2022.02.19 Saturday
週末になりました。今週の制作状況を書いていきます。今週は毎日工房に通い、いつものように制作三昧でした。定番になったRECORD立体版を作りながら、今週から今夏、東京銀座で発表する大規模作品の土台部分を作り始めました。まず陶彫部品を設置する場所をどうするのか、下書きを作ってみました。4点の畳大の板の上に設置することは、先日の全体構成を考えた際に決めていましたが、陶彫部品全てが出来上がった今は、実際に置いて、それぞれの陶彫部品の間隔を見ながら、最終決定をしていきました。4点の畳大の板は直方体の箱にしていきます。その箱も間隔を取って並べ、その間隔を穴の開いた板材で覆い、4点の直方体が板材で隠れるようにしようと思っています。覆う板材はかなり大きなもので、幾つかに分割して作るつもりです。その第一歩を今週から始めました。まずは4点の箱から作っていきます。これから暫くは木材加工をしていくので、木屑や埃が舞い上がりそうです。電動工具も使うので騒音も出ます。陶彫と木材加工を同じ作業場でやっていくのは辛いところですが、こればかりは仕方ありません。今週は解体工事中の実家から大黒柱が工房に届きました。柱はなかなかの存在感で、これも今後どうしていくのか思案したいと思っています。久しぶりに家内と映画館に足を運びました。映画「ウエスト・サイド・ストーリー」は躍動感のあるミュージカル映画で、1961年版のリメイクだったのですが、現代ならではのアレンジがあって面白かったなぁと思いました。新型コロナウイルスのオミクロン株の猛威もありますが、たまには映画を観に行くのも生活の活性化のために必要なのかもしれません。このところ自宅と工房を往来する生活が続いていて、私は工房があるだけ精神的に助けられていますが、不自由さを強いられている人はかなりいらっしゃるのではないかと察しています。自由に出歩けるようになればいいなぁと思うこの頃です。
2022.02.18 Friday
20世紀のアメリカが生んだ偉大な名作ミュージカルを、リメイクするのは大変な冒険だったろうことは、今回リメイク版を観て感じました。正直なところよくぞここまでやったなぁと思いましたが、図録というよりメイキングブックを読んで、その考えを改めて確認しました。脚本と総指揮はトニー・クシュナー、監督はスティーブン・スピルバーグ、我が国での初演は今年2022年です。まず本作で驚いたのはリアルな情景描写でした。「まず、野外ロケ中心にするのか、屋内スタジオの撮影中心なのかを考えました。そしてまずスティーブン(スピルバーグ)から指示されたのが、物語を外に連れ出して現実感を出してほしいということだったんです。それってかなりハードルが高かったですね。というのも、2016年に初めての打ち合わせをした段階から話題に出ていたんですが、ニューヨークのウエスト・サイドは激変してしまっていたんです。」それでも撮影地を探し、あの街路の取り壊し現場の撮影になったようです。カメラに関してもこんな話が載っていました。「今回の映画の何がオリジナル映画版と違うかというと、第一にカメラの動きです。ロバート・ワイズ監督が前作を撮った時代のカメラというものは、固定せざるを得なかったんですよ。現に、振付はあんなに美しいのに、カメラに煽られていないというか、カメラの動きに促されている感じがあまりしませんでした。~略~今の機材は軽い分、カメラマンも演者に合わせて簡単に動けるようになりました。~略~前作では背後に見える街並みがやけにきれいだったのが、僕らには気になりました。路上に泥や埃がないのが非現実的だと感じたんです。確かに、ミュージカルでザラついた現実感を出すのはとても難しいことではあります。なにしろ、人々が歌っているわけで、それ自体がすでに本当の世界とはかけ離れていますよね。」ここではリアルとダンスの双方を活かす試みがありました。本作では名曲の数々があって、それを作り上げたレナード・バーンスタインについても触れます。「音楽を通じて物語を表現しようと試みた父は、シャークス用にラテン・カリビアン・ミュージックを、ジェッソ用にビバップ・ジャズの曲を書いていきました。