2022.03.31 Thursday
3月の最終日となりました。現在は桜が満開で、雑木林の中では所々生えている桜の木が目立ち、この時ばかりは桜が己を主張しているように感じます。昨年の今頃、私は管理職退職辞令交付式に参加していて、長年続いていた二足の草鞋生活にピリオドを打ったのでした。その時は35年間勤めた仕事に対して微妙な感情を持っていましたが、彫刻家一本の今となっては漸く心に整理がついた感覚があります。私の生活は単純極まりないものになりました。朝から工房に出かけて、丸一日を工房で過ごす生活で、自分の創作活動のみを見つめ続け、彫刻の素材と対話して、時に精神を追い詰めて、カタチを捻り出すことに終始しています。若い頃に理想と考えていた生活をもって1年間過ごし、ここで振り返ってみることも必要かなぁと思っています。まぁ、それは別の機会にして、まず今月を振り返ります。今月は31日間あって、そのうちの25日間を工房に通いました。ほぼ毎日新作の大規模作品の土台を作っていて、木材加工に終始していました。美術展鑑賞は2ヶ所に出かけました。「上野リチ展」(三菱一号館美術館)、「春日神霊の旅」展(金沢文庫)で、なかなか興味深い内容でした。一日1点制作のRECORDは遅れ気味です。昨年より時間があるのに夕食後ゆっくり寛いでしまう習慣がついて、ここはもう一度心を入れ替えて頑張ろうと思っています。読書では民俗仮面の書籍を読み終えて、現在はウィーン工房に関する書籍を読んでいます。読書はこのところ私にとって興味津々なものばかりで、読書に耽る夜の時間帯が楽しみになっています。今月は私事もあり、時間を追って書いていくと、まず3回目のワクチン接種に自衛隊大規模接種センターに行ってきました。久しぶりの歯科治療にも行きました。亡き両親の実家を解体し、そこに集合住宅を建てるために地鎮祭を行いました。それに関する融資書類を作りました。後輩の彫刻家のための写真撮影を工房で行いました。母の三回忌、父の十七回忌を菩提寺で行いました。明日から4月です。彫刻家一本の生活としては2周目になります。今年度を振り返りつつ、4月からの生活を継続して楽しみたいと思っています。
2022.03.30 Wednesday
「ウィーン工房」(角田朋子著 彩流社)は序論に続く第1章から第7章までの内容があり、最後に結論があります。まず今回は序論をまとめます。オーストリアのデザイン史の導入として「従来ドイツ語圏の近代デザイン史はバウハウスに代表される合理主義的デザイン研究を主流とする一方、オーストリアに関しては『世紀末ウィーン』の芸術・文化研究に留まっていた。本研究ではウィーン工房のデザイン活動に見られる今日的な『イメージ』、『ブランド』、『消費』といった要素に着眼し、バウハウスに代表される理知的なモダン・デザインとは異なる、企業が主導的地位にあったウィーンの近代デザインの実践の意義を探る。」とありました。ここで幾つかの視点が述べられていましたが、私が注目したのはそこで使われた用語です。「ウィーン工房のデザイナーは、生産品を通じて市場や経済の問題にも対峙した。こうした企業としての側面はウィーン工房の重要な特徴の一つであることから、本研究では、初期のヨーゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーによる1点ものの家具のように、明らかに芸術性の高い作品を除き、ウィーン工房の生産品を原則として『製品』または『商品』と記す。また、それらの生産には『制作』ではなく『製作』を用いる。」ウィーン工房は慢性的な経営難にも遭遇していたようで、こんな文章もありました。「デザイン運動への貢献の一方、度重なる経営危機が企業方針とデザイン様式の変化を導いた点は、今日的なデザイン企業に通底する性格を示している。経営難にもかかわらず、モダニズム全盛期の1930年代初頭まで製品の個性的な芸術性と経済性の両立を試みた姿勢は注目に値する。」様式としての呼び名に関する文章もありました。「1900年頃、ドイツ語圏ではユーゲントシュティールと呼ばれる装飾様式がヨーロッパの諸都市で流行した。曲線を多用した奔放な表現が特徴の一つであったが、ウィーン工房の場合、初期はホフマンとモーザーによる抑制的な幾何学的ユーゲントシュティールで知られた。」序論のまとめとして「本書を通じて、ウィーン工房が、ウィーンの文化的蓄積と同時代の芸術、政治、経済、社会のさまざまな現象と結びつき、首都と国家の表象を形成するに至ったことが明らかになる。ウィーン工房を中心としたオーストリアの近代デザイン運動は、芸術的理想だけではなく、デザインという行為やモノに付随する商業性、政治性によって貫かれていた。」とあり、その具体的な事象を次の第1章から第7章までの内容で扱っているようです。
2022.03.29 Tuesday
