2024.04.07 Sunday
日曜日になり、創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていきます。現在私が作っている陶彫作品は365点で構成する集合彫刻ですが、従来の私が作ってきた集合彫刻とは違ったコンセプトがあります。従来の集合彫刻とは、単体で見せる作品ではなく、全体の彫刻を形成する部品を組み合わせて作っていくものです。私が集合彫刻を作ろうとした意図は、陶を素材として使うのを決めたことで、この方法を採用せざるを得なかったのでした。陶は焼成を要するので、窯内の大きさに限界があり、巨大なものを作るとすれば、陶彫部品を数多く作って組み合わせるしか方法がなく、ましてや私の「発掘シリーズ」は古代の住居跡のような空間のイメージがあったので、全体のイメージを分解し、それぞれの部品を何回かに分けて制作し、焼成後に集合させたのでした。ところが2年前より作っている陶彫立方体は、それぞれが独立した単体で、同じサイズで統一した作品です。それを場に応じて集合させたり、拡散させたりして見せていく集合彫刻なのです。従来の集合彫刻ならば、部品が一つ足りなければ、そこがポッカリ空いて構成が成り立たなくなりますが、現行作品ではそれがありません。これは集合彫刻と言えども、かなり大きな違いがあると考えます。この陶彫立方体は限りなく作っていかれるものですが、1年間という範囲限定をして、ひとつずつに日付を刻印することにしました。私としては従来にない考え方で作っているのですが、日付があるといっても日記性を持ちこむことについてはやや希薄です。正直に言えばあくまでも1年間という範囲限定をしただけに過ぎません。これは従来の集合彫刻とは違ったコンセプトで作ったことが、私にとっては重要なのです。
2024.04.06 Saturday
4月に入って最初の週末を迎えました。今週を振り返ると、陶彫制作に拍車をかけた1週間を過ごしました。工房で過ごす時間は基本的に午前9時から午後3時までにしていましたが、日によっては3時以降になることもあって、陶彫立方体を頑張って作っていました。春休みが最後を迎えた美大生も毎日工房に顔を出し、自らの課題や来月予定しているグループ展の作品を作っていました。春になって寒暖差は激しいものの真冬のような寒さはなく、作業をするのに適した季節になったと感じています。桜が開花を迎え、工房周囲の花々が咲き始めました。遠くの山にもところどころに桜があったのかと花が咲いたので気づきました。これはまさに日本の風景だなぁと思います。私の手元には陶土があって、これも日本文化を担う重要な素材のひとつです。表現分野としては彫刻ですが、毎日陶土を触っている私は日本人として自覚があるとも言えます。毎日来ている美大生は染めのデザインとして植物デッサンをしたり、平面構成をやっているので、彼女も日本人らしいことをやっています。今月に入ってシュルレアリスムについての書籍を読み始めました。こればかりはヨーロッパ発祥の芸術運動なのですが、日本人にシュルレアリスムがよく浸透しているところを見ると、日本人はシュルレアリスムが性に合っているのかもしれません。私の自宅の書棚にもシュルレアリスム関係の書籍が数多く並んでいます。ただし、詩的文体で綴られた文章は瀧口修造だろうとアンドレ・ブルトンだろうと私にとって難解であり、同じ匂いが漂います。そんな難解さと闘いながら書籍を読んでいこうと思っています。
2024.04.05 Friday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「詩と実在」は詩的な文体で綴られた単元で、どこを切り取っても密度のある内容に圧倒されますが、私は敢えて2箇所を選抜してピックアップさせていただきました。「詩は絶対を方向したように見えた。つねに絶対は方向から隠蔽するように見えたにもかかわらず。しかし詩における絶対の探究のなかには実在性がいつか結合されているのに気づく。詩はユニークな無、あるいはそれを必ずしも二元的な立場からではなくて、論理的に無詩ということのできるものから出発することは真実である。ぼくはぼく自身で定義したいのだが、無はいつも超感覚的であり、超存在的である精神をもっている。詩は文学上の他と同じような一形式にすぎないと誰れしも信じさせられながら、詩は反存在であるという明白な確信を同時に抱かされた。」瀧口修造は評論家であると同時に詩人でもあり、この「詩と実在」は我が家の書棚にある「瀧口修造の詩的実験1927-1937」(思潮社)に掲載されていました。「いわゆる言葉の錬金術がいかに中世的な趣味と人生観に満ちているかは今日明白な事実であるが、それが文学とくに詩的形式と呼ばれるものの多くの詩人に対する致命的な陥穽となっているにもかかわらず、詩に対する、または少なくとも作詩に対するひとつの信仰が継続する限りにおいて(あるいは詩的形式を単に世襲財産として尊重している限りにおいて)、それは今日もなお多種多様な変形として存在するのである。しかし言葉のもつ正確な制限はきわめて重要である。この内部には言語作用に対する正確な処理、したがって表現形式の範囲が規定されるだろうからである。」詩をいかに考えるか、言葉の表現に対する詩人の真摯な姿勢を感じ取れる箇所だと私は思います。
