2022.02.04 Friday
「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の「日本の先史仮面」をまとめます。「非日常的な状態に変化するために顔をおおうもの、あるいは頭にかぶるために木、皮革、骨、布、粘土、金属などを材料にして作った面や被り物を、仮面と呼ぶのが習わしである。しかし、顔あるいは頭をかたどっているが、大型または小型で大きさが合わずに人がつけたりかぶったりできないものも、仮面と同じ形をしているならば、それらも仮面と呼ぶことが普通である。」そうした仮面の最古のものはどんなものだったのでしょうか。「世界でもっとも古い仮面の証拠は、旧石器時代までさかのぼる。フランスのレ=トロワ=フレール洞窟(約二万年前)の壁画には、頭にトナカイの角付きの被り物を着け、体を鹿皮でおおった人物や、頭に野牛の角をつけ体もそれに似せた人が踊っている姿がある。」またシベリア先史の仮面についてこんな記述があります。「アムール川のサカチ=アリャンとウスリー川のシェレメツェヴォ河岸の玄武岩の塊に線刻してある顔は、仮面の表現とされている。五・六千年前の新石器時代のものという。」古代中国の仮面について述べた箇所です。「甘粛省の仰韶文化や馬家窯文化にみられる新石器時代の『人面陶塑』つまり人面付き土器の顔は、仮面を着けた状態を表現しているという説がある。」それでは日本ではどうだったのでしょうか。「縄文時代の仮面は古い時期には知られていない。約4000年前(中期末)にまず貝製品として九州に登場する。~略~縄文時代の仮面は皮革製品、木製品、樹皮製品が主であって、それを珍しくも土製品に写したものだけが残っているというのが真相なのだろう。」また土偶についてこんな文もありました。「仮面をつけたと見うる土偶の数は多い。縄文土器は、『いかに大きく、そして立派な作風を示すものであっても、神像とはいい難く、精霊の宿す人間的姿態をそなえた依代として作られた』と考えるべきであって、『顔つきは人間らしいものと、人間らしからざる怪奇なものとがあるが、いずれも呪術によって、これに精霊の降臨を乞い崇拝したものであろう。精霊が宿れば土偶自体もこれと同格のものとなる。だから当時の人々にとって、土偶は精霊の憑拠とするかぎり、それを具象化したもの、いいかえれば精霊それ自体の姿と感じたに相違ない』、と甲野勇はいう。」弥生時代の仮面には鳥のモチーフがあり、それはこんな信仰からきているようです。「銅鐸・土器の絵から弥生時代の信仰の対象は、鹿・鳥(サギ・ツル)・祖先であったと推定できる。また、鳥形の木製品の存在からも鳥に対する信仰があったことがわかる。」(引用は全て春成秀爾著)
2022.02.03 Thursday
「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の「現代に生きる仮面」をまとめます。副題に「変身するヒーローたちの系譜」とあり、この章ではテレビや漫画に登場する仮面をつけたヒーローに絡ませた仮面論が展開していきます。冒頭にはこんな文章がありました。「日本人は、いつから『面(めん・おもて)』という言葉よりも、『仮面』という言葉を好んで使うようになったのだろう。すでに延喜式(927年)に、追儺に登場する『假面』の記載はあるが、一般の人びとのあいだで、『面(めん)』より『仮面』という言葉が定着していく過程は、おそらく、素顔こそ唯一無二の実在であり、仮面はそれを覆うまやかしの道具だという信念が一般化していく過程と平行しており、したがって、坂部恵のいうとおり、自己同一的な近代的自我の確立の過程と重なっていたはずである。西洋近代の影響下で形成された自己同一的な自我のもとでは、自分が自分以外の存在になるなど虚構の世界の出来事でしかありえない。~略~仮面による変身と現実とみなす儀礼の世界と、虚構とみなすテレビや漫画の世界のあいだには、決定的な断絶があるようにみえる。」さらに変身するヒーローたちに対してこんな結論を導いています。「宇宙や細胞工学というきわめて現代的な装いをもって登場してきている現代の仮面のヒーロー、変身するヒーローたちも、結局はみごとに、山や空といった異界からやってきて、窮地にある人びとを助け去っていくという、来訪神の物語を踏襲しているということになる。」民俗の中の仮面にも注目しました。「日本の仮面といえば、まず思い出されるのが、秋田県・男鹿半島のナマハゲであろう。~略~柳田国男は、これら日本各地にみられる神の来訪の行事は、『本来一つの根源に出づる』ものだとし、『1年の境に、遠い国から村を訪れて遥々神の来ることを、確信せしめんが為の計画ある幻しであった』と述べている。折口信夫も、これら行事において『村から遠い處に居る霊的な者が、春の初めに、村人の間にある予祝と教訓を垂れる為に来るのだ』といい、その信仰を『まれびと』という言葉を用いて説明している。」つまり、日本の仮面をまとめるとこんな文になります。「日本における仮面は、古くから神の来訪の行事や神楽といった神事においても、また神事を脱して芸能化の進んだ能においても、さらには現代の漫画やテレビにおいても、一貫して異界から一時的にやってくる来訪者を可視化するために用いられてきた。~略~仮面は人間がそうした異界の力を一時的に目にみえるかたちにし、それにはたらきかけることで、その力そのものをコントロールしようとしてつくりだしてきたもののように思われる。そして、テレビの画面のなかで繰り広げられる現代の仮面ヒーローたちの活躍もまた、それと同じ欲求に根ざしているのである。」(引用は全て吉田憲司著)
2022.02.02 Wednesday
