私は新作のテーブル彫刻の脚の部分の木彫をやっていました。台湾から帰って久しぶりに鑿を握りました。明日も頑張ります。
2017.08.25 Friday
私は私物の寸胴鍋を職場に置いています。事あるごとに大鍋コミュニケーションと称して、職員に豚汁や鳥汁を振る舞っているのです。これは仕事上の人間関係の改善を図る経営戦略であり、料理を作って皆に食べてもらいたい私の趣味の押しつけでもあります。当然自腹で食材を買ってきますが、調理は職場の用務員室を使わせていただいています。通常の鍋料理は一日で野菜を切るところから完成までいきますが、今回のビーフシチューは前日からの仕込みが必要で、これは自宅で家内に手伝ってもらいました。玉ねぎや人参、セロリ、ニンニクなどを牛肉と一緒にカタチがなくなるまで煮込むため、昨日から数時間かけて鍋を火にかけていました。赤ワインもアルコールを飛ばすため早い時期に入れておきました。目安は40人分です。牛肉は完全に煮込んでカタチをなくしてしまうものと、ブロック肉の表面を炙ってカタチを残すものとに分けていて、ブロック肉は触感を楽しむために、シチューがある程度出来上がってきたら入れるようにしました。味付けは私なりに工夫をしていて、バターや香辛料を効かせた濃い目の味付けにしました。紙皿にシチューを入れた時にサワークリームを少々落として完成です。予めベーカリーに注文をしておいた手作りのパンを添えて、今日は40人に振る舞いました。やはり2つの職場が合同で食事を楽しむ時間は、大変楽しく即座に仲良くなっていきました。ビーフシチュー・コミュニケーションは大成功でした。どうやら昨夜から私は調理にずっと神経を使っていたようで、妙な疲れ方をしました。それでも職場関係が円滑にいくなら申し分がありません。