2024.04.04 Thursday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「ダダと超現実主義」について後半部分の気になった箇所をピックアップいたします。「ダダはあらゆる形式を廃止しようとして、ほとんどそこに犠牲のなにものをも思考しえられない運動を開始するのである。この運動は完全に接近するにしたがって、いよいよ『無』を代表する一体系を創造する。あらゆる現象を無視した運動の方向は先天的な存在を暗示する。」私はダダイズムの当事者ではなかったため、なかなか思考的にもイメージできないのが正直な感想です。「象徴主義は全能力を秘密の表現あるいは仮想にそそいだのに対して、超現実主義はそれの分析、露出等、無意識界の探究に関するあらゆる複雑な心的運動を展開した。フロイトの精神分析への興味はその結果である。彼らが現実に対して超現実と呼んでいる夢はたんに対象として現実へ付加したものではない。夢は客観的な組織体として現実に対立している。この夢の現象はおそらく人間の原始時代においてすら神秘の創造として、意識に反映したであろう。」フロイトの「夢判断」は現代精神分析学では古典の範疇ですが、私はこれを読んで、夢と超現実に思いを馳せた時がありました。さらに論考が進んで、ある詩人に紙面を割いた箇所がありました。「与えられた精神の状態としての超現実主義はルイ・アラゴンにおいてもっとも自由な詩的運動の範囲を供給した。彼は唯一の形而上学者である。しかし彼の理性は先天的結晶のそれである。彼はかく告げる時をもつ。『ぼくの関心事は形而上学である。白痴ではない。そしてけっして理性ではない。理性を持つことはぼくには極めて少量の関係があるだけである。ぼくは具象を求める。なぜぼくが話すかの理由である。人びとが言葉の条件や、表現の条件について論ずるのをぼくは認めない。具象はポエジー以外の表現を持たない。人びとがポエジーの条件を論ずるのをぼくは認めない。…』(『パリの農夫』)そして『具象、それは描写不可能である』ともいう彼の詩には純粋な官能の時間のみが流れる。」私は既存の知識をもって、超現実主義をある程度把握しているために、アラゴンの詩にも腑に落ちる部分がありますが、予備知識がなければ、超現実主義はかなり難解ではないかと察します。
2024.04.03 Wednesday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)には著者の「覚えがき」があり、そこには「この本は、1930年から1940年までに、主としてシュルレアリスムについて、または多かれ少なかれその影響下にあった時期に書かれたものを集めたものである。」とありました。それは私がまだ生まれていない時代で、若き瀧口修造が欧州で興った新しい芸術の潮流を血気盛んに取り入れて論じ、文章そのものが溌溂とした趣向に溢れていると感じました。「ダダは否定と肯定との同時的論理家である。たとえばトリスタン・ツァラの宣言書はあらゆる既成状態への否定意志の結晶であると同時に、その態度は高貴な論理によって、ひとつの精神構成によって飾られている。抽象的な極大な否定はひとつの純粋な肯定に到達するということがいわれないであろうか。ダダにおいて、反語は、ひとつの独特な真理を有している。」ダダイズムが既成の概念を壊していく行動の時代を私は知らず、先輩の芸術家たちの記録でしか、時代遅れの私は調べようがなかったのでした。ただ、変革の時代に立ち込めていた空気を私は理解しようと努めていました。「超現実主義が認めた夢はけっして現実的な生理的な夢ではない。人間の精神が証明の影の馬のように駆ける霊感の夢である。超現実主義の功績は霊感の範囲を拡大したことである。人間性の底知れぬ深さにまで彼らの想像の光線を導きつつあることである。超現実主義はその精神において、現在における現実上の倫理観念、社会観念、芸術観念を認めないであろう。それは現実に対する永遠の革命、純粋な人間精神の発露の関する限りにおいてである。」ダダイズムからシュルレアリスムに発展する時代の変遷が多少落ちついてきた頃に、私は芸術の門扉を叩いたので、こうした宣言文にある若く猛々しい叫びを、私は直接被ってはいませんが、先輩諸氏の足跡だけは前衛作品を扱うギャラリーで見ることはありました。美術史の一幕として収める前に、もう一度原点を振り返る必要があるかもしれないと感じるこの頃です。