「仮面ーそのパワーとメッセージ」(佐原真監修 勝又洋子編 里文出版)の最初の章である「総論ーお面の考古学」をまとめます。「奈良正倉院・東大寺・法隆寺には、八世紀のお面が沢山残っていて、伎楽面という名が伝わっています。正倉院宝物には、布に目鼻を描いた布作面もあります。~略~大舎人寮という役所が担当した追儺の行事の記録のなかに、仮面という語がみえるのです。追儺は、古代の宮廷が年末の大晦日におこなった年中行事で、中国に起源をもち、朝鮮半島、日本におよびました。この行事では、方相氏という役が鬼を払います。その方相氏が仮面をつけ、その仮面には黄金に輝く四つの目がついていたのです。」本書では冒頭に日本の伝承が登場しますが、仮面の有無を、狩猟民、牧畜民・農民として分けて考えた文章にまず気を留めました。「お面は本来農民のものであり、狩猟民のなかでは北太平洋沿岸の人びとだけが例外的にお面をもち、わが縄紋文化のお面もその一環をなしている。そして遊牧民はお面をもたない。それが今まで主に民族学から追究したお面と生業の係わりについての結論とみてよいでしょう。」ところが民族学と考古学とのズレが生じていることにも注目しました。「少数の書物、論文を垣間みただけでも、先史時代の各地の狩猟民がお面をつけ、仮装したことを世界の考古学はしめしています。それを網羅的に集成し研究することは、大変な作業になるでしょう。牧畜民のお面ももっとみつかるかもしれません。農業が始まる前に、お面と仮装が世界各地の狩猟民のあいだで誕生したことは疑いありません。~略~先史時代の狩猟民のお面と仮装の目的については、ふつう、およそ三つがあるとみられています。その第一は、生きている人びとと神霊との間を仲立ちして神霊と語り合うことの出来る人、呪術師の装いです。第二は、狩人たちの踊りの装い、第三は狩りのときのおとりの装いです。」おとりというのは、毛皮を装うと動物の体の臭いを放って人の臭いを消すことになり、人が獲物の群れに接近できたということを指します。人がお面をつけて仮装を始めた契機だったのかもしれません。(引用は全て佐原真著)今日はここまでにします。
2022.02.01 Tuesday
2月になりました。相変わらず寒い日々が続いています。新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が猛威をふるっていることがあり、ワクチンの3回目接種が始まっています。私にはまだ接種券が届きませんが、接種券が届き次第、今月中にも予約を入れてみようかなと思っています。そんな関係で美術館に行くのも憚れるような気がしていますが、行きたい展覧会や映画もあって、感染症の動向によっては迷いが生じてしまいます。今までも美術館や映画館に行くときは不安と隣り合わせでしたが、感染予防を怠りなくやって、何とか無事に鑑賞してきました。美術館は無言で鑑賞していることもあり、劇場やライブに比べれば、多少安全かもしれません。展覧会情報もこのNOTE(ブログ)にアップしていきますので、よろしくお願いいたします。新作の作品制作に関しては、大規模作品の土台部分の木材加工をやっていくつもりです。来年発表予定のRECORD立体版もあるのですが、まず何よりも今年の夏に発表する新作に腰を据えて頑張って制作したいと考えています。まだまだ寒さが続く2月ですが、制作の手を緩めずに毎日工房に通う予定でいます。風邪を引かないようにしたいと思いますが、風邪と新型コロナの症状が似ているところがあって、心配が尽きません。とくに病床が逼迫していることがあるので、風邪か新型コロナかの判断によっては周囲に迷惑をかけるかもしれず、心底新型コロナの収束を願うばかりです。読書は最近読み始めた仮面に関する書籍を継続していきたいと思います。RECORD平面版は立体版と連動しているので、現状は何とかなりそうですが、実は昨年12月分の積み残しがあって、これをどうしようか思案中です。今月中に挽回できれば良いのですが…。
2022.01.31 Monday
今日で1月が終わります。今月は関東でも雪が降った日があり、本当に寒い日々が続きました。31日間あった1ヶ月のうちで26日間は工房に通って制作に励みました。大規模作品の陶彫部品の追加があり、その成形4点と彫り込み加飾を行いました。そのうち2点は窯入れをしています。同時に今月から新しいコンセプトによる陶彫制作がスタートしました。それは1日1点ずつ作っていくRECORDの立体版で、同じサイズの立方体に毎日異なる彫り込み加飾を施していて、1年間365日で完了する365点の作品です。RECORD平面版もこれに対応して描いていて、来年は立体版と平面版の双方を展示することになりそうです。今回は新作が完成してから次の新作を作るペースではなく、今年夏に発表する新作と並行して、来年夏に発表する作品を作っているというわけです。決して私は多忙な制作状況が好きではないのですが、結果としてそうなってしまっているのです。365点の作品制作は1年間、病気も出来ず、常に精神的にも意欲を保つ必要があり、身体の自己管理を徹底していかなければならず、常に自制を自分に課すことになりそうです。ちょうど新型コロナの影響で、遠出が出来ないことをいいことに新しいコンセプトによる作品に挑戦しているという按配です。例年の初詣は遅ればせながら今月の14日に赤坂の豊川稲荷に行ってきました。美術鑑賞としては「民藝の100年」展(東京国立近代美術館)、「柚木沙弥郎life・LIFE」展(PLAY!MUSEUM)、卒業制作展(武蔵野美術大学)に行って来ました。映画鑑賞としては「呪術廻戦0」(TOHOシネマズ鴨居)に行きました。その他に従兄弟の横須賀古民家ライブにも顔を出しました。鑑賞としては充実していたように思います。RECORD制作は立体版がスタートしていることもあって、今月のRECORDはしっかりやっているのですが、先月のRECORDの下書きだけのものがまだ残っていて、苦しい状況にあります。読書はドイツの造形教育機関であったバウハウスの書籍を読んでいました。今は仮面に関する書籍を読み始めているところです。来月も頑張っていきたいと考えています。