2021.08.13 Friday
「ピエロ・デッラ・フランチェスカ」(アンリ・フォション著 原章二訳 白水社)の「第2章 生涯と作品」についてのまとめを行いますが、ここでは主に生涯についての記述に留めたいと思います。ピエロの代表作品「聖十字架伝説」については別稿を起こします。ただし、ピエロは生涯に関するエピソードが少なく、生誕から逝去まで把握している範囲の考察になっています。「ピエロ・デッラ・フランチェスカは1410年から20年のあいだに、ボルゴ・サン・セポルクロに生まれた。~略~ピエロの父ベネデットは靴作りの職人であった。母はフランチェスカといい、ピエロはその名をもらってピエロ・デッラ・フランチェスカ、つまり『フランチェスカのピエロ』と呼ばれた。」ピエロに絵の手ほどきをしたのはシエナ派の画家とも考えられ、本書では当時の画法を調べて、さまざな洞察をしています。生誕の地にある修道院聖堂に描かれた「キリスト洗礼」はピエロ初期の板絵とされていて、既に特徴が現れているようです。「ピエロの描いている三人の天使の体は、生命がなかば抜け出したかのように、微妙このうえない光を浴びて透明と化しているのだ。画面構成の腕の冴えが早くもここに窺われる。~略~不動の天の下に凝縮したその画面は同時に、じつはゆったりした鷹揚な感じをあたえる。そこには一種独特な痺れが静かに漲っており、すでにピエロ独特の詩的才能が開花しているのである。」さらに「ピエロはリミニ滞在で『聖シジスモンドとシジスモンド・パンドルフォ・マラテスタ』を残したのみで、1451年ふたたび旅に出る。~略~こののちすぐピエロはアレッツォにおもむいた。アレッツォではビッチ・ディ・ロレンツォが、サン・フランチェスコ聖堂内陣の装飾を仕上げないままに病没していた。」それがピエロの代表作になる「聖十字架伝説」制作の契機になるのですが、それは別稿で書いていきます。「ピエロは故郷を忘れる人間ではなかった。しかし同時に、どこへでも気軽に出かけた画家であることを忘れてはならない。内面の要求にしたがって織りあげられたピエロの一生は、他人にうかがい知れないものであると同時に、時代の生命と密接に関わっていた。しかも興味深いのは、ピエロが自分に必要な環境を自分でつくり出したということである。」ピエロは2冊の著作をまとめています。それが「透視図法論」と「五つの正多面体小論」です。ピエロは1492年10月12日にこの世を去りましたが、最晩年の5年間は失明していて、少年に手を引かれて街路を歩いていたことを目撃されています。
2021.08.12 Thursday
今まで8月に窯を焚いたことはなく、これも4月から彫刻家1本になったことで制作工程の進行が早くなった要因なのです。私の作品は釉薬を使わないため素焼きをやりません。よく乾燥させて、いきなり本焼きをやってしまうのです。窯に入れた後、スイッチを入れると窯の周囲は熱を帯びてきます。工房内が暖かくなるので、真夏には焼成はやれないかなぁと私が勝手に思っていたことで、勿論陶芸をやっている人たちは季節に関係なく窯入れをしています。陶の面白さはこの焼成という制作工程にあると言っても過言ではありません。陶土を混合させること、立体の厚みを均一にすること、内包する空気を抜く穴を空けておくことなど、高温に耐える条件を満たして、乾燥した陶土を窯に入れます。最初から条件が決まっている上で塑造をやっているので、発想から成形、彫り込み加飾に至るまで、全てコントロールをして造形しているわけです。窯内では石化という現象が起こって、土肌は驚くべき変化を遂げます。窯には炎神がいると私が感じている所以で、炎神の手にかかり、作品は鎧を纏って私の前に現れると私はイメージしています。私は陶彫を始めて以来、土の色に拘ってきました。錆鉄色に憧れがあって、実際に鉄で作って錆びさせる方法もあるのですが、敢えてそこを陶にしているのです。これは模造の面白さと言うべきか、陶土は鉄よりも微妙な面が作れるところが気に入っています。そのため鉄のように見せる工夫として、成形後の指跡を消しています。今日、新作第1号となる窯入れを行いました。窯から出せるのは土曜日になります。新作は有機的な立体なので、昨年のものと趣が違っていて、ちょっと楽しみです。
2021.08.11 Wednesday
