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  • 運転免許証更新の日
    今月の14日から2月14日までが、私の運転免許証更新の期間になっています。運転免許証更新に関して私には苦い思い出があります。教壇に立っていた頃、忙しさにかまけて運転免許証期限切れになっているのに気づかず、その後学校を休んで運転試験場に駆けつけたことがあるのです。その頃は車を使っていなかったので、期限など気にもしていなかったのでした。管理職になってからも期限ギリギリで更新に行っていました。更新ではいつもヒヤヒヤしていることが多く、次こそは余裕を持って更新手続きをしたいと思っていました。実は平成34年までと免許証に記されていて、これは令和何年だろうと要らぬ心配をしていましたが、神奈川県公安委員会から葉書が届いて一安心しました。今回は早めに更新手続きに行くことができて良かったと思いました。次の更新は5年後で私は70歳になっています。愈々高齢者更新になって、運転免許証を返上するかどうか、決断を迫られる年齢になるんだなぁと思います。現在の私は運転していて年齢を感じることはありません。若い頃に危ない運転もありましたが、今は無理をしていません。私はスピードを出すことに興味はありません。A地点からB地点への移動手段として車を使用していて、ドライブそのものを楽しむことはないと言ってもよいと思います。寧ろ私は車の内部のエンジンよりは外見のスタイルに関心があって、デザイン性の面白い車を選んでいます。光岡自動車に乗っているのはそのためです。高校生の頃に工業デザイナーを目指していた私の嗜好によるもので、個性的なスタイルを持つ車が大好きなのです。
    原宿の「河鍋暁斎 躍動する絵本」展
    今日は工房での作業を休んで、突如思い立って、東京原宿にある大田記念美術館に「河鍋暁斎 躍動する絵本」展に行きました。家内は別の用事があって、今日は私一人で出かけました。幕末から明治にかけて活躍した人気絵師河鍋暁斎は、幾度となく他の展覧会で作品に触れてきました。河鍋暁斎の描く世界は、聖俗も美醜もあり、さらに森羅万象何でも画題にするために、同じ狩野派の中には狩野派の名折れと称する者もいたようです。私も河鍋暁斎ワールドに触れて、その品位もへったくれもない荒唐無稽で振り幅の大きい世界観に圧倒された一人です。我が国では掛け値なしで面白いと言える稀有な画家ではないかと思っています。とりわけ私は魑魅魍魎が跋扈する世界が好きで、幽霊や妖怪好きな人ならたまらない魅力があると感じます。今回出かけた「河鍋暁斎 躍動する絵本」展は、掌サイズの小さなものばかりでしたが、凝縮された細密な世界に見入ってしまい、時間が経つのを忘れました。最近はウィークディにも関わらず、どの展覧会も鑑賞者が多く、とくに本展は河鍋暁斎ワールドに魅了された人々ばかりではなかったかと思えるほど、長く作品の前に留まっている人が多かったように思いました。本展では独自の図録はなかったのですが、ショップで「河鍋暁斎絵日記」という書籍を購入しました。これも暁斎の生活が巧みな筆さばきで描かれていて楽しい冊子になっています。自宅にあった書籍「河鍋暁斎 生涯と作品」(狩野博幸著 東京美術)より、河鍋暁斎の特徴を書いた文章を引用いたします。「暁斎が狩野派の勉学のみを修めた画家であったならば、狂画に類する作品をかくも多作することはなかっただろう。わずかなあいだとはいえ、歌川国芳の画塾で学んだことが暁斎の絵画世界の豊饒さを生み出した。国芳は創造力と想像力を兼ね備えた浮世絵師であった。暁斎にとって妖怪たちや地獄は、想像力を刺激しないではおかない画題であり、国芳師匠ならどんな風に描くだろうかといつも考えていたに相違ない。暁斎の思念を領しているのは、人間界も異界も何ら変わりはしないということであって、その異界描写はつねにすこぶる人間的狂騒に満ちている。」
    12月RECORDは「断片から慮る」
    一日1点ずつ小さな平面作品を作っているRECORD(記録)は、陶彫の集合彫刻とは違った苦労があります。陶彫制作の場合は年間に数点を完成させていくので、作品がカタチになるまで労働の蓄積があり、その日の気分によって制作が滞ることはありません。日々の中で多少の緩急があっても大きなスケジュールの中で何とかなっていくもので、完成に近くなると徐々に気分が高揚して、図録撮影日という完成ゴールの前では緊張が最大限に達していきます。それに比べて一日1点というRECORDは、その日の気分が作品を左右してしまいます。日によってはヤル気スイッチが入らない時があります。私は気持ちを司るコントロールが出来る人だと自負していましたが、それでも夜になってテーブルに向かうと気分が萎えてしまうこともあります。公務員として働いている時は尚更辛い思いをしてきました。自分の中で決めたことに何故忠実に従うのか分からなくなったこともありました。日記のように創作する、自分の中で喩え1時間でも創作の世界に浸ることは、なかなか無理があるなぁと感じてきました。それでも今までRECORDを続けてきました。ここまでやってきたのだから意地でも止めるわけにはいかないというのが正直な気持ちです。今月のRECORDのテーマを「断片から慮る」にしました。「慮る」は「おもんぱかる」と読み、よくよく考える、考慮する、細かに取り計らう等の意味があります。私たちは物体に取り囲まれて生活していますが、自分の視野は物体全てを見通すことができず、こちらから見える範囲で、それが何であるのか定めています。物体の裏側は想像で補っているのです。視野が見通せる表面的範囲、つまり見るもの全てが断片であるのにも関わらず、そこを慮ることで生きていると言えます。そんなことを私が考え出したのは、彫刻とは何か、空間とは何かを思索したことによって、私たちの視野について思いを巡らせた結果です。数年前に読んでいた現象学の書籍から導き出したことでもあります。今月のテーマをそんな考え方でやってみようと思っています。