それにしても改めて振り返ると驚きますよね。というのは、あれほどまでに大胆かつ壮大なプロジェクトだった『ウエスト・サイド物語』を書いていた当時の父は、ほかにもいろいろな仕事を同時進行で手がけていたんです。例えば『キャンディード』という、まったく別物のヨーロッパ調の舞台劇を書いていましたし、指揮者としても活躍していて、ちょうど『ウエスト・サイド物語』が開幕した頃に、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任したんです。」これはバースタインの娘さんからの話でした。「なにしろ、私たちが住む世界は今、完全に二極化してしまっていますからね。一方でオリジナル映画版に対して、特にプエルトルコ系の皆さんが複雑な感情を抱いてきたのも否めません。これを機会に、アメリカにいるプエルトルコ系などラテン・アメリカ系の人たちにも『正しく自分たちが描かれている』と感じていただくことがいかに大切か、スティーブンとトニーを筆頭にスタッフ全員が、初めから肝に銘じていました。」これは制作に携わったクリーガーの言葉でした。まだまだメイキングブックから紹介したい言葉があるのですが、紙面の都合でここまでにします。
2022.02.17 Thursday
先日から実家の解体工事が始まっていて、私は実家の構造を支えていた大黒柱を所望していました。その大黒柱が今朝工房にやってきました。解体業者3人がかりで小型トラックに乗せて運ばれてきましたが、大黒柱が2本、そこに横に組まれていた大柱が1本あって、それぞれ2mに切断されて工房に置かれました。柱は合計6本ありました。どれも一人では動かせないほど重く、ホゾがあったり溝が彫り込まれていて、それだけで大変な存在感です。これをどのような立体作品に仕立てていくのか、私は暫く考えていきたいと思っています。相原の実家は私が生まれた時には既に現在の場所にありました。最初は藁葺きの屋根だったそうですが、その上をトタンで覆い、さらに私が小学生の頃にリフォームをしました。完全な建て替えではなかったので、構造体はそのまま残されていたのですが、玄関から内側に伸びた土間がなくなり、隣接していた家畜小屋を潰して部屋の増設をやりました。台所や五右衛門風呂も薪で焚くことは止め、近代的なものに変わりました。土間に床が張られて靴を脱がなくても室内を往来できるようになりました。屋根は瓦になりました。関東大震災では鍋に入れていた味噌汁が大きく揺れたと祖父母が話していたので、その頃には実家は既にあったのでしょう。実家がいつごろ建てられたのかは、私が聞きそびれてしまったせいで定かではありません。そんな時代の大黒柱なので、歴史を背負い込んでいるのは確かです。柱に妙な細工はせず、そのまま活かしていく方法を考えようと思います。ただし、大黒柱を眺めていると創作意欲が沸き立ってくることがあります。きれいに掃除して工房の守り神にしてもいいかもしれません。
2022.02.16 Wednesday
今日は午前中は工房で陶彫制作に励んでいました。今は実家を解体している最中で、その現場監督から大黒柱を保存してあるという連絡を受けました。明日にでも工房に大黒柱を運搬できるというので、実家に見に行きました。大黒柱は2本あり、いずれも3mほどあったので、2mで切断してもらい、柱にはホゾやさまざまな溝があったのですが、そのまま工房に運んでもらうことになりました。今日は昼ごろまで陶彫制作をやっていて、先日窯入れした作品を窯から出しました。これで今夏、東京銀座で発表する大規模作品の陶彫部品が全て出揃いました。一段落したところで、午後は家内を誘って横浜市鴨居にあるエンターティメント系の映画館に行くことにしました。新型コロナウイルスのオミクロン株が猛威を揮っているので、今まで鑑賞に出かけることを躊躇していましたが、どうしても観たい映画があって、今日は意を決して行くことにしたのでした。観たかった映画は「ウエスト・サイド・ストーリー」で昨年、名監督のスティーブン・スピルバーグがリメイクしたミュージカルの金字塔です。