2022.07.12 Tuesday
「彫刻の歴史」(A・ゴームリー M・ゲイフォード共著 東京書籍)は彫刻家と美術評論家の対話を通して、彫刻の歴史について語っている書籍です。全体で18の項目があり、今日は2番目の「壁を跳ね返せ」について、留意した台詞を取り上げます。「絵画と彫刻のあいだに横たわる根本的な違いは、彫刻の場合、我々が生きているこの世界にいままで存在していなかったものを持ち込むことで、瞬く間に世界を変化させてしまうということだ。なにかを再現するというよりも、むしろ変える能力こそが、彫刻というものを傑出した芸術にしているのは間違いない。絵画が壁に依存しているのに対して、彫刻は、この世界に対して、一旦脇へ避けて場所を譲ることを要求する。絵画はその長い歴史において、もうひとつの世界へと向けられた窓であり、従って描かれる対象に依存してきた。」(A・ゴームリー)「ひとりの芸術家が、この絵画対彫刻の論争について自身の見解を記録に残しています。レオナルド・ダ・ヴィンチです。形態と量感、とくに人体のそれを理解することが重要だと強調するフィレンツェの伝統に抗して、彼は絵画こそが至高の芸術なのだと主張します。あまねく宇宙を、そしてそれが内包するあらゆるものを描けるから、と。もうおわかりでしょうがミケランジェロはそれには同意しません。」(M・ゲイフォード)「それならばもちろん僕はミケランジェロの側につく。絵画とはいつも二次的なものだ。それに対して彫刻はある種の空間の置き換えだ。それがうまく機能する場合には、自分自身が自分のからだに宿ることも含めて、あらゆるものの再検討を要請するものだ。それゆえに、変容をもたらす媒介ーそれが芸術のあるべき姿だとすればーとしての彫刻の可能性は、絵画のそれよりもはるかに大きい。」(A・ゴームリー)「空間をどう表すかとなると画家というのは本当に夢中になりますけれど、ジャコメッティは彫刻によってつくり出した空間を、私たちの暮らす現実の空間に関連づけようとします。~略~彼は人間のもろさというものを痛切に意識していました。たしかに私たちはいくつかの媒介変数の、ごく狭い範囲のうちに存在するほかはありません。気温や気圧の数値がほんのわずかに上下するだけで、私たちは大問題です。」(M・ゲイフォード)「見るということを可能にするだけの隔たりを、どうにかして認識しようという努力が、彼の彫刻を2本の指のあいだに隠れてしまうほどに縮めてしまった。彼がやっているのは空間を彫刻する試みであり、その結果として空間がどのように物体に作用するかという試みである。彼の人物像は作品のモデルについての探求などではなく、モデルと彼を隔てる空間についての探求なんだ。」(A・ゴームリー)絵画対彫刻の比較検討から空間認識に至るまでの対話を、時代に関係なくピックアップしました。今回はここまでにします。
2022.07.11 Monday
「彫刻の歴史」(A・ゴームリー M・ゲイフォード共著 東京書籍)は彫刻家と美術評論家の対話を通して、彫刻の歴史について語っている書籍です。全体で18の項目があり、今日は1番目の「身体と空間」について、留意した台詞を取り上げます。「先史時代の人々の芸術が残された洞窟を訪れるとき、手の抜き型にせよ、掌に顔料を塗り押しつけた手形にせよ、そこで最初に残された印は、身体をなんらかのかたちで直接壁に転写したものだ、としか考えられない。プリニウスの『博物誌』には、コリント人の娘がやがて戦地に旅立つ恋人の影の輪郭を壁になぞったという話が出てきて、それがなにかのかたちを再現した芸術の起源だとされている。この逸話は、ドローイング(線描画)の発端だけでなく、立体的な造形の発端にとっても、非常に根源的な考え方を含んでいる。というのも彼女が描いた輪郭線に沿って、彼女の父親〔陶工のブタデス〕が粘土でレリーフ(浮き彫り)をつくって焼いたからだ。」(A・ゴームリー)「そうしてみると、やはり人類最古の芸術家は女性だったのかもしれませんね。一方でほぼ間違いないのは、女性たちはまた、数多くの芸術にとって重要な主題であったことです。」(M・ゲイフォード)さらに芸術の大事な要素とも言うべき虚構についての言及がありました。「想像力ーつまり、なにごとか実際に起こっていないような事態を受け止めることーこそ、私たち『知恵ある』者の最大の能力なのかもしれません。ハラリ(歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ)の議論によれば、私たちとそれにごく近い霊長類を分けるのは進化する能力、そして集団で同じ虚構を信じられる能力です。彼はとくに貨幣と法律の例を挙げていますが、これはどちらも『もの』ではありません。物理的な現れかたをすることはあるかもしれませんけれど。~略~具象的な絵画や彫刻というのもまた虚構、つまり現実にそこにない事物を表したものです。」(M・ゲイフォード)芸術をする行為は人間の証であり、またそうした能力を持っているからこそ成し得た進化と言えます。今回はここまでにします。
2022.07.10 Sunday