「ウィーン工房」(角田朋子著 彩流社)を今日から読み始めます。本書はオーストリアで出版されたウィーン工房に関する書籍の翻訳ではなく、著者が博士論文としてまとめあげたもので、綿密に計算された骨子(章)によって展開される重厚な論文になっています。私は1980年から5年間、ウィーン国立美術アカデミーに籍を置いていたので、ウィーン工房のデザインを実際に目にしていました。美術館にはG・クリムトやE・シーレの作品があり、また街中には建築家O・ワーグナーの建造物があって、ウィーン工房を取り巻く刺激的な時代を感じることができました。それはドイツのバウハウスともロシアの構成主義とも異なるウィーン独特の感性に支えられたデザインでした。ウィーン工房に興味を持った私は、当時の生活費を工面して、私にとっては大変高価なウィーン工房に関する書籍を何冊か買い求め、拙いドイツ語でとつおいつ読んでいましたが、日本に持ち帰ってきた今となっては外国語の書籍など読む意欲はとっくに喪失し、書棚の飾り物になっています。そこにこの本書「ウィーン工房」が登場してきたので、早速読むことにしました。冒頭に「本書は、1890年代から1930年代までのオーストリア近代デザイン史研究であり、1903年にウィーンに設立された『ウィーン工房』(1903-32)の近代デザイン史上の意義を解き明かすことを目的とする。」とありました。また「近代的なデザイン概念が成立する19世紀後半から20世紀初頭を歴史的考察対象とするデザイン史研究は、従来、日常の生活世界との結びつきの中で構想され生み出された制作品を考察の中心に据えてきた。」とあり、デザイン全般史に関する考察を述べています。そこに現代では新たな視点が加わっているようです。「新たな研究動向として、近代デザイン問題を制作品の様式や機能の水準においてではなく、いわばソーシャル・デザインと呼べる水準において解明する視点が明確にされた。これは、デザインするという行為、ならびにデザインされたモノが人々に及ぼす作用に着目し、デザインを社会、共同体、文化構造そのものの変革の試みと捉えて研究する立場である。」本書を楽しみながら読んでいきたいと思います。
2022.03.28 Monday
RECORDは一日1点ずつポストカード大の平面作品を作る総称で、まさに日々のRECORD(記録)です。2007年から始めているので、もうかれこれ15年が経とうとしています。ポストカード大の小さな平面作品ですが、毎日休むことなく15年間続けてきました。昨年3月まで私は横浜市の公務員をやっていて、しかも週末には陶彫制作もあって、その中でRECORDをどう日々の生活に組み込んでいくのかを苦慮してきました。正直言えば多忙過ぎて、精神的にも辛くなったこともありましたが、工夫を凝らしつつ継続することに強い意思をもってやっていました。工夫の一つは5日間で展開するデザインです。もう一つは年毎や月毎にテーマを設けることでした。2020年は月毎に色彩を一つ取り上げていました。今回ホームページにアップしたのは10月「茶」、11月「黄」、12月「錆」で、それぞれにコトバを添えています。コトバは造形とは無関係で、作品の解説ではありません。その色彩からイメージされる情景をコトバとして具現化していくのですが、私にとって難しい表現方法で、単に憧れだけで創作するのは至難の技と言わざるを得ません。15年も続けているRECORDさえ、簡単に出来るものではなく、カタチや色彩でも苦心した記憶が甦ります。何はともあれ、2020年のRECORD10月分から12月分までをホームページにアップしました。今回アップしたRECORDをご覧になっていただけるなら、ホームページの扉からRECORDの頁に入れるようにしてあります。ご高覧いただければ幸いです。
2022.03.27 Sunday
母が亡くなって2年経ち、父が亡くなって16年が経ちました。今日は菩提寺である浄性院で母の三回忌・父の十七回忌法要を行いました。妹夫妻や甥や姪が家族を連れて集まりましたが、昨晩雨を降らせていた天気が朝には曇り空に変わり、法要には相応しい日和になりました。私は若い頃ならこうした法事が大嫌いで、参加にも腰が引けていましたが、年齢なのか、それとも両親が亡くなったためなのか、供養に正面から向き合い、念仏や法話にも不思議なくらい素直な気持ちを持って参加することが出来ています。家内は昔からこうしたイベントが好きで、事前準備もしっかり行っていました。私は家内に背中を押されていると言った方がいいかもしれませんが、それだからと言って、私はとりわけ信心深くなったわけではありません。私には釈迦の教えも分からず、先祖代々浄土宗を拝んでいるので、私もそれに従っているに過ぎません。仏像は一連の法要とは別の視点で私が個人的に研究を始めていて、それは彫刻的な知識と並行して勉強しているのです。名のある寺院が所蔵する仏像や障壁画は、歳を重ねるごとに私は好きになっていて、美術的興味が尽きることがありません。20代の頃に私はヨーロッパに5年間住んでいて、多くの教会を訪ねましたが、そこで見たキリストの磔刑像やフレスコ画、またステンドグラスの素晴らしさに目を見張っていました。それでも宗教美術と宗教の教えとは別物と私は考えていて、キリスト教に入信しようと思ったことはありませんでした。日本の寺院は先祖代々の古臭い匂いがするものの、私にとっては安らぐ場所なのかもしれず、そうしたことで仏教美術にも関心が向いているのだろうと思います。母の三回忌・父の十七回忌法要で、私は自らの最終の居場所を考えていました。仏教に疎い自分にすれば、もう少し仏教的な死生観を培う必要もあるのかなぁと思っているところです。