横須賀にあるカスヤの森現代美術館は過去に幾度となく訪れた美術館です。現代美術の個性的な作品を多く扱っていて、とりわけ戦後最大の芸術家の一人であるヨーゼフ・ボイスのコレクションは必見に値すると私は思っています。ボイスの常設された部屋に入ると、思わず襟を正したくなるのです。その他に私が興味関心をもつ保田春彦、若林奮の小品彫刻のコレクションがあって、そのガラスケースを必ず見てきます。美術館の規模もちょうどよく、じっくり見られる環境があります。私は個人的には美術館の扉の取っ手が好きで、抽象形の錆鉄色した彫刻が取っ手に使われているのではないかという印象があります。美術館は背景に森を有し、そこにも野外彫刻や石像が置かれていますが、炎暑の中で散策するのは厳しいと判断して、今回は室内のみの鑑賞にしました。現在開催している「等温帯Ⅱ」展とは何か、これは等温線から派生させた造語で、等しい温度を示す地帯という意味だそうです。「等温帯Ⅱ」展は4人の現代アートを牽引した芸術家によるグループ展ですが、その4人とも同じ時代に生きて、等しく注がれた芸術家の熱量を感じ取ることができたと思っています。4人とは原口典之、彦坂尚嘉、宮脇愛子、若江漢字で、現代美術界では評価が定まっている人たちです。洒落た白壁の室内で見る現代美術は、周囲の空間を味わうのに絶好の場所だと感じました。
2021.08.10 Tuesday
先日、神奈川県立近代美術館葉山館に行って「若林奮 新収蔵作品」展を見てきました。彫刻家若林奮は、私の学生時代に初めて知った人で、大学では教壇に立っていましたが、私の在籍していた彫刻学科ではなく、共通彫塑研究室にいられたため、私は直接指導を受けることはありませんでした。それでも野外彫刻展に出品されていた若林先生の不可思議な世界に、私は興味津々でその難解に思えた思索を読み解こうとしていました。当時、学生であった私は習作として人体塑造をやっていて、在籍中に空間認識に至ることがなかったのですが、その中でも現代彫刻の在り方を問う若林ワールドに関心がありました。県立近代美術館では若林奮コレクションの充実を示すために「新収蔵作品」展を開催していたので見に行ってきましたが、改めて彫刻を通した哲学を再確認することになりました。「若林奮の作品は、彫刻を介して、世界を感じ、知覚するための模索の作業の結実にほかなりません。世界の一部である人間には、世界全体を俯瞰し客観的に捉える術はなく、またそのような居場所もない。自分自身をしっかり感じ取り、認識するための、一つの手だてとして彫刻もまたやはり世界の一部として存在する。」(水沢勉著 本館館長)という解説に若林ワールドが凝縮されているように思いました。展示されていたのは比較的旧知の雰囲気を纏った作品ばかりだったのですが、このコレクション全体を提供した河合孝典氏の年賀状収集が面白いなぁと思いました。「前期の図柄は、当時の作家の関心を示して興味深いものですが、後期になるとハンカチを振るという、言わば振動を表した同一の図柄です。この頃になると、芸術家としての時間を1年ごとに刻むという作業そのものに意識が向いていったのではないでしょうか。結果としてそれが『芸術家が所有した時間』の表現にたどり着いていると思います。」(河合孝典著)年賀状をデビューの頃からずっと保管しているあたりが若林先生らしいなぁと思いました。
2021.08.09 Monday
先日、神奈川県立近代美術館葉山館に出かけて、「空間の中のフォルム」展を見てきました。副題に「アルベルト・ジャコメッティから桑山忠明まで」とあって、県立近代美術館が開館した70年の間に収集保存してきた立体作品を、9つのテーマに従って展示した総括的な展覧会でした。その9つのテーマというのが「持続」「間奏」「形態」「虚実」「写像」「饗宴」「木魂」「再生」「空間」で、多様なフォルムをひとつのまとまりとして見せていました。「持続」の中ではイサム・ノグチの「広島原爆慰霊碑のためのマケット」があり、修復された雛形を見ることができました。「間奏」では宮脇愛子の真鍮作品やシルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田の「聖カタリナ像」を見ることが出来ました。「形態」では画家と彫刻家の二面を持つ作家たちの作品、ジャコメッティや浜田知明の世界が印象に残りました。「虚実」では毛利武士郎と向井良吉、「写像」では撮影された空間画像の面白さ、「饗宴」は鉄鋼シンポジウムに出品された作品のうち、若林奮のハエの模型が面白いと思いました。「木魂」はナッシュや砂澤ビッキの木彫作品、「再生」では最上寿之の巨大な木彫作品、「空間」では部屋そのものを見せる桑山忠明の表現がユニークでした。テーマ外でも日本を代表する彫刻家の作品が登場していて、ほとんどの作品を私は一度は見ていました。日本の現代彫刻の多様な在り方と空間解釈の幅広さに改めて感動し、また先人の努力に敬意を表したいと思います。私が学生だった頃から、日本の美術界では立体作品が面白くなっていったように感じています。西洋からやってきた彫刻の概念を日本人としてのアイデンティティをもって解釈し、日本人独特の表現に高めていった成果が、今回の「空間の中のフォルム」展によく表れていると思います。もちろん海外の作家も所蔵作品に入っているため、本展に出品されていましたが、私が注目したのは何より日本人作家の奮闘した形跡でした。