2022.05.15 Sunday
相原工房は、私が自らの彫刻制作の場として建てたもので、自宅から少々離れた植木畑の中にあります。亡父が造園業を生業にしていたため、その畑を私が受け継ぎました。工房は鉄筋平屋建てですが、ロフトがあり、天井には荷物をロフトに上げるためのリフトがあります。床はコンクリート造りで窯が設置してあります。作業台がいくつかあり、トイレと水場も完備していて、陶彫制作のための環境を整えてあります。工房は賃貸料を取って貸すことはしていません。週末には私の教え子でアートに関わっている人たちが出入りしているので、以前は貸し工房と誤解をされたこともありました。教え子は高3の美大受験生から、現在美大に在籍している学生、さらに社会人に至るまで年齢には幅があります。美大や芸大を卒業して工房を必要としなくなる人たちもいて、工房にやってくる人たちは、その時によって人が変わります。その人たちは、たとえば私の図録用の写真撮影や個展の搬入搬出を手伝ってくれていて、その時は有能なスタッフとして働いてくれます。制作でも必要とならば砂マチエール施工の手伝い等をしてくれます。普段はそれぞれの課題をやっていますが、同じ空間で過ごすために、私は彼らから背中を押されるように制作に励んでいるのです。最近工房にやってきた後輩の木彫家は、ほとんど休みなく木材を彫っていて、そのバイタリティに圧倒されます。彼は勤務していた学校に置いてあった旧作を、工房のロフトに運び込んできたので、当分は工房を使うことになりそうです。とりわけ彫刻制作は、場所の問題に悩まされることが多く、大学を卒業しても制作が継続できない現実があります。学生時代は優秀な作品を作っていても、場所の問題で創作活動を諦めざるを得ない人がいるのも確かです。人によっては地方に住んで、制作場所の獲得に努める人もいますが、首都圏から離れてしまうとアート情報が入り難いこともあります。幸い相原工房は横浜にあるため、利便性も手伝って、創作活動を展開する場としてはなかなかいいのではないかと自負しています。
2022.05.14 Saturday
週末になりました。今週の制作状況を書いていきます。今週も毎日工房に通い、新作の制作を進めていました。水曜日の午後、一昨年まで教職にあって市美術科研究会の会長を仰せつかっていた私は、3年ぶりに開催できた体面による総会に出かけていき、挨拶をしてきました。懐かしい教職員の人たちに会えて、気分が高揚しました。同時に美術科教育の現状も見えて、手放しでは喜べないことで自分がやり残したことに改めて気づきました。今となっては後輩の皆さんに託すしかないと思いました。金曜日は、葉山にある神奈川県立近代美術館に家内と出かけ、「朝倉摂」展を見てきました。家内が大学で舞台美術を専攻していたので、日本を代表する舞台美術家による展覧会は見応えがありました。私は美術館に出かけたのは久しぶりで、気持ちがホッとしていました。創作活動一本になると、週末を含めて毎日制作をやっていて、これが自分の理想とする生活ではあるのですが、際限なく続いている作業に心身ともに疲れてきています。展覧会に出かけていくのは、私にとってちょっとした休息になるのかなぁと思いました。この両日を含めて、今週も工房は休むことなく通い続けていました。今週は新作の砂マチエール施工が完了し、そこに油絵の具を滲み込ませる塗装作業に移っています。油絵の具は大量に必要とするため、バケツに絵の具と溶き油を入れてよく混ぜて使用します。パレットに絵の具を置いて、キャンバスに描いていく画家の制作とはまるで違い、塗装という言い方が相応しい作業です。アクションペインティングも行なうので、ビニールシートを敷いた工房の床には絵の具が飛び散って、何とも凄まじい状況になっていくのです。今週は陶彫部品ひとつずつに貼っていく印を彫る作業も始めました。印は自宅で夜の時間帯に彫っています。作品が愈々完成に向かうので、これから来週にかけて制作は益々盛り上がっていくのだろうと覚悟しています。
2022.05.13 Friday
新作「発掘~灰壁」と「発掘~崩層~」の木材土台の砂マチエール施工が終わり、昨日から油絵の具による砂マチエールへ滲み込ませる塗装作業が始まっています。まず「発掘~灰壁~」の基調となる色彩は灰色です。大量の灰色を作り、刷毛で丹念に色彩を滲み込ませていきました。砂マチエールは特製の硬化剤で厚板に定着させていますが、油絵の具にも硬化剤が含まれているので、乾けば強固なものになります。そこに色彩を変えた絵の具を散らせたり、滴らせたりして、灰壁の微妙なニュアンスを作り出していくのです。これは20世紀の巨匠ジャクソン・ポロックが実践したアクション・ペインティングと呼ばれた画法で、決して新しいものではありませんが、偶然の効果を狙うとしたら最適な技法ではないかと思っています。今日の午前中は、工房の床一面を使ってこうした絵画的な仕事をやっていました。家内が彩色を手伝ってくれたおかげで、午前中いっぱいかかると思っていた作業が早めに終わり、11時頃に家内と美術館に車で出かけました。神奈川県立近代美術館葉山は何度も足を運んだことのある美術館で、海に面したロケーションが快い気分にさせてくれます。生憎雨天でしたが、現在この美術館で開催している「朝倉摂」展は、家内にとって必見に値する外すことの出来ない展覧会なのでした。家内は美大で空間演出デザインを学びました。その内容はほとんど舞台美術ばかりで、芝居やオペラを視覚で支える舞台美術に家内は魅了されていました。家内が大学生の時に、舞台美術家朝倉摂に会っています。そこで受けた作家のオーラと強烈な印象が忘れられないらしく、今日の展覧会鑑賞に繋がりました。図録掲載のプロフィールで確認すると演出家蜷川幸雄と組んだ舞台を手掛けていた時期らしく、油の乗り切った流麗で迫力ある世界を展開していたのでした。展覧会場で意外だったのが、絵画の存在でした。朝倉摂は日本画家として出発し、抽象絵画を模索し、それから舞台美術に腰を入れていったようで、舞台美術に見られる絵画性はこんなところからきているのだろうと推察しました。詳しい感想は後日改めます。今日は充実した一日を過ごしました。