週末になると、美大受験生や美大生、後輩の彫刻家がそれぞれの課題をやりに工房にやってきます。工房は賑わいを見せ、4人が個々の場所に分かれて制作に没頭する空気が流れています。社会的促進によって私も最新作の陶彫制作に励んでいました。工房が良い雰囲気を保てているのは、若い世代のパワーに他なりません。私は仕事を退職してから週末とウィークディの区別がなくなりましたが、若い世代の人たちがやってくることで、今日が週末であることを実感しています。今日は来週に迫った個展搬入のために運送業者が今回の荷物の状態を確認に来ました。どのくらいのトラックを手配するべきか、見積もっていきました。それがあって私は愈々個展が始まるという高揚感が俄かに湧いてきました。夕方、工房を閉めてから家内と参議院選挙の投票に行って来ました。私は海外にいた5年間以外は全て選挙には出かけています。20歳の頃、面倒臭がる私は両親から説得を受け、投票会場に連れて行かれたことを今でも何となく覚えています。当時の私は政治に興味が無かったのでしたが、教職に就いてから、民主主義を生徒に教えることで選挙の大切さを自分に言い聞かせました。学校管理職になってからは立候補者のマニフェストを読み込んで、この人にはどのくらいの実行力が伴っているか、政治家の人間性を探るようになっていました。職場での立場が変わると、私も世の中を良くしていこうとする意欲が芽生えてきたのでした。一昨日、安倍元総理が銃弾に倒れるという信じられない事件がありました。日本は銃社会ではないし、社会全体が安全だという神話が、これで一気に吹き飛んでしまいました。安倍元総理は私より一つ年上で、いわば同世代の総理大臣でした。外交力に優れ、超大国とわたりあって日本のポジションを上げた人だと思っていたので、かなりショックでした。生前はいろいろなことを言われていたとしても、この人の業績を認める人がかなり多いのではないかと感じました。
2022.07.09 Saturday
週末になりました。今週の工房での制作状況をまとめます。今月開催の個展搬入準備が整っているため、今週は最新作の陶彫制作に明け暮れました。最新作は毎日縦横22cmの立方体を陶土で作っています。先週はそのための土練りをやっていましたが、今週は成形と彫り込み加飾をやりました。一日1点制作を基本にしていますが、なかなか厳しいスケジュールだなぁと思っています。来年発表予定の最新作は従来の作品とは違う難しさがあります。私は毎日自分で決めたスケジュールで制作するのが好きで、階段を一段ずつ同じペースで昇るように創作活動をしていけたら、自分にとって最良な結果が残せるのではないかと考えたのです。ところが私はロボットではないので、思う通りに自分をコントロールできず、気持ちのムラが制作への緩急に現れてしまっています。ただ足元だけを見て、ペースを揃えて只管作るのが最新作の表現になるのです。今までの制作工程なら、それぞれの区切りがあって、そこまで無我夢中で作って、一区切りが出来たら、少々休憩をとって、再び次の段階へ向けて走り出すのが常でしたが、最新作には区切りがありません。常時、焦らず休まずの精神で制作を遂行するのが、今回自分が選んだ自己表現です。今週はそういうわけで陶彫成形と彫り込み加飾を繰り返す日常でした。個展期間中はずっとギャラリーせいほうに在廊する予定なので、私が工房に不在な日々をどのようにして挽回するのかが今月後半の課題かなぁと思いつつ、病気や事故などは未然に防ぐ努力をしなければならないとも思っています。
2022.07.08 Friday
今日から「彫刻の歴史」(アントニー・ゴームリー マーティン・ゲイフォード共著 石崎尚 林卓行訳 東京書籍)を読み始めました。先日まで読んでいた「美学事始」に比べると、本書は分厚い書籍で、鞄に携帯するには無理があるため、自宅の食卓に置き、折に触れて読むことにしました。「彫刻の歴史」の副題は「先史時代から現代まで」とありますが、本書は時系列で歴史を扱ったものではなく、独特な分類で構成されています。著者アントニー・ゴームリーは現代を代表するイギリス人彫刻家で、もう一人の著者マーティン・ゲイフォードは美術評論家です。この2人が対話する形式で18項目のテーマを扱っています。訳者はゴームリーを石崎氏、ゲイフォードを林氏が訳出し、その微妙なズレも著者2人の息づかいを伝えるものとして残してあるようです。私がこの持ち運びに難儀をした重量のある書籍を購入した要因は、掲載されている図版の豊富さにありました。しかも今まで見たことがないような不思議なものや奇怪なものまであって、その面白さに心を打たれたからに他なりません。本文に入る前に「私がここで議論したかったのは、ものの世界において、時の経過とともに彫刻がどんどん奇妙な物体になってきたとしても、彫刻には場所や文化、文脈、そして何千年もの時間を超えて一貫したテーマが横たわっているということです。だから『彫刻とはなにか?』という問いは『人間とはなにか?』という別のより大きな問いと密接に結びついているのです。」(A・ゴームリー)という内容を示唆するコトバがあり、「その領域は広大です。空間はもちろん時間という点でも。けれども私たちはそのすべてを渉猟しつくそうとは思いませんし、年代順に並べて調査しようとも思いません。本書の試みが進むにつれ、私たちはさまざまな時代や地域から選んだ作品を組み合わせて考えてみることを、刺激に満ちたーはっきりいえば楽しいーことと感じるようになったのです。こうして私たちは、遠い祖先たちが制作したものと、まさにいま創造されているもののあいだの連続を考えるようになりました。」(M・ゲイフォード)というコトバで、対話の一歩を踏み出すことになったようです。図版を見ながら楽しんで本書を読んでいこうと思います。