2022.03.01 Tuesday
3月になりました。NOTE(ブログ)に「人生の岐路に立った昨年の3月に…」というタイトルをつけました。「今月は公務員管理職としての職務整理をきっちりしていかなければなりません。35年前に海外から帰国したばかりの放浪癖のある若者を雇ってくれた横浜市に感謝を込めて、しっかりと次の方に引き継ぎをしていきます。二足の草鞋生活をしていくために、それが職務に影響してはいけないと、私は仕事を人一倍やってきたつもりです。負い目をバネに仕事に励んできましたが、その原動力を来月から根本的に見直さなければならない時期にやってきたと自覚しています。今月は錯綜する思いを整理して、次のステップに備えたいと思います。」長い引用になりましたが、昨年の3月1日に私が書いたNOTE(ブログ)です。私は某公立中学校の校長職にあって、この1ヶ月で職務を全うしたいという願いを込めて、こんな文章を残していました。あれから1年が経ち、校長の重責から解放された私は、自分が理想した通りの創作活動一本の生活になりましたが、人生の岐路は私に何を齎せたのか、もう一度立ち戻って考えてみたいと思います。確かに創作活動一本の生活は私にとって豊かな情緒を与えてくれています。作品の世界がさらに身近になり、作品と共に私は呼吸し、寄り添い、また息づかいがあるように思えます。二足の草鞋生活は、やはり多忙化が齎すデメリットがあったと今更気づきました。ただし、気持ちを追い込むことで得られる切迫した緊張感が作品に魂を与えていたこともあり、これはメリットだったのかもしれません。余裕を持ってやり遂げられたことがなかった昨年までの制作が、現在では信じ難い感想として定着していますが、危うい綱渡りをすることで妙な自信がついたことも確かです。時間があり余るほどあると、作品が緩慢なものになってしまうのではないかという怖れもあります。果たしてどうなっていくのか、今後の私の制作に対する姿勢にもよるものだろうと思います。もう一度気持ちを引き締めて今月を乗り切っていこうと思っています。
2022.02.28 Monday
2月の最終日になりました。工房の周囲は暖かくなってきて、窓辺にある梅の古木に花が咲きました。まだ蕾が綻ぶ程度のことですが、春がやってきた実感があります。周囲は暖かくなっても、工房内はまだ寒くストーブを焚いています。それでも晴天が続いている横浜では、空気も柔らかくなり、気持ちも明るくなります。今日も午前中は工房で過ごし、新作の木材加工をやっていました。昼ごろに近隣のスポーツ施設に出かけ、水泳をやってから、午後は建材店に追加の厚板材購入に出かけました。建材店の軽トラックをレンタルして工房まで6枚の厚板材を運びましたが、まだ不足しています。どのくらい足りないのかは制作しながら考えていくつもりです。今月は来年発表予定のRECORD立体版を作りながら、今夏発表する大規模作品の土台作りに着手しました。2月は28日間あって、そのうち26日間を工房に通いました。窯入れをした翌日は工房に行かなかったので、制作としてはほぼ全日程を費やしたことになります。実家の解体工事が始まって、実家を支えてきた大黒柱を工房に運びました。これは大変な存在感のある柱で、古くなり黒ずんだ大黒柱をどのようにしていくか、今後の検討にしていきます。実家を解体した後、集合住宅を建てる計画があり、銀行の融資を受けることになりました。借金をしなければ新しい事業は出来ません。さらに亡母から私に相続された不動産があり、その処理に長年付き合いのある税理士2人にお願いしました。彼らは個展にも来ていただいていて、しかも美術に興味があって私としては嬉しい限りです。RECORD平面版は立体版との関連でやっています。ちょっと平面版は遅れ気味になっています。鑑賞では新型コロナウイルス感染拡大が高止まりしていることもあって、東京に行くことに躊躇してしまい、結局横浜にある映画館に行っただけになりました。「ウエスト・サイド・ストーリー」(TOHOシネマズ鴨居)は面白いリメイク・ミュージカルでした。読書では仮面に纏わる書籍を読んでいました。来月も仮面に関する書籍を取り上げてみようと思っています。
2022.02.27 Sunday
週末にはいつも制作のことに触れたNOTE(ブログ)を書いていますが、今日の話題は新聞記事より選びました。昨日の朝日新聞夕刊に掲載されていた詩人谷川俊太郎氏のインタビュー記事に目が留まってしまい、自らの考えを巡らす結果になりました。90歳を迎えた詩人谷川俊太郎氏を私は常々羨ましく感じていました。記事にもあった通り「教職など副業を持たずにきた谷川さんにとって詩作は生業。」とあって創作活動一本で生きてきた詩人は、日本では稀な人だろうと思います。おまけに90歳、これも長寿を詩作のみで生きてきた幸運もあって、私は羨望の眼差しで見ているのです。谷川ワールドに触れた最初は、高校の現代文の教科書に載っていた詩で、ひらがなだけで訥々と書かれていた単純そうなものでした。しかしながら読み込んでいくうちに心が深遠に投げ込まれていく感覚を持ち、さらりと書かれた言葉に心が震える体験をいたしました。言葉の力は凄いものだと実感した私は、美術専門の道に行く前にひたすら詩らしきものを作っていましたが、自分の納得は得られず、言葉の向こう側にある彫刻の世界に身を捧げることになりました。