2022.05.12 Thursday
「オットー・ワーグナー建築作品集」(川向正人著・関谷正昭写真 東京美術)の「第3章 『近代建築』の永遠化を求めて」をまとめます。本書はこの第3章が最終章になります。ここではワーグナーの代表作であるウィーン郵便貯金局とアム・シュタインホーフ教会を取り上げています。ウィーン郵便貯金局は旧市街にあり、40年前は私の散策コースでした。アム・シュタインホーフ教会はウィーン近郊にあって、建物内部をじっくり見て回ったことを今でも思い出します。「ワーグナーは、芸術形態を永遠に維持するには何をすべきかと考え始め、最終的な現象(芸術形態)を念頭に置きつつ被覆の材料と施工方法を再検討していった。その結果、彼は、かなりの厚みをもった石板を同じく恒久性のある金具で固定する被覆方法に到達したのである。たとえば、郵便貯金局では、2階までの外壁は花崗岩の、3階以上は白大理石のプレートで被覆し、しかもボルト留めの表現とした。最上階は黒色のガラスプレートを張る。金属部分はアルミニウムで、ボルトも外に出る頭部はアルミニウムになっている。ガラスも含めてどの被覆材も耐候性があり、入手と施工が容易であり、コストの抑制が可能と彼が考えたものである。アム・シュタインホーフ教会も白大理石のプレートで被覆されたが、ここでは金属被覆材として銅を選んでいる。窓枠の鉄ですら銅で被覆され、さらにドームの銅屋根は金箔で被覆された。」私は20代の頃にこれを見て、構造となっているボルトが建物全体の装飾要素として美しい調和を見せているのに感動していました。同時代の近代建築を牽引した建築家としてアドルフ・ロースが登場してきますが、ワーグナーと異なる被覆方法で装飾のない建物を作りました。「ロースは、同じ大理石でもカラフルで大理石特有の文様が浮き出たものを好み、さらに磨き上げ、光沢を出した。いくつもの被覆材を繊細に組み合わせるワーグナーと違って、ロースは大理石、木、鏡などの空間に及ぼす効果を尊重し、中心となる被覆材を前面に推し出した。」ロース・ハウスも私の散策コースに入っていて、ウィーンの街はバロックやゴシック、ロココの装飾過多とも思える建造物からワーグナー、ロースの近代建築まで、まるで建築の野外展覧会場のようで、歩いていても楽しい時間を過ごせていました。私はウィーンで実際の彫刻を学んだことより、毎日散策をして建造物を眺めている方が勉強になったような気がしています。そんな街の構造実感が積み重なって、現在の私の集合彫刻に繋がっているのではないかと思っています。
2022.05.11 Wednesday
今日は内容の濃い一日でした。午前中は家内に手伝ってもらい、新作の砂マチエール施工が全て完了しました。家内や工房に出入りしている美大生に助っ人をお願いして、漸く一歩先に進めた感じがいたします。今回の砂マチエールは今までになく大量に使いました。木材による土台が三層構造になっていることがあって、それら全てに砂マチエールを施しているのです。現在、工房の床一面に砂マチエールを施した土台が所狭しと置いてあって、午後は作業ができない状態になっています。実は午後は元々作業をしない予定があって、砂マチエール施工を今日の午前中に組んでいたのでした。明日から砂マチエールの上から油絵の具を滲み込ませる作業を行うつもりです。作品は実材を扱う彫刻的作業から絵の具を使う絵画的作業に移行していきます。午後は横浜市中学校教育研究会美術部会総会が3年ぶりに対面で行なわれることになって、一昨年まで会長を仰せつかっていた私は前会長としての挨拶があったために、会場の戸塚さくらプラザホールに行ってきました。懐かしい美術科の先生方にお会いして、気持ちが高ぶりました。横浜市は現在中学校144校、義務教育学校2校あって、美術科は全校に正規教諭が配置されているわけではありません。非常勤でやっている学校も多くあって、美術科の台所事情は苦しいものがあるのです。また美術科教諭は学校で1名というところがほとんどなので、全校生徒の授業と評価を一人で行なっているため、多忙を極めています。その上、各校では校務分掌があり、教科以外の仕事もあります。一昨年まで私は校長として、多忙を承知で全員に校務分掌を振り分けていました。一部の教員に仕事が集中することがなく、公平に振り分けたつもりが、蓋を開けてみると、どうしても偏りが生じたことを悔やんでいました。適材適所を念頭に組織を作りましたが、時折学校運営の難しさを痛感しました。懐かしい顔を見たら、そんなことも思い出されてきました。それでも一緒に仕事をしてきた仲間と再会できたことを嬉しく思いました。