1961年版のロバート・ワイズとジェローム・ロビンズ監督の映画を、私は何度くらい観たでしょうか。劇団四季による舞台も観ていた私は、今回のリメイク版に期待がありました。現代の撮影技術と俳優たちの高度な演技とダンス、その演出のハイセンスにも期待に胸が躍りました。これは私個人の感想になりますが、1961年版はいかにも正統ミュージカルで、その群舞やシャープな身体の動きに驚きと斬新さを感じましたが、2022年版(日本初演)は全体的にリアルでミュージカルっぽさを感じさせないまま、ミュージカルに誘っていく手法に現代らしさを感じました。レナード・バーンスタイン作曲による定番のメロディはそのままで、巧くドラマに溶け込んでいく流れにゾクゾクした感動を覚えました。家内は大学で空間演出デザインを学び、その中で原版「ウエスト・サイド物語」を研究したらしく、細かい演出の新旧の違いなどを指摘していました。家内は再度観たいと主張していましたが、さすがに私は2回はいいかなぁと思いました。図録というよりメイキングブックと言うべき書籍を購入してきたので、これを読んでもう一度詳しい感想を別の機会に述べたいと思います。
2022.02.15 Tuesday
「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の「京劇ー絵を描かれた顔」をまとめます。ここでは中国のオペラと称される京劇を扱います。「中国では小劇場の分野に京劇以前の演劇形式が存在した。とくに操り人形劇と影絵芝居は本質的に私たちが中国オペラと称しているものよりも古い。古典的な音楽劇のための先駆となった二つの国イタリアと中国にはつねに民衆的な催しがあったが、これらは宗教儀式に起源を持っている。」さらに北京オペラに話が及びます。「『北京オペラ』について現在定義するならば、京劇を構成している多くの芸術的なジャンルを扱わなければならない。京劇は異なった声と音域をもつさまざまなレベルの歌に立脚している。それゆえ動作はアクロバット的な演技と多様な身体言語、そして何よりも動作に含まれる象徴的内容とともに進行する。男優は太鼓と胡弓そして管楽器から編成されたオーケストラの伴奏で演技を行う。さらなる大きな要素は『顔に絵を描くこと』である。木や厚紙あるいは他の素材から作られる仮面を着けるのではなく、それは顔面に直接描く『化粧という仮面』である。」顔化粧とその象徴性について次のよう述べられています。「化粧ではアーチ形の彩色線によってその時々の人間の個性と心境、思想を観客に知らせる。それはしばしば草書体の図案によって表される。抽象化と『はみ出し画き』は人間の内面的価値あるいは弱さを顔の中で外部に象徴化しているといわれているが、文化の基本概念が違う西洋の観客には、それを理解するのは少し難しい。しかし、何よりも素材に携わらないときは、たちどころに顔の化粧、衣装、身振りによる想像的な身体言語と対話によって、例えば歌によって、中国人の舞台役者と役割を関係付けることができる。~略~化粧の仮面の表現は非常に複合的で、色を多く塗れば塗るほど性格は複雑になり、さらにまた線と点との間で区別される。しかし中国人が演劇においては、登場人物一人一人の役柄によって明確な差別化を図ることを何よりも優先させ、色彩の心理効果を活かしていることが判る。京劇を見慣れた観客は演じられる性格をすぐに理解する。もちろん彼らは個々の人物の特徴もまた結び付けなければならないが、同時に、彼らは単純な『白黒の図式』に帰することはない。」そうした物語の心理的な要素が京劇には存在しているようです。「京劇は、歌、物真似、身体表現、そして踊りと器楽から構成される総合芸術である。『顔に絵を描くこと』、示唆的な身体表現と舞台美術の抽象性によって本質的なものを象徴的に表現する。京劇の内容は、古い民間伝説や中国の歴史から題材を得た出来事から成り立っている。京劇は解説という役割を担い、理想的な形で再現され、伝統的に高度な教育的倫理的機能を果たしてきた。その背景は儒教的な世界観に裏打ちされている。」(引用は全てペーター・ティーレ著 勝又洋子訳)