新聞記事より抜粋いたします。「谷川さんはなぜ詩作で自分自身を素材にしてきたのか。そう問うと、心理学者ユングの用語で、民族や人類が持つ無意識である『集合的無意識』という言葉を使ってこう説明した。『自分の中の無意識を掘り下げていくことで、集合的無意識へと達する。《私》が希薄化し、最後は消えていく』~略~地球環境の異変から国際社会での軍事的緊張関係、新型コロナウイルスによる感染拡大まで世界の動向を気にかけてきた。一方、年齢を重ねることで、死はより身近になった。同世代の友人の多くは鬼籍に入った。~略~『死は生の延長で、生と死の間には境目がない。死は人間の中に内蔵されている』この感覚こそ集合的無意識の一つなのだろう。」インタビューは現在の谷川俊太郎氏の立ち位置の在り処を示していましたが、私自身の死生観を考える上で、参考になることが多いと感じました。死を受け入れるとはどういうことか、現在の私にはまだ素直になれない我執があるのも事実です。
2022.02.26 Saturday
週末になりました。今日は今週を振り返って新作の制作状況を書いていきます。今週は今夏、東京銀座のギャラリーせいほうで発表する新作の土台作りを継続していました。新作は床に置かれる厚板材を加工して、大地から陶彫による集合体が顔を出しているような風景を作ります。これは今回発表する作品の中では大規模作品になり、土台はかなり大きなものになる予定です。まず陶彫部品が収まる4つの直方体を今週は作っていました。4つの直方体はどれも離れて置いて、その隙間をすべて厚板材で埋めていくのです。一層目は床置きになるのでかなり大きく面積を取っても問題はありません。二層目と三層目は厚板材を宙に浮かせるので重量を計算しながら作らねばならず、直方体の内側と外側に重量を分けてバランスを取るつもりです。まずは簡単な一層目から始めていきます。今週は厚板の切断やら接合をやっていて、工房内が木屑や埃に覆われて大変でしたが、これはどこかの場面でやらなければならず、今週は思い切って作業を決行しました。工房へは相変わらず毎日通っていて、それこそ身体に鞭を打って頑張っていた感じがしています。制作以外では私の税金確定申告があり、両親の頃からお世話になっている税理士が自宅に見えて、申告の依頼をしました。母から引き継いだ不動産があり、私だけでは処理が出来ないのです。家内が役所等から送られてきた資料を整理してくれていたおかげで、スムーズに話が運びました。現在実家を解体しているところに建てる集合住宅の融資も始まり、その書類を作りに銀行に足を運びました。3回目のワクチン接種券が届いたので、家内とネットで予約をしました。来週、東京の大手町にある自衛隊大規模接種会場に家内と行ってきます。ニュースではウクライナにロシアがやってきて戦争になっている報道を知り、21世紀の現代にあってもこんな信じ難いことが起こるのかと啞然としています。現代は決して平和な時代ではないと改めて感じているこの頃です。
2022.02.25 Friday
「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)を読み終えました。仮面は私が昔から収集しているものですが、自分で被ることはなく、壁にはりつけてその造形を楽しんでいます。原初的なパワーが漲った朴訥な仮面を見ていると、私は創作意欲が漲ってきます。とくにアフリカやアジア各地の仮面が大好きで、アジアの仮面は現地調達で、アフリカの仮面は日本の雑貨店に行って購入しています。最近は新型コロナの影響で、旅行も散策もしなくなり、現地や雑貨店にも行けず寂しい限りですが、どうして自分が仮面に惹かれてきたのか、本書から解明できることがありました。「仮面は幾分とも身体と精神の乖離すなわち神と人との乖離が意識されるようになった頃に、その乖離を補正するために生まれたものである。顔が、その表情が身体の様々な有り様ー原初の素顔ーを自然に表現できなくなったとき、仮面は原初の素顔を象って登場してきた。」(石塚正英著)と文中にあるように仮面の源泉は身体と精神の乖離であり、「演技=芸術=非日常」という図式が示されている通り、私が仮面によって創作意欲を湧き出しているのは、こんな理由によるものではないかと考えられます。シュルレアリスムの芸術家たちも特にアフリカ系の仮面を愛していました。ピカソやモディリアーニはこの原始的なパワーを自作に取り込み、革新的な造形表現をモノにしました。あとがきにあった文章を引用いたします。「遥か古代から現代にいたるまで、形を変え、姿を変えて生き続けてきた仮面には、私たちの祖先の思いが込められている。その想いはさらなる時間と空間を超えた記憶の連鎖となって未来へと伝わってゆく。現在では、仮面の活躍は祭の場からテレビやアニメーションのキャラクターなど多様となり、スクリーンの向こう側というヴァーチャルな世界へと広がった。その様々なメッセージを読み解くために、本書では考古学的・民族学的・歴史的・演劇的な観点からのアプローチを試みた。扱った地域と分野は一部にとどまったが、日本の仮面をアジア・ヨーロッパとの位置付けで見ると、不思議な共通点が見いだされる。」(勝又洋子著)機会があれば、私はさらに多くの仮面を見てみたいし、収集したいと思っています。