2022.04.03 Sunday
週末になると新作の制作状況を書いていますが、4月最初の週末なので、今回のNOTE(ブログ)には今月の制作目標を書いていこうと思います。昨年までは多忙な中で生活していたので、月毎の制作目標はしっかり立てていました。週末が何回あって、制作工程としてはどのくらい進めなくてはならないか、完成から逆算しつつ、貴重な時間の過ごし方を考えていました。昨年4月から創作活動一本になり月毎の制作目標はかなり大雑把なものに変わりました。毎日工房に通っているので、多少遅れ気味でも何とか挽回できると高を括っていましたが、新作もぼちぼち完成が見えてくると、昨年までのようにしっかり制作目標を立てて、計画通りに作業を進めていく必要を感じます。大規模作品と中規模作品の完成の目標を来月初旬と考えていて、ゴールデンウィーク中に図録用の写真撮影が出来るといいなぁと考えています。そのためには今月はかなり頑張らないといけないと思うようになりました。私の彫刻作品は陶彫部品の集合によって成り立っています。そこに今回は厚板材を多用した土台を合わせます。木材を陶彫と組み合わせるために、木材には砂マチエールを貼り、そこに油絵の具を滲み込ませて、木の材質を変えていきます。これは私の常套手段で、土台は忽ち陶彫と同化した作品に変容していきます。油絵の具を使うのは絵画性をそこに持ち込むことになり、言うなれば彫刻と絵画の双方が協力し合いながら、一つの主張をしていくことになると私は考えているのです。陶彫部品は発掘された出土品のような雰囲気を纏うので、木材に施す絵画的な世界も古さを演出することになります。古色蒼然たる壁をイメージしていて、幾度も絵の具を滴らせていきます。そのための時間もかなり必要で、今月末にはそこまで辿りつけたら最高です。今月の制作目標は、つまりゴールを目指すものですが、砂マチエールには協力者が必要かもしれません。
2022.04.02 Saturday
週末になりました。今ではウィークディも週末も変わらない生活を送っているので、週末を特別に扱う必要を感じないのですが、今月も今まで通り制作状況を週末に書いていこうと思っています。今週は3月末から4月初めにかけての1週間だったのですが、金曜日に東京の2ヵ所の展覧会に出かけていて、この日は工房を休みました。残りの日は全て工房に行っていて、新作の大規模作品を作っていました。制作内容としては、このところずっと土台の木材加工をやっていて、土台も二層目に突入しています。昨年は3月末まで二足の草鞋生活を送っていて、仕事に出勤するように工房に出かけていこうと決めていましたが、あれから私はそれをずっと守って朝9時には工房に入っています。ひとつやり方を決めたら、ブレずに続けていくのが私のやり方で、ある意味では相当な頑固者なのかもしれませんが、多忙な仕事の中でも自己を見失わないで創作活動に邁進できたのも、私のそうした姿勢にあるのだろうと思っています。私は気分に左右されることはありません。気分にムラのある芸術家気質とは真逆にあって、集中すると見境がなくなったり、ダラダラとした状態に陥ることもないのです。寧ろ私は淡々とノルマを達していくので、毎日はかなり単調です。これは子どもの頃からの私の性格で、瞬時に煌めく才能は持ち合わせていないと自覚しています。まさに牛歩の如く自分の個性を積み上げて、最終的に自己表現の域に達していくのだと思っています。今週もそんなコツコツした作業を繰り返して過ごしていました。4月最初の週末に思うことは、焦らず休まず制作を継続していくこと、これに尽きます。
2022.04.01 Friday
4月になりました。昨年のNOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、4月最初に「彫刻家として…」というタイトルをつけ、二足の草鞋生活から創作活動一本になったことを書いていました。それなら今年は「2周目の彫刻家として…」というタイトルにして、創作活動が2年目に入ったことを示したいと思います。創作活動一本化の弾みとして、昨年は江戸東京博物館で開催していた「古代エジプト展」に出かけていました。ドイツの国立ベルリン・エジプト博物館が所蔵している遺物をじっくり見ていたことが昨日の事のように思い出されます。今年も弾みをつけるために東京の美術館に出かけていきました。まず、六本木にある国立新美術館で開催している「メトロポリタン美術館展」。西洋絵画500年を網羅するような名画ばかりの展示で、15世紀の初期ルネサンスから19世紀のポスト印象派まで、アメリカの美術館が所有する珠玉の作品を堪能しました。日本人が好きなヨハネス・フェルメールの大作も来日していて、多くの鑑賞者が群がっていましたが、私も例外ではなく、フェルメールを発見した時には吸い込まれるように名画に近づいていきました。本展の目玉になっているジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「女占い師」もじっくり見てきました。本展の詳しい感想は後日改めたいと思います。次に向ったのは渋谷でした。Bunkamuraザ・ミュージアムで開催している「ミロ展」は、「日本を夢見て」という副題がついていて、在りし日のミロが日本に来て、日本のさまざまな文化と触れ合った記録が展示されていました。また詩人瀧口修造とのコラボレーションが実現して、素晴らしい詩画集を出版していました。私は学生時代にそれを知って、造形とコトバの織り成す世界に憧れたこともありました。本展では画像で紹介されていたミロのアトリエにも興味がありました。私が20代で訪ねたのはバルセロナ・カタルーニャにあるミロ美術館で、そこも解放的な広々とした空間にミロの世界が形成されていて、心が軽やかになった思い出があります。アトリエにも同じ雰囲気を感じました。「ミロ展」の詳しい感想も後日改めます。4月最初の日は充実した時間を過ごしました。