    表参道の「鈴木其一・夏秋渓流図屏風」展
    先日、東京表参道にある根津美術館で開催中の「鈴木其一・夏秋渓流図屏風」展に行ってきました。琳派として一括りにされる画家鈴木其一ですが、本展に出品されている「夏秋渓流図屏風」を見ていると、その画面構成にはさまざまな先達の作品を礎にしながら、独自の画風を模索した形跡が見られて、私としては興味関心が湧きました。これは画家自身が余程革新的でなければ日本画史を総括するような作風にならないのではないかと思った次第です。ともかく「夏秋渓流図屏風」はモザイクのような不思議な絵画です。緻密な写実があるかと思えば、文様化した平坦な画面があって、それが絶妙なバランスを保って屏風に仕立てられているのです。図録をショップで見ていたら「夏秋渓流図屏風」をめぐるフローチャートが掲載されていて、これは図録を購入するしかないと思ってしまいました。画面全体をあらゆる流派から参考にした部分が示されていて、その分析が楽しくて、見ていて飽きないのでした。主な参照事例としては円山応挙による「保津川図屏風」と、山本素軒による「花木渓流図屏風」です。しかも本展ではこの2点の作品が「夏秋渓流図屏風」の左右に展示されているではありませんか。図録の文章からその部分を拾います。「其一の『夏秋渓流図屏』と、全体の構図ならびに土坡や樹木の表現が近似した作品として素軒の『花木渓流図屏風』を、また渓流の構成がよく似た作品として応挙の『保津川図屏風』を見てきた。~略~『夏秋渓流図屏風』における光琳(尾形)の師である素軒の受容は、宗達(俵屋)や光琳など琳派の伝統への回帰と齟齬するものではない。むしろ、あくまで琳派の伝統を遡及して抱一(酒井)から離れようとするには、これ以上にないくらい効果的であった。加えて其一は、江戸琳派が崇敬した応挙も取り込む。この時期の其一の模索と飛躍が、過去の絵画伝統の咀嚼と再構成にあることを、あらためて証するものとなるだろう。もちろん、伝統回帰だけで『夏秋渓流図屏風』の特異な画風は説明できない。『夏秋渓流図屏風』の増殖するような点苔も、金色の不思議な地面も、ルーツは素軒の『花木渓流図屏風』に見出すことができ、また痙攣するような黒々とした岩は、『保津川図屏風』における水に濡れて黒い写実的な岩が参考にされたのかもしれないが、そんな指摘をしても、結果としての奇妙な表現の理屈にはならない。」(野口剛著)再度言いますが、本展の『夏秋渓流図屏風』の不可思議な世界観は、今も私を捉えて離さないのです。
    週末 シュトーレンの季節
    今日も昨日に続いて工房に篭って、一日中新作の板材に刳り貫き作業をやっていました。今日の話題は制作のことではなく、川崎市の洋菓子店から送ってもらったシュトーレンのことについて書いていきます。今を遡ること40年前に、私はオーストリアの首都ウィーンにいました。その頃に日本人パティシエと出会い、彼とは異文化を一緒に学んでいた仲間となって交遊を繰り返していました。彼は実家が川崎にあったので、帰国後そこで洋菓子店を経営することになり、私との交遊は日本でも続いているのです。彼の店マリアツェルはドイツやオーストリア菓子を専門にしていて、日本人の嗜好に合うかどうか、最初の頃に私は心配していましたが、欧州菓子はすんなり日本人にも受け容れられるようになって良かったと思っています。時折ハードなものもありますが、そこは愛嬌かなぁと思っています。シュトーレンはドイツやオーストリアで昔からクリスマスの時期に食べられていた菓子パンです。長く保存もできるので、日本人の好みに合うふんわりしたものではありません。ドライフルーツやマジパンの入ったやや硬いパンですが、私の大好物です。この時期はマリアツェルに出かけてシュトーレンを購入してくるのですが、今年は送っていただくことにしました。彼の作るシュトーレンは本格派で、40年前のウィーンを思い出すのです。シュトーレンの原点は1329年にナウムブルグの司教に贈呈したクリスマスの贈り物だったようですが、ドイツではドレスデン発祥のものとしてシュトーレン祭も開催されています。シュトーレンというのはドイツ語で「坑道」という意味で、所謂トンネルのことですが、幼子イエスを包んでいたおくるみに形が似ているという宗教的な説もあるようです。クリスマスを迎える4週間前から1切れずつ食べ始める習わしがあって、ウィーンではもうシュトーレンを食べているのかなぁと思っています。欧州に関わりのある方々に本格派のシュトーレンを贈ろうと思っています。彫刻家の師匠、ウィーン幻想派をやっていた先輩の画家、声楽家の叔父宅等に郵送いたします。