2022.03.31 Thursday
3月の最終日となりました。現在は桜が満開で、雑木林の中では所々生えている桜の木が目立ち、この時ばかりは桜が己を主張しているように感じます。昨年の今頃、私は管理職退職辞令交付式に参加していて、長年続いていた二足の草鞋生活にピリオドを打ったのでした。その時は35年間勤めた仕事に対して微妙な感情を持っていましたが、彫刻家一本の今となっては漸く心に整理がついた感覚があります。私の生活は単純極まりないものになりました。朝から工房に出かけて、丸一日を工房で過ごす生活で、自分の創作活動のみを見つめ続け、彫刻の素材と対話して、時に精神を追い詰めて、カタチを捻り出すことに終始しています。若い頃に理想と考えていた生活をもって1年間過ごし、ここで振り返ってみることも必要かなぁと思っています。まぁ、それは別の機会にして、まず今月を振り返ります。今月は31日間あって、そのうちの25日間を工房に通いました。ほぼ毎日新作の大規模作品の土台を作っていて、木材加工に終始していました。美術展鑑賞は2ヶ所に出かけました。「上野リチ展」(三菱一号館美術館)、「春日神霊の旅」展(金沢文庫)で、なかなか興味深い内容でした。一日1点制作のRECORDは遅れ気味です。昨年より時間があるのに夕食後ゆっくり寛いでしまう習慣がついて、ここはもう一度心を入れ替えて頑張ろうと思っています。読書では民俗仮面の書籍を読み終えて、現在はウィーン工房に関する書籍を読んでいます。読書はこのところ私にとって興味津々なものばかりで、読書に耽る夜の時間帯が楽しみになっています。今月は私事もあり、時間を追って書いていくと、まず3回目のワクチン接種に自衛隊大規模接種センターに行ってきました。久しぶりの歯科治療にも行きました。亡き両親の実家を解体し、そこに集合住宅を建てるために地鎮祭を行いました。それに関する融資書類を作りました。後輩の彫刻家のための写真撮影を工房で行いました。母の三回忌、父の十七回忌を菩提寺で行いました。明日から4月です。彫刻家一本の生活としては2周目になります。今年度を振り返りつつ、4月からの生活を継続して楽しみたいと思っています。
2022.03.30 Wednesday
「ウィーン工房」(角田朋子著 彩流社)は序論に続く第1章から第7章までの内容があり、最後に結論があります。まず今回は序論をまとめます。オーストリアのデザイン史の導入として「従来ドイツ語圏の近代デザイン史はバウハウスに代表される合理主義的デザイン研究を主流とする一方、オーストリアに関しては『世紀末ウィーン』の芸術・文化研究に留まっていた。本研究ではウィーン工房のデザイン活動に見られる今日的な『イメージ』、『ブランド』、『消費』といった要素に着眼し、バウハウスに代表される理知的なモダン・デザインとは異なる、企業が主導的地位にあったウィーンの近代デザインの実践の意義を探る。」とありました。ここで幾つかの視点が述べられていましたが、私が注目したのはそこで使われた用語です。「ウィーン工房のデザイナーは、生産品を通じて市場や経済の問題にも対峙した。こうした企業としての側面はウィーン工房の重要な特徴の一つであることから、本研究では、初期のヨーゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーによる1点ものの家具のように、明らかに芸術性の高い作品を除き、ウィーン工房の生産品を原則として『製品』または『商品』と記す。また、それらの生産には『制作』ではなく『製作』を用いる。」ウィーン工房は慢性的な経営難にも遭遇していたようで、こんな文章もありました。「デザイン運動への貢献の一方、度重なる経営危機が企業方針とデザイン様式の変化を導いた点は、今日的なデザイン企業に通底する性格を示している。経営難にもかかわらず、モダニズム全盛期の1930年代初頭まで製品の個性的な芸術性と経済性の両立を試みた姿勢は注目に値する。」様式としての呼び名に関する文章もありました。「1900年頃、ドイツ語圏ではユーゲントシュティールと呼ばれる装飾様式がヨーロッパの諸都市で流行した。曲線を多用した奔放な表現が特徴の一つであったが、ウィーン工房の場合、初期はホフマンとモーザーによる抑制的な幾何学的ユーゲントシュティールで知られた。」序論のまとめとして「本書を通じて、ウィーン工房が、ウィーンの文化的蓄積と同時代の芸術、政治、経済、社会のさまざまな現象と結びつき、首都と国家の表象を形成するに至ったことが明らかになる。ウィーン工房を中心としたオーストリアの近代デザイン運動は、芸術的理想だけではなく、デザインという行為やモノに付随する商業性、政治性によって貫かれていた。」とあり、その具体的な事象を次の第1章から第7章までの内容で扱っているようです。